第23話 二者択一
ふと、レッガーさんが申し出る。
ここ最近売り上げが好調なカツサンドとカレエパンを同時に食べたいという意見が多く取り上げられてる点についてだろう。
「このオークカツにカレエをソースとして添えられないか?」
「カレエにですか? ですがカレエは全てを飲み込んでしまいます。言うなればカレエは母なる海。如何にオークカツが強い旨味を発していても、カレエの旨みには勝てないのでは?」
「馬鹿野郎、そんなもんやって見なければわかんねぇじゃねぇか!」
レッガーさんはもう既に組み合わせる事に意識を寄せている。
ならお手伝いの僕は意義を唱えず、サポートに回るしかないだろう。
「でもカレエの具材は結構大きめです。カツと喧嘩するのでは?」
「そこは具材を切るか、それかドロドロに煮込んでソース状にするとか色々あるだろう?」
「白パンに挟むの前提ですよね?」
「そうだ。あくまでカツサンドの派生として考えてる。カレエパン信者の坊主には分からんと思うが」
「そうですね。カレエパンの具材にカツを仕込むという考え方もあると思います」
「馬鹿野郎、そっちの方が手間だろ!」
カツをパンの中に入れるのは手間らしい。いいアイディアだと思ったのに。
早速カレエの仕込みに入る。レッガーさんの注文通り煮詰める様に底が焦げつくのを防ぎつつかき混ぜる。普段のソースよりもいくぶんどろっとしたものが出来上がった。
これはこれで美味しい。
「カレエができましたよー」
「でかした。カツも丁度揚がった所だ」
「白パンの方はどうです?」
「実はカレエをこぼさない様に形を工夫してな。いつもの丸型じゃ溢れてしまうだろ?」
「まぁ確かに」
カツのボリューミーな肉汁をしっかり吸ってくれる白パンが絶妙にマッチしている。
そして焼き上がったパンを見て僕は目を見張る。
「この形は!?」
「驚いたか? 横に伸ばしてみたんだ」
「食べやすそうです」
「だろぉ? 早速カツをセットしてみるな」
「カレエソース、溢れちゃいませんか?」
「そこは溢れない様な工夫をするんでぃ」
長細く焼いた白パンに包丁を入れる。
普段なら縦にスッとまっすぐ入れるのだが、ここでレッガーさんが端を切らずに中央から切り込みを入れた。
真ん中にスリットを作ったのだ。
「あ、確かにこれなら溢れないですね」
「そこにカレエソースを流し込むって訳よ」
「カツを浸すのではダメですか?」
「カツの衣が死んじまう、このスリットはカレエ専用のもんだ。カツは反対側のスリットに入れるんだ」
「あくまで一緒に食べれるだけで、合わせはしないんですね」
「それぞれに言い分があるからな。あくまで共存しようって提案だ。まぁ、とりあえず試食しようぜ」
「はい」
まずは一口。カレエの辛味が口いっぱいに広がり、そして次にカツの油分が広がった。肉の旨味とカレエの旨味が口の中で混ざりつつ、そしてその味は一つに消化される。
美味しい、けど。
思った以上に食べずらい。
無理やりパンにしたのは失敗だったかもしれない。
「美味しい! けど、食べづらくないです?」
「ああ、俺もそう思う。着眼点は良かったんだがな」
「いっそ衣に包む前に豚肉をカレエを漬け込むとかでもいい気がします」
「その手があったか!」
僕の指摘に、レッガーさんが食いつく。
早速オーク肉をカレエに浸してそれを揚げる。
揚がったカツを半分に切るとほんのりカレエの香り。
そのものには流石に負けるが、十分に堪能できると思う。
それを長く焼いた白パンに挟んで食べる。
レッガーさんはつい癖で特濃ソースをかけていたが、僕はそのままいただいた。特濃ソースは美味しいけど、せっかくのカレエの味が死んでしまうからね。
「どうだ、美味いだろ!」
「美味しいは美味しいですけど、これがカレエかと言われたら僕は少し首を傾げますね」
「カレエ通は騙せねぇか!」
「カレエはカレエのままで食べたいです」
「まぁ俺もカツを邪道食いされたら許せねぇけどさ」
結局両者の言い分は交わらないのだ。
「普通に一つづつ買ってもらうのじゃだめなんですか?」
「お客曰く、両方買うのは高いらしいんだ」
「そうですね、僕も自分が買う立場に回れば手が出しにくいと思います」
「だからこれはお試しで出すんだよ」
「お試しで?」
「要は金のねぇ駆け出しの冒険者が金を稼ぐまでの繋ぎだ。金を稼いでから本物を食うためのな」
「ああ、そっちの需要なんですね。でしたら……」
パンを長くしたように、カツを上げる前にあらかじめ長くして揚げたらどうだろうと提案する。
「そうだなぁ。数をこなすならいちいち切るのは面倒だ。その案採用するぜ。揚げる前ならこっちで切り方を変えるだけでいいしな」
「はい。長い方がカレエも浸しやすいでしょうし」
「切断面が多い方がカレエも染み込みやすいか?」
「そうかも知れません。せっかく作るんなら美味しく作りたいですからね」
「お前もすっかり作り手側になっちまって」
「レッガーさんに鍛えられてますから」
「まぁな。うちのマスターから頼まれちまってるし、これからも頼むぜ?」
「ええ」
レッガーさんの手前、快い返事をしてしまったが。
向こうのクランとの諍いが収まったら僕はこの地を立つかも知れないことは、なかなか言い出せなかった。
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