第35話 食通アヤネの日本飯講座
昨日はなんだかんだ良い休日だった。
ちょっとしたいざこざもあったが、それがきっかけで前以上に仲良くなれた気もする。
何処かギフトを持たぬ僕たちに線引きをしていたアーシャさん一行も、あれを機に距離感が近くなった様だ。
「エルウィンさんの作るカレエは絶品でしたわね」
「ああ、アレばっかりは俺が仕上げるのと坊主が仕上げるのとで雲泥の差があるからな。カツの方なら俺に一過言あるんだが、カレエになると思い入れが違うらしい。俺はソースくらいにしか思ってないんだが、坊主は主食と捉えちまってる。その差だな」
「そうなのですわね。白パンも当たり前の様に扱ってるので気にも止めませんでしたが、王都で頂くものより随分と美味しい気がします。それはあなたが作り手だからでしょうか?」
「さぁな? 王都のを食ったことがねえんで俺には判別できねーわ。自分なりに最高の一品を作ってるって気概はあるが、他に特別な気持ちは込めてねーし」
「それに米があるのが一番の驚きでござるな!」
一番の驚きは本物を知るものと知らぬものの会話が成立してるっぽいことだろう。しかしそこへアヤネさんが割って入る。
「ああ、家畜の餌ですね。僕も神様から聞く前は半信半疑でしたが、炊いて見たら案外食べられるものだと知りました。日本とは凄いところの様ですね」
「それはあまりにももったいないことをしておるな」
僕の疑問にアヤネさんはそうであろう? と少し得意気だ。
で、あれば分け与えたら喜ぶだろうかと提案してみる。
「ところでアヤネさん。ものは相談なんですが、お米必要ですか?」
「勿論だ」
「でしたら少量分けますので旅路にご活用ください。今回は僕が居ますので作ってお出しできますが、ずっとはついて回れないので旅先ででもお食べください」
「その事だが遠慮しておこう」
「どうしてです?」
「あいにくと某は飯炊きもろくにできぬ。幼少より刀の修練に心血を注ぎ込んできた故、家事全般が苦手だ。それ故に嫁としての貰い手もなくてな。そんな某がいつの間にかこの世界に迷い込んで姫に腕を買われたのよ。家事のできぬ某だが、力を認められて食客として扱ってもらっておる。そこでエルウィン殿の仕上げる日本食に出会い、いつ死んでも良い程に感無量であった。改めて感謝の言葉を献上するでござるよ」
成る程。成る程?
要は家事全般が全くできない代わりに剣技に特化したお家柄だったと。でもそれってギフトを持たない僕たちに通じるものがあるのでは?
「アヤネさんてギフトあるんですか?」
「ないな。姫には便宜上『抜刀術』『殺人術』の二つを授かっているということにしてもらっているが、立場上はお主たちと変わらんよ」
「なら僕たちにもその術を教えてもらうことはできるでしょうか?」
「某の剣術を知りたいと? ああ、いや。教えるのはやぶさかではないが、それを教える前に精神論から鍛え上げねばな。そのためにも日本食を食べ慣れるのが一番だが」
「何事もそんな簡単に住むわけではないのですね」
「某にとっての基本は既にできておったからの。他に足りないものがあるとすればそこくらいしか思いつかぬからな」
「それはともかくとして、焼きおにぎりを食って思ったんだが」
「はい」
「オークのカツって米に合うのか?」
「どうでしょう? その前にカレエも試して見ませんと」
「カツ丼にカレーライスも頂けるのであるか!?」
アヤネさんとの談義にレッガーさんが混ざってくる。
内容は米の活用法だ。
米という未知の素材をどの様に活用するかで頭がいっぱいだった様だ。しかし答えを既に持っていたアヤネさんがその疑問に食いつく。それを見越してレッガーさんがニヤリと口角を上げたのを僕は見逃さなかった。
「嬢ちゃん、色々知ってそうだな? いっちょ俺らに知恵を貸しちゃくれねぇかい?」
「某の知恵ぐらいいくらでも貸しましょうぞ!」
こうして僕たちのパン屋に新メニューがラインナップされる。
新規メニューは2パターンある。
米を握って焼いたものをパンに見立てて具を挟んだ米サンド。
そして皿に米を持って上にオークカツ、カレエを載せるランチ風。その二つを店先で選んでもらうパターンだ。
カツにカレエをかける両特スタイルもあるが、カツ好きとカレエ好きで議論が分かれている。
僕はカレエはカレエのままで食べたいのでそのままでいただくが、レッガーさんは米という大地にカレエとカツを半分ずつ乗せて同時に食していた。
白パンに比べて米は安価で買える分値段は気持ち安く、駆け出し冒険者の助けになるだろうと踏んだのだが、売り出し初日はそこまで売り上げが伸びなかった。
白パンもクチコミでじわじわ広がってくれたし、こっちもじわじわ広がってくれたらいいよね。
そして様々な知識をくれたアヤネさんへは神様から新しい醗酵食品の提供がある。
大きめの根菜を干して熟成乾燥させたものを細く切った『たくあん』と呼ばれるものだ。
それを渡したら飛び跳ねて喜んで居たよ。
味見したけど僕の口には合わなかったのは今でも覚えている。
日本人の味覚って僕には理解できないものが多い気がするよ。
神様は上級者向けとも言ってたっけ。
でも食べつける事でアヤネさんの卓越した戦闘技術が手に入るなら……僕は頑張って食べようと思った。
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