第30話 勇者アーシャ

 ここ最近、ポーター募集で駆り出されるようになった。

 前まではあまり良い意味で扱われなかったポーターという職業だったけど。

 今では一度僕に検診を受けた人達が募集主というのもあって概ね好評を頂けてる。


 今日は狩猟をメインに荷物持ち。

 ついでに解体もしてしまって、その時のコツも教える感じだ。

 今までは解体のギフト持ちを雇っていたのだそうだが、ギフトの解体はなんの参考にもならないらしい。


 と言うのも使ってる本人もどの様に解体してるかを理解していないのだそうだ。

 ギフトが発動する→解体されている。

 これじゃあ確かに参考にしずらいもんね。

 その解体持ちが違う街に移ると冒険者達は自分で解体する他なく、それ専門の技術を習う場所もないとかで日銭稼ぎもうまく行ってなかったんだって。


 そこで僕の出番だ。

 僕は無能だから周囲に技術を教えてくれる人はいなかったので独学だけど、どこをどの様に切り取れば毛皮を剥がし、肉を分断するかは手に取るようにわかる。


 その上菌を繁殖させない様に保菌してるので状態は完璧。

 体力はあるのでバッグさえあれば荷物はたくさん持てるし、魔石なんかもちょちょのちょい。菌の集まってない場所が魔石の位置なんでそれこそ一発で分かるくらいだ。


 そしてメインは多分こっちかな?

 よく食事当番を任される。頼まれるのが一番多いのはスープ系。

 神様から権能をいただいた事で即座に火を起こせるし、神様からいただいた知恵でいろんな効能のあるキノコなんかも教えていただいた。そこら辺の一般冒険者よりちょっとした薬草学が得意分野になったのが大きいと思う。


 僕としては食べても大丈夫な草花、キノコの分類を教えてもらったつもりだけど、こんなところで役に立つなんてね。

 人生何が起こるか本当にわからない。

 神様に眷属にしてもらえる前までこんな生活を送れるなんて夢にも思わなかったもんなぁ。

 これからもたくさんお世話しなくちゃバチがあたっちゃうよね。


「エルウィンがいるだけで狩りってこんな楽なのな」


「ばっか、ファンガス様の眷属でいらっしゃるエルウィン様、だろ?」


「そうだったそうだった。でもそんな方がポーターなんて買って出るか?」


「僕にはそれしかありませんでしたからね。スープ出来ましたよ。今椀によそいますね」


「くぅ、これだこれだ。カツサンドで荒れた胃もさっぱり快調! いくらでも食えるって問題!」


「その上無料で検診してもらえるしな」


「ほとんど独占状態だ。ガント達はいつもこんな良い思いをしてたのか?」


「あはは、どうですかね?」


 診察と言っても普段行っている保菌活動ほど力を使わないので本当に軽い問診だ。『保菌』『細菌活性』『細菌振動』と、いつの間にか使える様になってた『細菌撲滅』で悪い菌を除去、然るのちにケアするだけで状態は良くなった。

 そんな熟練度稼ぎにも検診は役に立っている。


「今日は助かったぜ。報酬の分け前と手数料だ」


「いつもありがとうございます」


 手渡されたのはシルク銭5枚。

 ポーターだった頃ではまずお目にかかれない金額だ。

 そりゃに持つ持つ以外にも色々やってるとは言え、自分の役にも立ってるしね。スープ作りだって回り回ってパン屋の売り上げに貢献するためだし、こんなにいただいて悪い気がする。


