第10話 パン職人エルウィン
「お前がすげー奴だってのはわかった。そして俺たちに今一番必要なものを持ってるってのもな。だがここじゃ俺がルールだ。ルールはきちんと守るように」
「守れば殴りませんか?」
「ああ、そいつは約束するぜ。だが、へまして素材を台無しにする真似は許さねー。うちのマスターが許したって俺が許さねーからな!」
「まぁ、レッガーはこういう奴なんだ。口は悪いが腕は確かだぞ。こいつの作る黒パンはうまいと評判でな。しかし……」
【目標は白パンか?】
神様の発言にその通りだとフィンクスさんは頷いた。
フィンクスさんの神様もまた目標とする白パン、是非口にして見たいものだ。
僕はレッガーさんの指示のもと、作業の手順を教わった。
記事作りから始まり、ガス抜き、醗酵と結構な手間がかかる。
「ここで三次醗酵をするんだが、いつも醗酵が足りなくてな。坊主、頼めるか?」
「僕にはまだ難しいですから、神様にお願いしても良いですか? 手本を見て、次からは僕もやってみます」
「そいつで構わないぜ。俺としてもお手上げだしな」
「そういう事で神様、お願いします」
レッガーさんと一緒に頼み込み、神様は満更でもないと言った顔でパン生地に菌の力を活性化させていく。
「おぉ! こいつが菌の力か! 普段の二倍、いや三倍くらい膨らんでるぞ?」
「それって凄いんですか?」
「馬鹿野郎! 凄いなんてもんじゃねーぞ。マスター曰く、白パンというのはおひさまで干したタオルのようにフッカフカだって話だ。醗酵を失敗した黒パンなんて目じゃねーって話だぜ?」
「そんなになんだ?」
「おうよ、こいつは出来上がりが楽しみになってきたな。火神アフラザード様の火の力もとんでもねーが、この二柱が組んだら革命が起こるぜ!?」
レッガーさんがふっくらとしたパン生地を鉄の板に乗せて竈門に並べていく。火神様の加護を受けた竈は焦げ付かずに、皮はさくさく、中はしっとり目に焼き上がるそうだ。
失敗作と称した黒パンを頂いたが、前の街で食べたものとは比べ物にならない出来栄えだ。
今から焼き上がりが楽しみだった。
竈で焼くこと十数分。
すっかり焼き目のついた丸いパンは、黒パンの二倍のサイズで僕たちの前に出てきた。
焼き立てで熱いのにもかかわらずそれを素手で掴み、ゆっくりと左右にちぎるレッガーさん。
黒パンでやり慣れてるのだろうが、みているこっちの手が熱くなる思いだ。
「コイツァ……」
「どうですか? 失敗ですか?」
「食ってみろ。半分やるよ」
いかつい顔を満面の笑みを浮かべながら熱々のパンを手渡してくる。それを両手で受け渡ししつつ粗熱を取り、ゆっくりと頬張った。
瞬間口の中に広がる熱気。
次に材料の麦の味が鼻腔を突き抜け、噛み締めるたびにほんのりとした甘さも感じられた。
熟成させたお肉と同等かそれ以上の旨味に、ただただ口を動かすのに精一杯で。
「レッガー、どうだった?」
「やっぱマスターの目に狂いはねーわ。この坊主、うちの主力になるぜ?」
「そうか。なら看板メニューは任せても?」
「おうよ、それどころか試してみたいことがたくさんあるんだ。アフラザード様のご要望だってお叶えできるってもんだ」
「そいつは良かった。きっとこの街もより豊かになっていくことだろう。ゆくゆくは他の街も手広くやって」
なんだかどんどん話が大きくなってきたぞ?
【フラン、よもや主達は我らを囲い込むつもりか?】
【アンジー、つれないこと言わないでよ。昔馴染みじゃないの】
神様もどこか不満げだ。
菌を使うのはやぶさかじゃない。しかし使えば当然減っていく。
前の街ほどこの街は保菌者が多くなく清潔で。
近所で菌を拾ってくる場所が限定されている。
「その事なんですが、少し僕たちの事情をお話ししてもよろしいでしょうか?」
「勿論だとも。君たちの住みやすい環境を作るのも僕たちの勤めだからね」
フィンクスさんは僕たちを受け入れてくれる方針だろうけど、やはり僕たちの事情を知ったときは少し考え込んでしまった。
「そうか……菌は無限に使用できないと?」
「僕は保菌の能力があるのである程度活性化させる場所をいただければいいのですが……この街ではそんな場所も一掃されてしまっているでしょう? このまま僕たちの権能を使っていくのは反対しません。それどころか喜んでお力をお貸ししようとも思っています」
「反面で菌を蓄える保菌室が必要と?」
「はい。部屋をひとつだけ僕たちのためにご用意していただければ、神様もそこまで不機嫌にならないと思うんです」
「わかった。僕の方で手配するよ。どのみちうちのレッガーが君を気に入ってしまったからね。もう手放す前提の交渉をする段階ではないと思っている。近い内にそれに相応しい場所を提供しよう」
【今回は随分と頭の回る信徒を得たのう、フラン?】
【羨ましいかい、アンジー?】
【別に。二の轍は踏まぬよう心がけとるんじゃなと感心しておるのよ】
【言うじゃないか。まだあの時のことを根に持ってるのかい?】
【当然だとも。無実の罪で封印された件、早々に忘れるものではないわ】
【無実ではないんだが。お主は自分に都合に悪いところは忘れるからな】
【あーあー聞こえなーい】
何やら神様達が楽しそうにおしゃべりしている。
僕にも内緒にしている当時のお話に興味が湧かないこともないけど、今はまだ問い詰めるべきことでもないだろう。
今はただ、新しく出来上がったパンを失敗しないように作り上げることに注力した。
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