第28話 革命の夜明け

 ギルドでの診察から二週間。

 以前まで遠巻きに見ていた冒険者達は、今ではすっかりパン屋の常連さんになっている。


 やはり当初無料検診したのが良かったのか「あの時は助かったよ」とクエスト帰りに寄ってくれた。

 今日も今日とてギルドに配達に来た時に捕まる。検診の日じゃないから人数は賄えないけど、少しくらいなら負担も軽い。


「いやぁ、助かったよ。ここ最近疲れが取れなくてさ」


「レイブンさんも働き通しですし、少しお休みをいただいたほうがいいんじゃないですか?」


「俺は稼ぎ頭だからさ。どうしても無理しちまうんだ。これ、診察料な」


 チップとばかりにシルク銭を五枚置く。その他に受付の横にある購買でパンまで買ってくれた。感謝の気持ちが日に日に大きくなって来てない? 大丈夫かな。


「おう、随分と長い配達だったな坊主」


「ギルドで捕まっちゃって」


 開口一番これである。咎められても仕方ないくらい忙しいので今回は僕が悪い。


「まーた診察か。最近そっちの稼業もボチボチ儲かって来たか?」


「気持ちですから。定めた金額は頂いてませんよ。なので稼ぎではパン屋ほどでも無いです」


「それでも見て貰えば楽になるって聞くぜ? 噂が上がるってことはそれなりに認められてるってこった」


 レッガーさんのパンがあってこその気もしますけどね。

 何気ない会話を挟みつつ、レッガーさんは工房の奥に引っ込み、僕は仕事の合間店番を任される。

 道ゆく人は住民の他に冒険者も増えた。

 以前までは一通りの少ない裏通り。今では大通りと遜色ない。


 陽はすっかり傾いて。夕暮れが街の色を変えていく。

 夜の帳が下りて来て、すっかり肌寒くなって来た。

 そんな時、常連さんが顔を出してくれる。


「よう、来たぜ」


「いらっしゃいませ。いつものでよろしいですか?」


「おう、それと少し時間いいか? 会わせたい方が居るんだ」


「どなたでしょう?」


 来店してくれたのは以前、サラさんと同時期に行方不明になった冒険者を抱えるパーティの一人だった。

 今日はもう一人、当時病に倒れ伏していた患者さんが頭を下げながら僕の前に現れた。


「私を覚えているか?」


「あの時の……もう歩いて大丈夫なんですか?」


 顔を出した女性冒険者は、当時サラさんと同時期に行方不明者になった人だった。原因不明の病にかかり、高明な神官様に見てもらうも直らずじまい。最後の希望で僕のところに来た。


 それでも最初は嫌な顔してたっけ。スラム上がりのポーターなんて無能もいいところだ。そんな人物に何ができるんだって捨て鉢だった。それでもお付きの男性がどうしてもと頭を下げて今がある。


「ええ、おかげさまで。当時は疑ってかかってごめんなさいね。散々世話になっておいて今更都合のいい話だと思うけれど」


「いいえ、僕が無能なのは事実ですから」


「でも、病に倒れた私を治してくれた! みんなもあなたの活躍には目を見張るものがあると言っているわ」


「それでも、僕はギフトを有してません。世間の目は変わりませんよ」


「そこまで卑下しなくてもいいのに」


 柔和に微笑みながら女性冒険者は店内を軽く覗くきこむ。

 立って歩くのも大変だと聞くが、すっかり良くなったらしい。

 好奇心が抑えられないようだ。


「ですがもし僕の力がお役に立てたと思うのなら、それはきっと神様の思し召しでしょう」


「女神崇拝者なのね、あなたは」


「それ以外縋るものもありませんでしたから。そしてそれはこのクランもまた同じ。崇拝する女神様は違えど、このパンも女神様にお祈りする事で皆様にお届けすることができます。それも全て女神様のお導きによるものです。ギフトを持って生まれた方にはすぐにご理解いただけないと思いますが……」


