第19話 悪徳クラン

 強い力で殴り飛ばされ、食いかけのパンが床に散乱した。

 あーあ、もったいねぇ。うちの親分はどうもキレ気味でいけねぇや。


「誰がパンを買ってこいなんて言ったザレド。俺ぁよ、俺たちに楯突く生意気な奴らを締め上げてこいと言ったんだ。ところがお前らときたらあっさり追い返されてあまつさえ敵の施しなんて受けやがって。俺ぁ悲しいよ」


「いや、施しどころかきちんと銭を払って買い付け……」


「なお悪いわボケェ!」


 真上から睨め付けたあと、床に転がった俺の腹部に渾身の蹴りが炸裂した。


「ぐぶぇ!」


「お前がそこで寝とけ。落とし前はあとできっちりつけてもらうぞ。おい、今月の収益金はどうだ」


「へい、街の奴らの上納金はこの通りでさあ」


「ふんふん、へーえ、随分と溜め込んでるじゃねぇか。うちの親父に収める税の他にもこんなに溜め込んでやがるなんて。だったら俺たちが使ってやらんとなぁ?」


「へい、親分の臨がままでさぁ」


 うちの親分はこの街を締め上げる領主の末弟。

 貴族としての席は性格の問題上廃されちまったが、その血筋から強力なギフトを授かってるのは間違いねぇ。

 手も使わず何人も病院送りにされて、誰も口出しできなくなっちまった。


 このクランも街の名前を取ってベルッサムとついちゃいるが、後に続く断頭台の様に親分の気持ち一つで刑に処されちまう。

 俺としては得体の知れない能力を持つパン屋のガキと同様、アフラザードの竈のトップも要注意人物だ。


 住民と同じ様に扱えば痛い目を見る。

 そう思って忠告したのにも関わらず「腑抜け」扱いされちまった。

 ったく、昔っから争い事は嫌いなんだが、力を持っちまうと制御が効かなくていけねーや。


 床から起き上がり、散らばったパンを拾い集める。

 カレエの香ばしい香りが、鼻腔をくすぐったが床に落ちたものを口に入れちゃあおしまいよ。俺は腹が鳴るのを我慢してゴミ箱に捨てようとしたところで腕を掴まれた。


「兄貴、食わないんなら俺っちが頂いてもいいですかい?」


「床に落っこちたもんだぞ? ばっちぃだろ?」


「それでも近所では買えないレアモンだ。一度食ってみてえと思ってた。けど、うちのクランは嫌われてるからな。兄貴が言った時にしか手に入らない。そうだろう?」


 弟分のグレッグは涎を垂らしながら懇願している。

 こいつは馬鹿だが愚かじゃない。普段はハンマーを振り回して脳筋の様な振る舞いをしてるが、本当は心の優しいやつなんだと俺は知っている。


「親分にバレない様に隠れて食えよ。俺は何もみてない、それでいいか?」


「感謝するぜ、さすが兄貴だ」


 俺の背に隠れてグレッグがカレエの魅力にすっかり取り憑かれちまったようだ。


「うめえ、うめえよ兄貴」


「ああ、実は俺もちょっと気に入ってるんだ。次仕入れる時はオメエの分も用意するか?」


「いいんすか?」


「親分にバレない範疇でな。どうも向こうのクランが心底気に入らんらしい」


「勿体ねぇ話だぜ。こんな美味いもんを作り出すクランを潰しちまおうなんてな」


「あんまり親分の前でそういう態度見せんなよ? どこで聞き耳立ててるかわかりゃしねぇからよ」


「気をつけるっス」


 クラン『ベルッサムの断頭台』はカジール伯爵家の末っ子ガイ・アークス・ネ・カジールのワンマンクランと化している。


 当時上手い話に飛びついた自分を殴りつけてやりたいぜ。

 あのまま街のマフィアの取り締まりのポストについてた方がまだ上手い思いができただろうな。

 俺はスーツのポケットから紙巻きタバコを取り出し、マッチを擦って火をつけた。


 どれも高級品だが、このクランに属している限り配給される。

 そういう意味ではいいところなんだが、問題は親分の癇癪がなぁ。


「兄貴、親分が呼んでますぜ」


「今行く」


 スパッと紙巻きタバコを投げ捨て、ブーツのつま先で丹念に火を消す。スーツをビシッと決めて単身で親分の待つマスタールームへと身を潜らせた。


 明日の朝日を拝めればいいが……あの怒り様じゃあ怪しいな。

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