第29話 エルウィン包囲網

「表彰。この度エルウィンは未曾有の危機に駆けつけ、我領内の多くの民を救う他、一人娘のシェリーの命を救ってくれた事をここに評価する」


「もったいないお言葉です」


 賞状を受け取りながら一礼する。

 全方位から拍手喝采を受け、バクバク鳴り響く心臓を治めるのに苦労した。


「おめでとうエルウィン君」


「おめでとう、エル」


【よくやったのエルウィン】


「あなたはそれだけのことをやったのよ、もっと誇りなさいな」


 フィンクスさん、ケヴィンさん、神様。そしてシェリーさんから順に称賛され、未だにドキドキがおさまらない。

 僕がなんだってこんな目に遭ってるのかといえば、フィンクスさん宛に送られてきた手紙が届くところまで時間が巻き戻る。


 ◇


 それはある晴れた日。

 シェリーさんがパン屋の店先に訪問してから一週間が経過した頃だった。

 クラン宛に一通の文が届く。

 押印から察するに高貴なお方からの書状。

 封を開いたフィンクスさんが、緊急クラン会議を開き。

 そして今回のパーティーの全貌が明るみになった。


 問題は僕の普段着がボロ布かパン屋の制服しか持ち得ない点である。お貴族様の参加するパーティーに着ていく服がない。

 そんな状況に諸手を挙げたのがサラさんだった。


「あたしに任せとけばエル君を誰もが見惚れる美男子にしてあげるから!」


「そこまでしなくて良いですから!」


「遠慮しなくたって良いじゃないの」


 そこに白黒姉妹も加わって、着せ替え人形のように世話しない日々を過ごすことになる。

 最終的に一番無難な装いでまとめ、僕の外行きの一張羅になった。普段着るには色々勇気がいる。そんな装いだ。


 それでもパーティー会場では浮きまくっていて、微笑を浮かべられてしまう始末。

 もう僕にはどうしようもない。おしゃれや流行なんて知らなくても生きていけるもん!


【我は普段通りのエルウィンが好みじゃの】


 そう言ってくれるのは神様だけですよ。僕の一番の理解者は神様だけ! 一生お慕いします。


【お主の人生、お主のために使うが良い。我とはそもそも生きる時間が違うからの】


 ここで突き放してくるのが僕の神様だ。僕のためとは言うけれど、言われた方は如何ともし難い。


「これ、無くさないでね?」


 そしてシェリーさん直々に胸につけてくれたブローチが光る。

 これは伯爵家に認められたものの証らしく、裏に掘られた圧縮文字が僕とカジール家の結びつきを示すのだそうだ。

 専用の魔道具を介さねば判別できず、転売すれば即座にカジール家に連絡が回る機能付き。


 もしも僕の身が拐かされるなどして紛失した場合、即座に伯爵家の専属冒険者が出動してくれるのだとかなんだか。


「俗に言う後ろ盾というやつだよ。僕の胸にもほら」


「フィンクスさんも頂いてたんですね」


「スラム上がりの人材を用いて商売は可能だと証明してみせた手腕を買われてね。だからベルッセンの断頭台に何を言われても強気な態度を崩さなかったんだ。でも、命あっての物種だからさ。なるべく騒ぎにならないように心がけていたよ」


 良かった。騒ぎに乗じて証拠隠滅に死体を燃やそうとするフィンクスさんなんて居なかったんだ。


「これで今日からあなたは私たちの家族よ」


「家族……僕にはよくわかりません」


「そう、ご両親の顔も知らなかったのよね。ごめんなさい」


「いいえ、シェリーさんが謝ることではないですから。ただ、どう受け止めれば良いかわからないだけで」


「それでも良く頑張ってくれたわ。あなたはこの街の誇りよ!」


 そんなふうに締めくくったパーティーだったのに。

 翌日、何故かうちのクランにシェリーさんとケヴィンさんが揃ってやってきていた。

 パーティーは恙無く終了したのにまだ僕達に用があるのかなと畏まっているところへ、爆弾が放り込まれる。


「今日から世話になるケヴィンだ」


「シェリーよ。ここではプライベートの関係だから敬称略は取っ払ってちょうだい?」


 言ってる意味がわからず、僕含めてその場で固まるクランメンバー達。いつも冷静なフィンクスさんも壊れ気味だ。


「あの、それはどう言った意味合いで?」


「もちろんあの程度の褒賞で返し切れる恩ではない。なので私達が直々に助力しようという訳」


「一応うちのクランのメンバーには話は通してある。一時的な移籍だ。なんだったらそっちのメンバーを向こうと合流させても良いぞ。取り敢えず俺たちはこっちで世話になることにしたから」


 そういうのは事前にクランのマスター同士でやりとりするものでは?

 フィンクスさんに話を振っても首を振るうばかりで一向に話が飲み込めないようだ。


 そもそもの話、クランの同盟なんてランクが同じくらいのクラン同士でくっつくものだ。

 片やこの街の最強格と、下から数えた方が早い最弱が組むなんて話は聞いたことがない。まさに青天の霹靂である。


【また人の話を聞かん奴らが増えたの】


「そうですね。苦労しそうです」


【ま、我らは我らのやれることをやれば良い。エルウィンもそのつもりで動けば良かろう】


「はい」


 神様はいつも僕に道を示してくれる。

 ちょっと強引だけど、優しさも備えた貴族様が仲間にいるうちは、他所からもそうそうちょっかいも掛けられないだろうと腹を括るフィンクスさんだった。


 これが良い方に転ぶと信じて僕達は歩み続けるしかない。

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