 実際ギフト持ちにとってやれて当たり前のことを僕たちは神様に縋ることでようやく実現できる。

 落ちこぼれと揶揄されようとそれが現実。


「いいえ、信じるわ。私たちはギフトに頼りすぎていた。そして道を誤ってしまったのね。慢心だわ。肝心のギフトも私が不調の時には何も救ってくれなかった。このまま死ぬのね、と諦めていたところにあなたが来た」


 まっすぐと見つめる瞳が僕を射抜く。


「もしあなたが神の使いなのだとしたら、私もあなたの崇拝する女神様にお祈りしてもいいかしら? いいえ、是非させて欲しいわ」


「そこまでしていただけるのですか? 神様もきっと御喜びになると思います」


 驚いた。ギフト持ちが、僕の様な落ちこぼれの話を真に受けるなんて。


「死の淵から救ってくれたのは他でもないあなたよ。そのあなたが崇拝する女神様なら私も崇拝してみたい。そう思うのはダメかしら?」


「いいえ、むしろお願いします。あ、でも御神像がありません。どうしましょう」


「大丈夫よ、女神様のお名前を聞かせていただける?」


「ファンガス様です」


「ファンガス様、あなたの信者の手によって私の命は救われました。もし私なんかの祈りでその御身が救われるなら、どうぞお受け取りください……こんな感じでいいかしら?」


「はい、大丈夫です」


「ではありがとうね、坊や」


「エルウィンです」


「エルウィンというのね。ではエルウィン。私はシェリー。この街の領主の一人娘なの。一時期出来の悪い弟がいた時もあったけど、昔の話だわ」


 え、ベルッサムの断頭台のマスターのお姉さん?

 若すぎない? と言うかあの人が老け顔だっただけかな?

 と言うか貴族様だったの? 冒険者スタイルだからてっきり平民かと……あばばばばば、僕ってばなんて数々の失礼を!

 処されない?


「そ、それは知りませんで。数々の御無礼ご容赦ください!」


「私が許可してるのよ? それに領主の娘といえど、家督を継ぐのは夫だもの。ね、ケヴィン?」


「そう言うわけだ、坊主。まだお義父様から乗り越えるべき試練は課されていないが、次期領主候補としてよろしく頼む!」


「そんな方から直々に頭を下げられる様なことなんて!」


「シェリーを救ってくれたじゃないか。それ以上の事はない」


「……そう言っていただけたら何よりです」


 シェリーさんはケヴィンさんを率いて店を発つ。

 時間にして数分にも満たないやりとり。

 だと言うのに信じられない気持ちでいっぱいになった。


 そしてシェリーさんが率先して祝詞を捧げることによって、女神ファンガス様への信仰はこの街に徐々に広がっていった。

 僕なんかがお披露目したところで誰も耳を傾けてくれないと言うのに、誰かを救う事でこれだけの偉業を果たす。


 何もなし得ないと決めつけていたこの手のひらが、誰かの心を救えたのだと自信が持てた。


 そしていまだに眠り続ける神様が、その存在をあらわにする。

 僕だけのお祈りだとあと数ヶ月は眠りっぱなしであったろう。

 が街を上げての祈りが、神様の顕現を早めてくれたのだ。


【我、復活!】


「お待ちしていました神様、そして見てください。この状況を」


 診察の度に受け入れることになった『女神ファンガスへの祈り』を見せつけることで、信仰を獲得したことを示す。


【なんだかこそばゆいの。我はエルウィンにだけ慕われておればよかったのじゃが、たまには良いもんじゃな】


「そう言ってくれると思ってました」


 こうして流行り病は僕の献身的な診察と、気を良くした神様の大盤振る舞いで決着した。

 ベルッサムの断頭台のマスタークラスまで成長してたら危なかったけど、初期症状ならお体に触ることなどない様だ。


 なんだったら寝る前よりずっとパワーアップしてる様な気がする。

 これで一件落着かな?


 ◇


【これは、私が望んでた結末とちがーう!】


 その一方で、結末に納得できない火神アフラザードが憤慨していたのはまた別のお話。


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