第18話 ブレイクタイム

 それからクランメンバーと話し合い、黒い方を特濃ソース、黄色い方をカレエソースと名付けた。

 特濃ソースは揚げ物全般に強いが、野菜などにかかると味が強すぎて野菜の風味を殺してしまうというデメリットも持っていた。


 スナックサンドには特濃ソースが一番とはガントさんの言。


 一方でカレエソースは謎の中毒症状が起きていた。

 その強すぎる旨味成分は全ての肉や野菜、果実なんかも一つにまとめ、全部をカレエ味にするというとんでもない物。

 あと引く旨辛さに白パンのふんわり食感が絶妙にマッチする。


 ただ特濃ソースとの違いは、全ての味がカレエの中で調和するという奇跡のマッチングだった。


「揚げ物特化の特濃か、全てをまとめるカレエか」


「僕はどっちも好きですよ?」


「俺だってそうだよ。でもどっちが上品かはお貴族さまの口に運ぶまでわからねぇわけだろ? こっちも作る以上は売れたい訳よ」


「美味しいだけじゃダメなんですかね?」


「貴族は気品さを求めるからな。特濃なんかとは相性が悪い」


「こんな時に神様がいてくれたらいいんですけど」


「まだ神様はご復活なさらないか?」


「保菌庫の有無ではない内部時間が必要らしいですね。僕の方からはまだ何も」


「しゃぁねぇな、こっちで詰めるか」


 レッガーさんも気合を入れて施策に取り掛かる。

 そこで上質な肉をあげてるスペースに、運悪くカレエを詰めたパン生地を落としてしまい、ふっくらと焼き上がるカレエパン。


「あーあー、変な風に焼けちまったな。あとで捨てるか」


「神様が生み出してくれたスパイス、それを捨てるなんてもったいないですよ! ガントさんに味見させましょう」


「お前もなんだかんだ性格悪いよな、坊主」


「お互い様です。ささ、こちらのカゴにお乗せください。僕がガントさんに持っていきますよ」


「お、じゃあさっき挙げたオーク肉のカツサンドも持ってってやれ」


「さっき揚げてたのオーク肉だったんですか? 高かったでしょう?」


 オーク肉はダンジョンの深層に住む巨体の持ち主。

 強さがワイバーンほどではないけど、数が多く群で動く習性があるので死体を持ち帰るのが手間なのだ。


 何せその重さときたら熊と同クラス。それを群の追撃を掻い潜って回収するとなると難易度が跳ね上がり、その上で極上の旨みを有するから貴族でもなければその肉を口に運ぶことはできないと聞く。


「高いは高いが、だからこそ売り甲斐があるってな」


「じゃあガントさんにそう伝えておきますね」


「おうよ。あいつのことだから満点以外考えられねぇけどな」


「あはは」


 自信満々のレッガーさんに送り出され、クランルームでクエストの精査をしていたサラさん達と出会う。


「あらエル君、いい匂いね。それは?」


「これは今回の試食です。ガントさんに味見してもらおうと思って」


 僕はカゴに入った油分たっぷりの揚げ物類をみせる。

 女性陣からはウッと表情を顰める顔が多数。

 匂いがいいからとハイカロリーなものはお気に召さない様だ。

 菌ならいつでも取り払うのに。

 最近では表に出すのも嫌な様で、僕のところに来ない様に節制してるらしい。


「あいつならさっきギルドに向かったわよ? 例の奴らに因縁つけてられてないといいけど」


「ベルッサムの断頭台さんですか? 僕から見れば上客なのですが」


「エル君は怖いもの知らずね。レッガーさんが褒めてたわよ? あの人だったらつい手が出てしまうって言ってたわ」


「あはは」


 無難な受け答えでサラさんとの会話を終え、僕は一人でギルドへと向かう。

 行き交う人たちにお辞儀をしつつ、カゴから漏れ出る匂いにつられてよく声がかかった。

 僕がパン屋で働いていることは多くの人に知られていた。


 その人達は僕たちがスラム上がりだと知っても気にせず、いつもうまいパンをありがとうよと金払いも良いお客さんだ。

 なのでかけてくる声も「新作かい?」だなんて気軽な物だ。


 ようやくギルドにやってきた。

 扉の向こうでは案の定睨みの利かせ合いが始まっていて、ガントさんとパン屋の常連さんが息巻いている。


「あ、ガントさん探しましたよ」


「おう、エルか。俺になんの用だ?」


 僕の介入で睨み合いは終了。

 一部相手の取り巻きは僕を見て持病が疼き出したのか尻餅をついていた。


「これ、レッガーさんから。新作の味見をして欲しいそうです」


 カゴには一人で食べるには少し量の多い数が入れられている。

 ガントさんは三人前ぐらいぺろりと行けちゃうので、それよりも気持ち多く入っている。


「よかったらギルドの皆さんもどうぞ」


「お、ラッキー。アフラザードさんのパン、前から気になってたのよね」


 最初に食いついたのは受付のお姉さん。

 ギルド職員さんが前に出ることで場を取りなす様だ。


「うわ、パンはふんわりもっちりで、中に入ってるのはザクザクでジューシー! こんなに美味しいパンならもっと早く買い付けに行けばよかったわ」


「あいにくとこれは試作でして。まだどの層に売り出すか決め兼ねてるので、ご好評な様でしたらギルドさんにも販売しにきますよ?」


「ほんと? 買う買う!」


 ご機嫌なまま持ち場に帰った受付のお姉さんを見送り、ギルドに屯っていた冒険者達が僕の持つカゴに注目した。

 ガントさんが余計な真似をと言わんばかりに顔に手を置く。


 その日ギルドではアフラザードの竈のパンの話題で持ちきりになった。どちらが人気かはまだわからないが、どれにいくらまで出すか? の談義ですごいことになったらしい。


 例のクランとの諍いはその一件以来表面上では静けさを見せていた。ギルドを巻き込んでのご機嫌取りに、強気に出れなくなった様だ。

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