第12話 保菌庫
【どうした? エルウィン。随分と思い詰めた顔をして】
割り当てられた部屋で一人唸っていると、見かねた神様が声をかけてくる。
僕の悩みはただひとつ。ポーターの活動をしても前の街ほど菌が集まらなかったことだ。そういう意味では前の街は殴られてでもいる価値があった。
「実は……」
【ふぅむ、なるほどのう。要は我の為に悩んでくれているということじゃな。たしかにここは前ほど居心地が良くはない。じゃがな、ここのみんなはエルウィンによくしてくれている。それだけはわかるぞ?】
「でも神様が……」
【我のことなぞ後回しで良い。時々思い出してくれるくらいで良いわ。今の時代を生きるエルウィンにとっての最善を選ぶんじゃ】
そうは言うけど、僕の一番は神様だ。神様のためならこの命、捧げても惜しくはない。けど神様は僕が不幸な目に遭うのを嫌がるのだろうなぁ。
「おう、ここにいたかエル」
「レッガーさん? 今日はパン作りはお休みのはずじゃ?」
「仕事以外でお前のとこに顔出すのはダメなのかよ。いいから来い。お前を真似て少しこっちでも研究を進めたんだわ。味見していけよ」
「は、はい~」
ちょっと無理矢理なところは前の街の冒険者を彷彿とさせるけど、同じ職場の先輩職人は僕の仕事に対抗意識を燃やしてしまったようだ。
そのあとはパン談義に花を咲かせ、仕事でもないのに菌を少量使ってしまった。細菌活性で上手く調整したが、このままいくといつか枯渇してしまうのではと脳裏を過ぎる。
神様は僕の体内に保菌された残存保有量を糧にお姿を表してくれる。少なくなれば当然姿を拝める回数は減ってしまうのだ。
暮らしが豊かになればなるほど、神様を拝めなくなる矛盾。
僕にはどうしていいのかわからなかった。
そんな悶々とした想いを胸にひめ続け数日後、ようやく僕の待ち焦がれた保菌庫が出来上がった。
部屋を楕円で覆い、更にその周囲をアフラザード様の烈火で覆う特殊な部屋。暗く、ジメジメしており。菌をを保つのにとても適切な環境だった。
「ただこの部屋は少し特殊なので、部屋としてではなく菌を摂取する為の場所程度に見ていて欲しい。基本的に扉は設けてない。この穴から君に必要な分だけ菌を出し入れする。それ以外の持ち出しは厳禁だ。こうやって厳重にする理由はこの街が清潔さを心掛けている理由に他ならない。質問はあるかね?」
フィンクスさんの気の使いようには頭の下がる想いだった。
たしかに僕にとってはこれ以上ないくらいの高待遇。
これ以上を望めば僕の居場所は無くなるだろう。
「いいえ、特には。摂取時にはフィンクスさんにお話を持ち掛ければ良いですか?」
「いや、ここにはアフラザード様に常駐していてもらう。私も色々と忙しい身の上でね。菌を増やすも保菌するも君の自由だ」
「何から何まで僕のためにありがとうございます」
「最後に美味い思いをさせてくれればいいよ。あの他人嫌いなレッガーの懐きようは見ていて温かい気持ちになるからね。僕としても君には感謝してるんだ」
【良かったの、エルウィン。理解者に恵まれて】
「神様が僕の前にお姿を現してくれたからですよ。僕だけの力じゃありません」
【そうだとしても我はお主が救われて嬉しいぞ】
「ありがとうございます」
それから僕はアフラザード様に頼んで菌の苗床になる媒体に細菌を投与してから保菌庫に投入してもらった。
完全にロックしても内側の菌の数値が見えるのは粋な仕掛けだ。
僕が扱える権能最低でも3回。
保菌している数によって使える限度は変わっていく。
これが0になるまで最近活性で増やしていき、折を見て僕の体に移すを繰り返すこと一ヶ月、ついに僕の保菌数は上限に達し。
【我、復活!】
「おめでとうございます神様」
【うむ、お主には苦労をかけた。我の為にここまで尽くしてくれる眷属を持てて我も幸せ者じゃ】
【ぐぬぬ……私のフィンクスだって色々すごいんだからね?】
【ほれ、この様に火神からも嫉妬の念を頂くほどに羨ましがられておるぞ?】
「アフラザード様も神様のために色々ありがとうございます」
【むむむ、すごくいい子ね、この子】
【そうじゃろうそうじゃろう?】
【いーなー、私も眷属作ろうかしら】
【言っとくがエルウィンはやらんぞ? 我の大事な眷属なんじゃから】
「あはは、ありがとうございます」
復活したらしたで多少騒がしい日々が戻ってきたけど。
それはそれでようやく僕の日常が戻ってきたと感じられた。
神様がいない時はアフラザード様がお話相手だったから。
【我はフランに浮気しないかヒヤヒヤしておったのだぞ? が、エルウィンを振り向かせることはついぞできぬ様じゃったがな】
【むきー! アンジーのくせに生意気よ!】
【ヘーンだ、ベロベロバー】
この妙に子供っぽい神様が僕の心の拠り所なのは今更疑う余地もない。アフラザード様は高貴すぎて近付き難い印象が強かったから、尚更ね?
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