第31話 似通った力
ケヴィンさんを仲介役とし、どうやら僕の噂を聞きつけて来てくれたらしい勇者? のアーシャさん。
けれど頭はガチガチのギフト至上主義者で、噂のポーターが僕であることを頑なに認めたくないご様子だ。
「では僕に用がないのでしたらお仕事中ですのでこの辺でお暇致しますね?」
「おう、レッガーさんに探してこいと言われてたんだ。あとは俺が受け持つ。エルウィンは先に帰っていいぞ」
「それではお先に失礼します。ミルハさん、受け取りのサインをお願いしますね」
「はいはい」
そそくさとギルドを後にして、僕はアフラザードの竈へと帰る。
「遅いぞエルウィン。また検診か?」
「いえ、今回はどちらかと言えばポーターの方ですね。酷い目に遭いました」
「お前もすっかり人気者だな、しかしうちの店も手放せない戦力になってきてる。ポーターをするなとは言わないが、パン屋の仕事も疎かにしないでくれよ。仕事が溜まってきてるんだ」
「もちろんです。僕もすっかりこの仕事が気に入ってますし、今更辞めませんよ」
「なら良かったが。最近お前さん狙いで多くパンの発注を受けてな」
「ああ、あのデマ。まだ信じてる人がいるんですか」
それはうちでパンを大量に買い付けた順で僕がポーターを請け負う先が決まるらしいとの噂。
もちろんそんなことはなく、レッガーさんとお話しして抜けても平気な日に時間をいただいてるに過ぎない。
缶詰で働きすぎると人間どこか参ってしまうものだとはレッガーさん談。僕はこの仕事を天職だと思ってるので気にしたことはなかったが、たまに外の空気を吸うことでいい気晴らしにもなるので御の字だ。それ以外に外に出た方が神様からいただいた知恵を生かす機会も多く、発見の連続だからだ。
そんなわけでここ最近の僕は休む暇もなく働いている。
楽しいと思ってるうちは全然疲れないから不思議だ。
【しかし先程の娘っ子、失礼であったな。我のエルウィンに気安く声をかけおって】
けれどそんな僕とは裏腹にご機嫌斜めな神様。
僕はパンの仕込みをしつつ、そんな愚痴をお聞きする。
「ギフト世代ではこれが普通ですよ。僕は気にしてません」
【我が気にするんじゃ。しかし彼奴、ほんのりグリフォードの気配までチラつかせておったぞ? 彼奴は一体何がしたいのかわからん】
「グリフォード様の気配ですか?」
【うむ。水神グリフォードはかつてこの地に豊穣の女神として君臨した奴での。樹神、地神と組んで三女神教なんぞを人間に捧げさせておった】
「聞いたことないです」
【我の封印される前の話じゃからな。知らなくてもおかしくはない。じゃが、一度甘い汁を吸った奴らの事じゃ。このギフト世代でも似た様なことをやってるのは目に見えておる】
「どんな教義なんです?」
【悪を挫き正義に殉じよ、じゃ】
「この街に禍を振り撒いておいて?」
どの口が言うんだとムッとする。
しかし神様はその思惑がわかってる風で言葉を付け足した。
【どうも彼奴は我の権能を疎んじている。菌を殺す能力は奴の浄化の力とかぶるのじゃ。一方は聖なる力に対し、我のは同等の力よ。なので奴は我々諸悪の根源にしたがる節がある。どこかでまとめて始末してしまいたいのだろう】
「勝手過ぎませんか?」
【神なんてみんな身勝手じゃよ。我もアフラザードも、みんな自分のことしか考えておらん。人の子にいい顔しとるのはその方が自分の計画がうまくいくからじゃろうな】
「神様も、僕を利用しているんですか?」
【……どうじゃろうなぁ。我は人に媚びるつもりはない。そもそも我は人が世に現れてから生まれた新しい神じゃからな。この世界に菌がある限り、存在し続ける。良くも悪くも言われるが、菌も生きておるでの。己の保身が最優先じゃ。そういう意味では我も似た様な物じゃな?】
「だったら僕を利用してでもご自分のお体を優先してくださいよ。僕は、神様を失ったら何も出来ないあの時に戻ってしまいます。それは、嫌だ」
【すっかり我に絆されおって。しょうのない子じゃのう】
よしよしと頭を撫でる動作をしつつ、神様の体が僕をすり抜ける。見えるし聞こえるが、肉体は同じ場所にない。
その御身に触れられないのが口惜しい。
そんなあれこれを神様とお話ししながらパン屋のお手伝いをしていると、ギルドでの一件を取りまとめたケヴィンさんが帰ってきた。妹とその取り巻きを引き連れて。
「なんで連れてくるんですか」
「いやー、こいつはシェリーに会いたいと言うから今世話になってる場所に来ただけなんだが、偶然もあるもんだ」