【それだけ今のエルウィンが役に立つという結果じゃろ? 受け取っておくと良い】


「じゃあ、ありがたくいただいておきますね。神様から教えてもらった知識を生かすにもお金が必要な場面がありますから」


【もっと自分のために使えば良いものを】


「それが僕の一番やりたい事ですからね。仕方ありません」


【なら良いのじゃがの】


 そんな日常の一ページ。

 普段はパン屋のお手伝いをして、休みの日に検診。

 ギルドさんからお話を伺ってパン屋さんとの折り合いを見てポーター作業の日々。


 そこに新たな顧客が現れようとしていた。

 ギルドに赴く僕の少し前、この町では見慣れぬ風貌の一団がギルドに訪れていた。


 既にギルドホールでは人が気ができており、僕は顔見知りの冒険者さんに聞いて回る。


「何事ですか?」


「よぉエルウィン。どうも王都のお偉いさんとその一行がうちのギルドに来てる様だ。なんでも凄腕のポーターを探してるらしい」


「そんな人うちに居たんですか?」


「お前だよ、お前」


「僕?」


 全くそんなつもりはなかった。

 なんせまともにポーターができる人材がこの街には居ないのだ。

 居たとしても、ベルッサムの断頭台の元メンバーがケチな小遣い稼ぎ先としてやるくらい。物は盗むは、査定額をピンハネするわ。とてもポーターの仕事を全うしてるとも思えない。


 そういった理由で僕が重宝されてる程度に思ってたのに、いつの間にそんな認識になってたんだろうね。


「ほら、ミルハさんも困り顔だぜ。行って助けてやんな」


 それ、僕が困るやつですよね?

 言ってる側から背中を押され、人垣から騒ぎの中心へと押し出された。


「エル君! ちょうどよかったわ!」


「あはは、どうも毎度ありがとうございます。いつもニコニコおいしいパンをお届け、アフラザードの竈の商品をお持ちしました」


 僕は威圧される様に放たれる視線から逃げる様に店の宣伝文句を口にする。

 探していた人物ではないかと見切りをつけたのか圧が強くなった。向けられる相手が再び受付のお姉さん、ミルハさんに変わったからだ。僕はギルド横の購買にせっせとパンの補充をし、そそくさとギルドを後にしようと所で襟首を掴まれる。


 ミルハさんだ。その瞳は逃さないぞと言いたげに、少し笑顔が強張っていた。


「紹介するわ、勇者様。こちらのエルウィンは普段はパン屋の店員をしていますが、時折合間を見てうちでポーターの仕事を請け負ってくれています。ね、エル君。ね?」


 この圧の掛け方は最近覚えがある。

 うちのクランに無理やり押し入ってきた『青天の霹靂』のマスターとサブマスター。ケヴィンさんとシェリーさん。

 それに似た笑顔での威圧だった。


「ああ、ええとはい。そのエルウィンです。こんにちわ」


「それで、この人が凄腕のポーターなのですか?」


 中心人物の黒髪の少女が不審げに僕を頭の先から足の爪先まで見定め、そして決を下す。


「ギフトは無し。無能じゃない。こんなのを紹介するなんてこのギルドは人手不足なのかしら?」


「お言葉ですが、何でもかんでもギフトに頼りすぎではないですか?」


「貴殿、姫様の御前で無礼であるぞ!」


 黒髪少女のお供の一人が剣の柄に手を添えて圧を強める。

 姫様というようにどこかのお貴族様なのだろう。

 みんなが遠巻きに見ている理由がわかった。これは関わり合いになりたくない。

 そこで僕に助け舟が入る。


「おう、エルウィン。どうした、こんな所で」


「あ、ケヴィンさん」


「お兄様!」


 ん? 今なんて?

 僕の真後ろからケヴィンさんを兄と慕う声が上がる。

 振り返ればそこには強気な発言をした黒髪の少女が。

 そしてケヴィンさんと言えば、なんでこんな所にという顔で表情筋を引き攣らせていた。

 まるで隠居先がバレたお偉いさんみたいに……

 いや、貴族様といっていたし、偉いのは偉いのだろうけど。


「アーシャ、なぜここに?」


「託宣ですわ。この地を目指せとおっしゃいましたの」


「そ、そうか。うちの妹が無理難題をふっかけた様ですまなかった。この子はギフトで『勇者』を授かってな。俺なんかよりよっぽど優秀だとかで継承権を奪って行ったできた妹なんだ」


 だから兄であるケヴィンさんがこの町で好き勝手できてるんだ。

 シェリーさんもそのことをわかってて受け入れてるのかな?

 ともあれ、この状況に僕が巻き込まれるのは目に見えていた。

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