第9話 工場長レッガー
「そこで君に早速協力してもらいたいことがあるんだけどいいかな?」
にこやかに笑いかけてくるフィンクスさん。
「僕にできる事なら」
「君にだったら簡単なことだよ。君にはうちのブランドのパン作りをして貰いたいんだ」
「僕が、パンを? やったことありませんよ」
パンだって作るのは大変だと聞く。
ギフト持ちでもない人間に拘らせて平気なものなのだろうか?
「大丈夫、むしろ君だからこそ任せられるお仕事だ。ポーターなんかやってるより全然割りのいい仕事だよ。天職と言っていい。その前に身綺麗にして貰う必要があるけど、そこは平気?」
「なんでそこまで今日知り合ったばかりの僕を信頼してくれるのかわかりませんが、そこまで頼まれたら断りきれません」
「なら交渉は成立だ。サラ、エルウィン君をシャワー室にご案内してあげて」
「はい、マスター。こっちよ、エルウィン君」
マスタールームを後にして、僕はサラさんの後についていく。
そこでは熱した水が雨のように降りかかる謎の施設で、僕の体にためた菌が洗い流されるような感覚があった。
けど全体の一割にも満たない、ごくわずかな量。
神様が言うように僕の体の保菌能力は肉体の内側に備わっているようだった。
暖かい雨だと思えば新鮮な気持ちはすぐに消えた。
入り口にかけてあった布で体の水気を拭き取り、用意された服に袖を通す。
【きっとアフラザードは我らの発酵の力を利用するつもりじゃな】
「発酵って浅漬けのですか? それとパンになんの関係が?」
【大ありじゃよ。パンがうまく纏まるのにも発酵の力が必要不可欠。なんだったらお主に託されてるのはさらに上の白パンやも知れぬぞ?】
「パンって黒パン以外にもあるんですか?」
【あるぞ、貴族が食してるふわふわのパンを白パンと呼ぶのじゃ。今の時代にもあるかは知らんが】
「いつか口にしてみたいですね。美味しいんだろうなぁ」
【黒パンよりも美味いことは我が保証する】
「そんなにですか? じゃあがんばります」
【期待しておるぞ、エルウィンよ】
神様とのお話はいつも為になる。
「あら、すっかり変わったわね。見違えたわ」
「お前もすっかりうちの一員だな、エル」
「ガントさん、サラさん。どうも僕、ポーターじゃなくパンを作る事になりそうです」
「なに!? うちのマスターは一体なにを考えてギフト持ちではないエルにそんな真似を」
「マスターが変人なのは今に始まった話じゃないわ。あの人見る目だけはあるもの。ガントだって街の荒くれ者だったのに今はこうして立派に冒険者やれてるし?」
「うるせーよ。お前は一言余計だってーの」
すぐに二人だけの世界に旅立つガントさんにサラさん。
そしてフィンクスさんの紹介の元、僕は新しい職場に配属された。
「お前が今度俺の縄張りに配属になる新人か。名は?」
いかにもチンピラみたいな風貌。
僕に暴力を振るっていた冒険者と何ら変わりのない喧嘩腰の態度に僕は萎縮してしまう。
それを見てフィンクスさんが固く握った拳をナワバリの主へと振り下ろしていた。
「レッガー。そうやって新入りをいびるからこの配置から人が居なくなるのをわかっているのかね?」
「でもよぉ、正直ここは俺が一人いれば事足りるぜ? こんなチビをわざわざよこさなくたって大丈夫だって」
「それでも白パンに必要な発酵に至れてないのだろう?」
「うぐ……そこを突かれると痛ーけど」
「彼はな、レッガー。お前にだから言うが菌の女神様の使徒だ。発酵のことなら彼をおいて他にないほどの才能の持ち主だ。それをお前と来たら身なりで判別して。僕は悲しいぞ」
「ちょ、ちょちょちょ冗談ですよね? こんなチビが使徒?」
「使徒ってなんですか?」
僕は話についていけずにフィンクスさんに尋ねる。
レッガーさんもまた僕のことを信用しきれてないようにフィンクスさんに縋った。
「ほらやっぱり、こいつフィンクスさんを担いでるんすよ。使徒のなんたるかも知らずにここまで来たんだ」
【痴れ者め! 使徒なんぞはとっくに越えておるわ。我が眷属エルウィンを使徒と同列に扱うなぞ許さんぞ?】
神様の憤慨っぷりを見るに眷属より下の地位なのかな?
「あの、僕は神様から眷属として扱われてますので、使徒とは違うようですが?」
「眷属!? 君はもうすでにそこまで達していたのか!!」
「眷属ってマジかよ……チビスケだなんて言って悪かったな」
やっぱり眷属ってすごい称号なんだ。
神様もどこか満足気だ。
【ふふん、どうじゃフラン。羨ましかろう?】
【あんた、そんな子を眷属にするとか正気? 権能移譲者をそんな少年に与えるなんて……】
権能って、やっぱりすごい能力なんだ。
というかフィンクスさんは権能を使えないのかな?
だというのにここまで大きなクランを作れてすごいな。
僕も早くこの人みたいに神様を崇拝できる環境を作りたいと強く願った。
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