偶然、と言いつつも僕たちのクランに連れてきたかったのは何か思惑があるからか。ケヴィンさんはいつもの飄々とした態度で僕の質問を躱し、さっさとシェリーさんを呼びに充てがわれた個室へと行ってしまう。
残された妹さんと不機嫌さを堪えきれぬお供と僕。
その顔には無能と同じ空気を吸いたくないと言わんばかりに強張っている。
僕だって好きでギフト授からなかったわけじゃないのにさ。
「聞きましたわ。あなただったのですね、わたくしの手柄を横取りしたお方というのは」
「いまいち言いたいことが理解できません」
「ああ、もうこれだからギフトの授かってないものは礼儀がなってない!」
その礼儀を教えず、奴隷の様に扱扱ってるのはどこの誰かなのかと逐一問い詰めたいが、彼らが僕らの話に耳を傾けないのは今に始まったことじゃない。
「シェリーお姉様の事です。なんでも菌獣の被害に遭われたそうで、わたくしはその為に馳せ参じましたのよ! 勇者の職務を放棄して! でも何処の馬の骨ともわからない貴方が颯爽と現れて救ったそうね。それはわたくしの役目でしたのに!」
勇者だ貴族だのと持て囃されているが、なんて事はない。
この子が僕にきつく当たるのはただの嫉妬だ。
「では僕が手解きせず、衰弱死するのを見守れば良かったのですか?」
「そうではないわ! わたくしが間に合わずに過ごすところを代わりに救ってくださって感謝はしているの。ただどうしてそのポジションがわたくしでないのか、そこが否めませんの!」
「それを僕に言われましても。僕はただ権能を通じて出来ることをやったまでです」
「わたくしが不思議に思っているのはそれよ」
「それ、ですか?」
「ええ、わたくしの鑑識眼で見る限り貴方はなんのギフトも持たない無能。だと言うのにこの街では随分と持て囃されていると聞きます。そこで聞くのが旧時代の女神信仰。今更神を崇めてる人間なんてこの国では珍しいから興味があったの。一体どんな女神を奉ればわたくしの代わりが出来るのです?」
これは正直に答えて良いのだろうか?
下手に嘘ついても嘘を見抜く魔道具とか持ってそうだし、どうしましょう神様?
【正直に我の名を告げて良いぞ】
良いんですか?
【どうせ名は既に全領土に知れ渡っておる。今更改名しても怪しいじゃろ。ただな、菌の女神というのは伏せておいた方が良さそうじゃ。この者がグリフォードの遣いならどうとでも受け取られかねん】
それは確かに。ではどうしましょう?
【菌を滅する滅菌の女神とすれば良い。どうせやってることは似た様なもんじゃしな】
わかりました。ではその様に伝えます。
神様とのコンタクトを終え、僕は長らく伏せていた顔を上げてアーシャさんへと向き直る。
「僕の信仰する女神はファンガス様です」
「聞かない名ね。女神と言えば三女神が有名どころよ。そのどこの何を仕ってるかもわからぬ女神にわたくしの勇者の力が遅れを取ったというのは理解に苦しみます」
「それはそうでしょう、ファンガス様はまだ生まれて間もない菌を滅する滅菌の女神様です。有名どころな水神様や樹神様、地神様と比べるまでもありません」
「菌を滅する……わたくしの浄化の力と似てますのね」
「僕には疲労を回復させる魔法は使えません。ただ菌に対して特攻な権能を扱えるだけです。まるっきり同じ役割というよりは下位互換程度に見てもらえれば」
「分かりました。ですが此度の働きは見事でした。改めてお礼をさせてください」
「お礼なら既に領主様よりいただきました。これ以上もらいすぎるのは僕の身分ですと不敬に当たります」
「本当に貴方は無能なのかしら? どうもわたくしの周りにいる無能とはどこか違う様ですが」
「僕がここにいたれたのは全て神様のお導きによるものです。無能でも少しは人の役に立てるのだと日々精進させていただいてます」
「そうなのね、認知度の低い女神……ますます興味が湧いてきました。先程はごめんなさいね。今までわたくしのまわりにいた無能たちは無礼な態度で接してくる無法者ばかりでしたの」
そりゃ貴族に対して良い感情を抱いてないスラムの育ちは多いさ。僕の場合は楯突くとどんな目に合うかわかってるから下手に出ているだけ。
特にフィンクスさんに世話になってる現状。
これ以上頭痛の種を撒きたくない。
そして頭痛の種1号が2号を連れて3号のもとへやってくる。
すごいニコニコ顔で。またとんでもない爆弾が放られるんじゃないよね?
僕は恐る恐る何か言いたそうなケヴィンさんに尋ねた。
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