第20話 思想の違い

 翌日、いつもうちにパンを買い付けに来てくれた常連さんが街に吊るされていた。

 近くには『この者、クランのルールを守らなかった為私刑に処す』とだけ書かれている。

 せっかくの休日だというのに、朝から気分が悪くなる。


「あいつら、ついに仲間にまで断罪し始めたか」


「あたしたちに対する見せしめ、でしょうね」


「ウチも一歩間違えればああなってた。マスターは英断をしたよ」


「そうね、でも……」


 やり過ぎだわ、とサラさんは零す。

 この人が向こうのクランでどんな罪を犯したのか僕にはわからない。裸にされて、身体中傷だらけ、そして十字に吊るされなければならない事をしたのだろうか?

 僕にしてあげられることなんて僅かしかない。


 既に事切れてる死体にこれ以上細菌が湧かない様に保菌するくらいだ。腐臭はこの街に似つかわしくないものね。


「また、買いに来てくれるって言ってたんですよ……」


「エル君とは顔見知りだったの?」


「カレエパンの常連さんで、あのお値段でも嫌な顔せずに買ってくれてたんですよ。一応表向きは襲撃に来てたんですけど、撃退したら買うものかって帰っていかれましたよ?」


「それ、普通に追い払ってる坊主の方がおかしいんだぞ?」


 呆れた様な顔でガントさんが述べる。

 そうかなぁ?

 前の街での扱いに比べたら全然良い方だったから特になんとも思わなかったけどなぁ。


「何はともあれ街の中がピリピリしてるわ」


「ああ、一層気を引き締めないとな」


「向こうのマスターさんの狙いはなんでしょう?」


「あいつはさ、我欲を満たしたいだけの獣だよ」


「ガントさんは知っているんですか?」


「…………あれはまだ俺がうちのマスターに声をかけられる前の話だった」


 ガントさんが語り始める。

 まだこの街に貧富の差があった時。

 スラムが街の至る場所に蔓延っていた。

 スラム上がりを取り締まるマフィアが幅を利かせ、弱肉強食が支配していた。


 その当時、まだフィンクスさんは力に目覚めていなくて、ガントさんはチンピラの様な生活を送っていたらしい。

 冒険者はギフトの有無でもてはやされ、スラム上がりは荒くれ者の冒険者の下っ端として金魚の糞をしていた。


 当時はまだ駆け出し冒険者だった向こうのクランマスターであるガイの下っ端をしていたと語るガントさん。

 何がきっかけでうちで活動する様になったかまでは話してくれなかった。

 でも、今でも向こうを裏切ったことは後悔してないと語った。


「あいつはさ、俺の弟の仇なんだ。あいつの憂さ晴らしで何人も死んでる。貴族の生まれだからって、俺たちの命は紙より軽いってのかよ!」


 握り拳を強め、石壁を叩く。


「それは、辛い思いをされましたね」


「あたしはこいつほどその男に利用はされてないけどね、胸糞の悪い話さ。敵対してる理由なんてそれで十分だろう?」


「ええ。僕も毎日いじめられては来ましたけど、流石に命までは奪ってきませんでした。周りで死ぬのは飢え死にの方が多いですね。冒険者の皆さんはポーターが死のうと自分たちには無関係って顔をされますから」


「お前も辛い環境で生きてきたんだな、坊主」


「僕には神様がいましたから。神様だけが救いでした」


 ガントさんは振り返った過去を振り払い、未来を見据えて前を向いた。


「お前がそうであった様に、俺にはフィンクスさんが居てくれた」


「ええ、あの人の凄いところは身分に関わらず仕事を回してくれるところよ。ギフトを得られず腐っていたスラムの連中を随分と拾い上げてくれた。私の妹分も真っ当な暮らしができる様になった。マスターには感謝してもし足りないよ」


 誰もが皆苦しい思いをしてきたんだ。

 表情には出さないが、うちのクランは全員がスラム上がり。

 そうとは思わせない練度の高さで冒険者ギルド、ひいてはパン屋の経営でそれを発揮している。

 良いところに拾ってもらえた。

 それと同時に許せないこともある。


「負けられませんね」


「ああ、いつか沙汰が降るとは思うが、領主が重い腰を上げるかどうかがわからない」


「それは血の繋がりがあるからですか?」


「いいや、血なんて繋がってねーよ」


「えっ」


 それは初耳だ。

 貴族というのは生まれが全てだと聞く。

 しかしまた別の要素があるのだろうか?


「その様子だと知らないのね。今の時代、ギフトの有無で貴族様が子を受け取ってくださるのよ」


「それは、どう言う……」


「この世界がギフトによって支配されているいうのはマスターから聞いたわよね?」


「ええ」


「その結果、女は子を産むなりギフトの有無を確かめ、授かっていれば貴族に身売りしてるのよ」


「それがもし、授からなかったら?」


「スラムに捨てられるわ。私達はそう言う運命なの」


「ひどい……」


「そうね、あたし達はただギフトを授からなかったと言うだけで捨てられたの。生んでくれた事には感謝してる。けどね、そんな理由で子供を産まないでほしいわ。あたし達はあんたらの金稼ぎの道具じゃない! あたしの考えは間違ってるかしら?」


 サラさんが感情を露わにする。こんなに激昂している姿は初めて見る。


「いいえ、僕たちからすれば至極真っ当です。でも……」


「ええ、残念ながらこの世界の人たちの殆どはその思想に取り憑かれてるのよ。参っちゃうわ」


 そう話すサラさんは心底悔しそうだった。


 もしかしたら神様達が取り戻そうとしている世界はとても辛く険しい道なのかもしれない。

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