第32話 異世界の珍味

 悩みの種が集結し、話し合った末に導き出された結論は、取り敢えず数日一緒に行動して結論を出せというものだった。

 アーシャさんはすぐには納得できず負傷不精と言った顔。

 シェリーさんがフォローに入って事なきを得た感じだ。


 そして泊まるとなれば問題も浮上する。

 それが庶民の食卓を貴族様の口に入れるべきかという葛藤である。しかしそれは杞憂に終わる。

 お出しした料理に目を見張り、お供が毒味と言いつつ感嘆のため息をつくものだから味が気になった様だ。


 今日の夕飯は白パンにオークの熟成肉のステーキだ。

 野菜も熟成させて旨味を凝縮し、茹でただけとは思えない甘味を味わえる。合わせたソースは神様直伝の味噌風味。

 大豆を醗酵させた食品で、独特の風味がステーキの脂身を綺麗さっぱりと消化させてくれる。


 スープは野菜の旨みを凝縮させたコンソメスープ。これも神様が教えてくれたレシピに従って作ったものだ。

 以前眷属だった人が神様に色々料理を振る舞ったそうで、僕は又聞きしながらそれの再現を目指した。


「驚いた。田舎だからと対して期待していなかったのだけれど。このステーキは絶品ね。この独特の香味は何かしら?」


「これは……味噌!」


「知っているの、アヤネ?」


「はい、姫。これは私の遠い故郷の味です。ようやく手がかりが見つかりました。今日という日に感謝を」


 アヤネと呼ばれたお供の騎士は、目の前で十字を切り両手を組んで涙を流す。


【どうやら彼奴は召喚者らしい】


 召喚者ですか?


【ああ、今代か先代かは分からんが。この味は我の眷属が異世界より持ち込んだ一品。それを懐しがるという時点でビンゴよ】


 その上で地球、日本という場所を尋ねてみよとお知恵をいただく。


「今、神様からコンタクトがありました。もしかしてアヤネさんの故郷は日本と言うところでは?」


「どうしてそれを! もしやエルウィン殿は転生者であられるか?」


 すごい食いつき様だ。しかし転生者とは?


【前世の記憶を持ったままこの世界にわたってきた者を転成者と呼んでおったぞ。今はどうか知らんが、我の時代では召喚された転移者が主流じゃった】


「申し訳ありません、アヤネさん。僕は神様からお答えいただいた知識を披露したのみで、僕自身がその日本とやらに関わっているわけではないのです」


「そうであったか。それはすまぬ真似をした」


「でも手がかりは見つかったのでしょう? 良かったじゃない」


「はい、これも姫の元で食客として取り扱ってもらったおかげ。帰還の術は未だ見つからず。さりとて希望は見えてきましたぞ」


「良ければあなたから彼女に日本の手料理をいくつか振る舞ってあげてくれない?」


「それは構いませんが、僕が再現できるのは限りがありますよ?」


 お小遣いで揃えているので全部自腹だ。

 そしてまだ人に味見させられるほど引き出しは多くない。


「良いのでござるか? かたじけない」

 

 どんどんお国言葉が出るのか、口調が怪しくなってくるアヤネさん。多少味が整わなくても、この調子ならなんでも食べてくれそうだなと腹を括る。


「では最初に醤油。これはソースと対極にある調味料です。こちらに聞き覚えは?」


 アヤネさんは首がちぎれそうなほど縦に振るう。

 どれだけ求めていたのかその態度でわかってしまう。

 確かにこの独特の風味は食べる者を選びそうだ。


 これを軽く炙った鉄鍋にオークの油脂を引いてから卵を落とす。

 じゅわっと油の弾ける音と共に、透明な卵の膜が白く濁って中央に座する黄味がぷっくりと膨らんだまま凝固していった。

 ここで水を落とし、火を消す。落とし蓋をして数分。


 蒸し焼きにした目玉焼きに。醤油を垂らしてアヤネさんの前に置いた。付け合わせは千切った葉野菜と白パン。


「はわぁあああ」


 その情景を何度も想起したのか、その声色からは先程までの凛々しさが抜け落ちていた。


「いただいても良いでござるか?」


「ああ、神様からの情報では箸と呼ばれる一対の棒が必要なんですっけ? あいにくと代わりになるものはございませんのでスプーンとフォークをお持ちしました」


「食べれるのならなんでも構わない」


「ではどうぞご賞味を」


 意を決して、アヤネさんがスプーンを持って卵の黄身を縦に割く。半熟な黄身がぷつりと割れ、白身の上に広がった。

 香ばしい醤油の味が淡白な黄身の味を引き締める。

 これを千切った白パンに浸して口に運ぶアヤネさんは幸せそうだった。それを見てアーシャさんも一言付け加える。


「わたくしにもいただけるかしら?」


「同じものをですか?」


 それは少し遠慮してもらいたい。

 彼女だから許せたが、未完成品のこれをお貴族様の口に入れるわけにはいかないだろう。


「ええ、アヤネにだけ食べさせて私にだけ我慢しろなどとは申しませんよね? あのアヤネがこれほど美味しそうにいただくのです。きっと面白い味がするのでしょう。是非、堪能したいですわ」


 箱入り娘特有の我儘攻撃だ。

 僕はケヴィンさんに助け舟を出したが、明後日の方向を向かれてしまった。くそう、ここはアウェーか!


 仕方なくまだ調整中の醤油を垂らして目玉焼きをお出しする。

 アーシャ様は訝しげな表情で咀嚼し、すぐにスプーンとフォークを所定の位置に置いた。お口に合わなかった様だ。


「だから最初に言ったじゃないですか。貴族様のお口に合うかは保証できないと。しかしその味を食べ慣れているアヤネさんになら大丈夫かなとお出ししました。ご理解いただけましたか?」


「ええ。何でもかんでも冒険のしすぎは良くないということがね。セレン、わたくしは先に休みます。アヤネは食事をいただいたらわたくしの部屋に来る様に」


 席を立ち、用は済んだとばかりに歩き出すアーシャさん。

 その首根っこを掴んだケヴィンさんがにこーっと笑う。


「お前さ、いきなりこっちきて宿泊場所があると思ってんの? ここは宿場じゃねーんだぞ?」


「あっ……ではお湯くらいはいただけるのでしょう?」


「それくらいはあるが、お前の寝床は俺らと一緒。五人雑魚寝でぎりぎり賄える」


「お兄様と一緒に寝ろと?」


「シェリーは平気だが?」


「お兄様はもう少し恥じらいをお持ちください! お姉様からも言ってやってください!」


「諦めなさい。この人はこういう人だわ」


「味方がいませんわー!」


 ケヴィンさんに引き摺られていくアーシャさんを見送り、僕は翌日に備えて早めに休んだ。

 あの笑顔、絶対にお泊まりだけで済まない気がするもの。

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