第33話 勇者の託宣
翌日、アーシャさんは荷物をまとめてすぐに旅に戻る様だ。
彼女のギフトは勇者。
その技能の一つに浄化と鑑定眼。そこにもう一つ、託宣と呼ばれる特殊技能が付与される。
『勇者現れる時、魔王もまた目を覚ます』だの『北の地にて菌獣の反応あり。至急向かわれたし』だのはっきりとしたイメージが湧かずに言葉の意味合いを考えてから取り捨て選択を強いられているらしい。
魔王の復活。
水神グリフォード様的にはうちの神様を魔王にしたいのだろうという意思がビンビンに伝わってきている。
何しろ今朝受け取った託宣は『近隣に魔王の気配あり。急ぎその正体を暴け』とある。
僕からはそれらしい情報が出てる様には思えないのだけど、アーシャさんからすればこれほど詳しい託宣も珍しいとのことだ。
「急ぐ旅故、長居できずに申し訳ありません。わたくしはこれでお暇しますわ。エルウィンさんがお手隙であれば良かったんですけど、これほどの技能を腐らせていくわけにもおけませんものね。ポーターは代わりのものを探しますわ」
「そこまで急がずともいいだろう。あと二、三泊していけばいいのに」
「それに長居すればお兄様以外にもご迷惑をおかけいたします」
「俺には迷惑かけてもいいのかよ!」
「それがわたくしより先に生まれたものの勤めでございましょう?」
「まぁな。元気な顔が見れて良かった。次に会えるのはいつになる?」
「託宣次第ですわね。すぐに落ち合うこともあるでしょう」
「じゃ、さよならは言わないぞ」
兄妹の別れは非常にあっさりしたもので。
それとは別に僕は昨晩用意してた包みをアヤネさんへと手渡した。
「これは?」
「握り飯に醤油を垂らして焼いた焼きおにぎりと言うものです。具は昨晩のオーク肉を味噌で炒めたものが入ってます。道中でお食べください。権能で除菌をかけておりますので、数日は日持ちすると思います」
米というのは僕は食べつけないが、神様曰く日本人のソウルフードなのだとか。麦とは別に炊くことでもちもちとした面白い食感を持つ。それを例の調味料で味付けしたのがこの一品。
「それはわざわざかたじけない。某のためにわざわざ」
「僕も味見をしてくれる人がいてくれて良かったです。どうもこのレシピは独特すぎて、僕たちに合わないみたいで」
「ハッハ。味見ならいくらでも請け負おうぞ。では息災でな」
「アヤネさんも、どうかお元気で」
手短に別れを済ませ、嵐の様な半日が過ぎ去った。
濃い1日だったね。まだ朝だというのにどっと疲れたよ。
「ったく、忙しないやつだぜ。だが、エルウィンは無能でもすごい奴だって見せつけることができたんじゃないか?」
「ケヴィンさんはそれを改めるためにわざわざ動いてくれたんですか?」
「ま、身内の世話をするのも俺の仕事だ。シェリーを慕ってる手前、夫の俺が何もせんわけにもいかないしな」
「色々考えてるんですね、驚いた」
「おい待てエルウィン。お前俺を考えなし野郎だって思ってたのか?」
思ってますよ。次から次へと禍の種を持ってくる天才じゃないですか。
「言われてしまったな」
「くっそー、今に見ていろ。すぐに見返してやるからな!」
「そうやって張り合うから成長せぬのだ。学園での凛々しいお前はどこへ行ったのだ。ケヴィン」
「あんなの偽装に決まってんだろ、偽装!」
「え、なになに聞きたい!」
「これは弱みを握るチャンスか?」
「こらこら、あまり不敬な態度は取らない様に。こんなのでも次期領主様なんだからな」
「お前が一番辛辣だぞフィンクス。俺が後を継いだらお前のクランの税だけ割増にしてやるからな!」
「ほっほう? これは今のうちに領主様へ告げ口しないといけませんか。僕としてもこんな悪虐非道を放っておけませんし」
「わー、ちょっとたんま! お前ら寄ってたかって酷いぞ!?」
ケヴィンさんはやってきた当初より随分と垢抜けた印象だけど。
というよりハメを外しすぎて信用を失ってしまった形だ。
でもそのおかげでサラさんやガントさん、白黒姉妹やレッガーさんとはすぐに打ち解けた。
もちろん僕も。
実力は確かなのに、どこか雑な感じが貴族っぽくないのだ。
そして今朝方別れたばかりのアーシャさん一行は、夕方またこの街に立ち寄ることになった。それと言うのも……
「随分とお早いおかえりですね」
「なんか託宣が『戻れ、そこじゃないさっきの街だ』と的確に支持してくるようになったのよ」
「それもう託宣じゃないんじゃ?」
「本当にね。言いたいことがあるならはっきりと言ってほしいわ。中途半端にぼかすからあっちこっち無駄足食らうのよね。そのせいでお姉さまの救出が遅れた当たり使えない技能なのよね、これ。この先頼っていいか心配だわ。という事でもう一晩お邪魔してよろしいかしら?」
「昨晩と同じ待遇で良ければいつでも立ち寄ってください。パンとかはいっぱいあるんで」
「助かるわ」
早速勇者からのダメ出しをされるグリフォード様。
神様曰く、周りくどすぎていまいち信頼をおかれない神様筆頭なのだとか。
【彼奴、今頃顔顔真っ赤にして怒っておるぞ? 想像しただけで笑えてくるわい】
神様、煽るのもほどほどに。
僕たちが悪者にされても困るでしょう?
【あの勇者とやらもすっかりエルウィンに絆されておる。もはや我の敵はでないじゃろ】
そうやって調子に乗るから前回封印されたのをお忘れなのだろうか?
僕は調子に乗りやすい神様が足を掬われない様により注意を払った。
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