第27話 覚醒者エルウィン

 翌朝目覚めた時、いつも以上に菌のざわつきを感じていた。

 まるで菌の一つ一つが僕の目覚めに歓喜しているかの様だった。

 水神の手のものをやっつけた喜びなのだろうか? 神様をして嫌われている相手をやっつけたからか、今日はいつも以上に体が軽い。


「おはようございます!」


「ふぁ、朝から元気がいいわねエル君。あたしはまだ眠いわよ」


「実は僕も不思議なんですけどすっきりとした目覚めでした。そういう事で今日も触診しますね?」


「ごめんなさいね、毎度毎度」


 普段なら僕なんかより早く起きて活動してるサラさんがこんなに朝に弱いところ見たことない。まだ悪い菌を取りきれていなかったんだ。これは僕のミスだと思い、触診を開始する。


「菌は、昨日ほどではないですね。ですがまだ見つけましたので取っておきます。顔まわりのもついでにやっておきましょうか?」


「そこは何も言わずにやっておくのがいい男の条件よ?」


 サラさんはウィンクしながら促した。

 いい男の条件を聞いた僕は愛想笑いを浮かべながら保菌する。

 昨日の体験を踏まえて、菌は振動させながら、その中に悪い菌を閉じ込めて分解させていった。

 熱っぽさはあるが、昨日ほど疲れを感じない。


「レッガーさんの試作品をいただいたんですか?」


「あら、バレた?」


「昨日試作品を皆さんに配ってましたからね。駆け出しの冒険者に売り込むって頑張ってましたもん」


「そうね、いつも食べてるのに比べたら物足りないけど、お金がない子には十分な味わいよ。もはやパンの方がおまけね」


「それでもいいんです。レッガーさんはすっかりカツ作りに夢中になってますし、売り上げだって十分あります。それにお客さんだって増えてきました」


「やり甲斐は確かにありそうよね。彼、随分丸くなったわ」


「僕は今のレッガーさんしか知りませんが……」


「フィンクスさんに拾われる前までは『狂犬』と呼ばれるほど手のつけられないチンピラだったのよ」


「変われば変わるものですね」


「本当よねー」


「おふぁようございまふ、おねえしゃま」


「あら、随分と眠そうね。える君に見てもらいなさい。シャッキリするから」


 寝起きであろう黒ローブの子が不本意そうにこちらを向く。

 サラさんに言われなきゃ肌に触れることなんて許さないぞって顔だ。触れると言ってもその主張激し目のおでこなんだけどね。


「あ、スーッと熱が取れてく気がする」


「はい、もういいですよ」


「うん……」


 なんだかいつも以上に表情で訴えてくる黒ローブの子。


「ほら、いつまでも不貞腐れてないでお姉さんに場所譲ってあげなさいな」


「あ、ごめんお姉ちゃん」


「いいのよ。少しでもあなたの男嫌いが治るといいわね」


「治んなくてもいいもん!」


 きっと過去に嫌な目にあったのだろう。

 僕というよりクランメンバーにさえ気が置けないと言った感じだ。

 魔法姉妹の姉にも施し、僕はそのまま持ち場に戻る。


「よう、坊主。今日は大丈夫なのか?」


「はい!」


「おし、じゃあやるか!」


「はい!」


 普段と変わらぬレッガーさんに僕の方も熱が上がる。

 仕事中、気がつかなかったけど、どこか遠くから声が聞こえた様な気がした。


 <権能:細菌撲滅がアンロックされました>

 効果:敵対する細菌を検知、消滅させることに特化した権能。


 <位階が四に上がりました>


 <菌の女神ファンガスからの寵愛を獲得しました>



 音はすぐに消えてしまい、何が何だかよく分からない。

 こんなことは初めてだ。


 翌日、昨日よりは随分と楽そうなサラさん達に挨拶し、朝食をいただく。今日は週に一度の休日だ。

 ガントさんに付き添い、街を練り歩くのだけど、気分の悪そうな人がそこかしこにいた。


「なあ、エル」


「ええ、もしかしなくても」


「もしあいつらが感染するタイプの病だとしたら、不味くないか?」


「僕なら多分、できると思います」


「随分な自信だが無理だけはするなよ? せっかくの休日なのによ」


「神様がお休みになってる今、僕が頑張らないといけませんから。手の届く範囲の人くらいは手助けしたいです」


「よし、なら俺から口利きしてやるよ。まだポーターくらいの実績しか持たないエルじゃあ、住民は話を聞き入れちゃくれないからな」


「お願いします」


 そんなわけで僕はギルドで具合の悪い冒険者さんの診察を担当することになった。


「大丈夫なの、エル君?」


「サラさんのお墨付きですよ。でもすぐには信用して貰えないでしょうから、最初のうちは手数料をいただきません。その代わり、問診できるのは僕が休日の日に限らせてもらいます。普段はパン屋の一員ですからね」


「そうね、オークカツサンド、人気よ。私もついつい食べすぎちゃうの」


「それはまた別のお悩みがありそうですね」


「そうなのよー、聞いてくれるー?」


 話が長くなりそうなので割愛。

 受付嬢さんからの推薦で、特に冒険者活動に被害をきたしそうな人を優先して見て回った。


「すごく、楽になったわ。不調が嘘の様に晴れ渡ったわ」


「それは良かったです。ですが復帰した直後はゆっくり休んでくださいね。栄養豊富なカツサンドも持ってきていますので、ギルド受付横で買っていってくれたら幸いです」


「商売上手ね。でも診察料はタダだったから買っていこうかしら」


「ありがとうございます」


 ペコリと頭を下げ、病魔を払った女性冒険者が受付横へと歩いて行った。


「順調だな? まぁ今日は流しながらやるといい」


「はい」


 思ったほど診察に人は集まらなかったが、遠巻きにこちらを見ている人は複数いた。そのうち来てくれるかな?

 来てくれないならないで問題はないけど。

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