第17話 禁忌の秘術

 パン屋での一件は、冒険者側にも及んでいたらしい。

 うちのクランは何かにつけて件のクラン『ベルッサムの断頭台』とかち合うたびに火花を散らしてやるようだった。


 パン屋の方では味が気に入ったのか、ちょくちょく買いに来てくれるというのに……もちろんただ買うだけじゃ示しがつかないからと毎度武器を置いていってくれる。


 レッガーさんは僕の思ってる上客を「襲撃」だなんてオーバーに言うけど、僕はそうは思わないなぁ。


【エルウィンよ、あれはまさしく襲撃に違いないぞ】


「そうなんですか? きちんとお金を払っていくのでそういう茶番なのかと思ってました。僕はそれにお付き合いしてると言う感覚でしたよ?」


【お主、きっと大物になれるぞ?】


「そうですかね、へへへ」


 神様に褒められて照れていると、厨房からレッガーさんが手招きしていた。僕に用があるらしい。


「どうしたんですか、レッガーさん」


「最近売り上げいいだろ? ここらで新商品をあいつら用に仕上げようと思うんだがどうよ? お前のところの神様とも相談してさ、どんな商品ならもっと金を搾り取れると思う?」


 ものすごい悪い顔をしている。


【此奴、彼奴らからこれを機に貪り取る気だぞ? 性根逞しいと言うか、恐れ入る】


「きっとあの人たちなら買ってくれるでしょうね。でもスナックサンドは僕のアイディアではないですし、神様、何かいい案はありますか?」


【そうよのう、待っておれ。フランと相談してくるわ】


 スッと壁の向こうに消える神様。

 実態がないから壁もすり抜けられるんだよね。

 壁を見つめる僕に、レッガーさんが問いかけてくる。


「エル、神様はなんだって?」


「アフラザード様とご相談なさる様です」


「ま、そんなすぐには出てこねーか。俺もあれを超えるとなるとすぐには思い付かねーしな」


「ですよね、すごく美味しいです。スナックサンド」


「なー、生産ラインをもっと増やせってガントにせっつかされててよ」


「あー……ガントさんのお気に入りですからね」


「しっかし仕入れの制限を受けちまってる以上、こっちもあれが限界でなー」


 仕入れに制限をつけられているのはスラム上がりだから?

 売り上げ額の半分という処置もどこか信用されてない様に思うし、一般人に混ざって生活するのって大変なんだな。


【待たせたな、エルウィンよ! 良い案が出たぞ!】


【思い出したのは私だけどね】


【これ、話の腰を折るでない】


 相変わらず顔を突き合わせればマウントの取り合いが始まるなぁ。

 僕にとっての一番は神様だけなのに、他の人にもいい顔しようとするんだよね。そのお姿が見えてはいないのに。

 唯一フィンクスさんには見えるらしいけど。


【ふむ、よく聞くが良い! ここから先は禁断の秘術を使う故な】


「禁断の秘術ですか?」


【そうじゃ、本来なら相反する我とフランの力を融合させるのよ。本来なら物を腐らせる菌の力と、命を生み出す火の力。これらを合わせて創造の力とする。今は廃れてしまった神界に置いて二柱の力を交えるのは禁忌とされておった】


「なんかやべーもんが生み出されるのか?」


【安心せい、生み出すのはちょっとした調味料よ。ただし味は強烈じゃがな。これらは創造の力。生み出した後、我らは同時に力を失う。復活には時間がかかる故、禁忌とされておるのよ】


「そこまで無理をしていただかなくても」


【いいや、どのみち奴らをギャフンと言わせるには暴力以外の力も必要じゃ】


「それを僕たちのパンが叶えるんですね」


「神様はなんて言ってるんだ?」


「僕たちのパンがこの因縁に決着をつける要因になるとおっしゃってます」


「おお! いいね、さすが神様だ。俺らにできる事ならなんでも言ってくれよ!」


 レッガーさんも乗り気だ。

 そして二柱の神様によって生み出された創造の種火は、新しい素材を生み出してくれる。

 それがのちに香辛料と呼ばれる物だった。


「うお、ピリッと辛いな。なんだこれは」


「塩とは違いますよね? 風味は良く、それでいて辛い。神様はこれをパンに使えということでしょうか?」


「いいや、こいつはパンには合わねぇ。繊細な風味を殺しちまう強さを持っている。だったら肉なんかに合わせて使うのかもな」


「取り敢えず僕たちは神様が復活するまでこれらで仕上げましょう」


「おう、店が終わったら練習だ」


「はい!」


 新作の練習は夜遅くまで続いた。

 おかげで数日寝不足が続いている。

 あれも違うこれも違うと練習を繰り返し、分厚く切った肉に塗して焼くというシンプルな技法に落ち着いた。

 肉はそれで上手くなるんだけど、そこからパンに合わせると振り出しに戻った。


 創造の種火からは毎日いろんなスパイスが飛び出すてくる。

 香ばしい物、塩辛い物、甘い香りがする物、より辛い物と際限ない。もしかしてこれらを合わせて使うのではないか?

 レッガーさんに相談したら「俺らはなんでもやるしかねぇ」と乗り気で採用した。


 そして『ベルッサムの断頭台』と諍いが始まって二週間後、ついに新作の最終形とも言える雛形が生まれた。

 それはスパイスを新たなソースとして生まれ変わらせる物だった。


 野菜とスパイスを熟成発酵させた真っ黒なソースの他に、複数のスパイスを熟成発酵させた黄色いソースが出来上がる。


 黒い方は揚げ物全般によく合い、油分をスッキリとさせる旨味で満足感を底上げする。

 黄色い方はどちらかと言えばメインの肉を食いかねない暴力的な旨味が支配していた。


「なるほど、こいつは禁忌だな。神様が躊躇うわけだ」


「委ねられた僕たちはどの様に使うのが正解でしょうか?」


「一応クランで試食して決めてもらうか」


「それが良さそうですね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る