第6話 市立動植物園にて その2
「あ、時永君は1番前の列ね!新入生だし」
入場門をくぐった先では、杁中先輩が三脚にカメラを据え付けていた。指示に従って、3列に並んでいた皆に加わる。やや遅れて、旭部長と佳音先輩もやって来た。旭部長は最前列の真中へ、佳音先輩は最後列の端へと、それぞれ収まる。
「それじゃ、撮ります!カメラ見ててね」
杁中先輩はカメラの向きを微妙に調節してから、シャッターボタンを押してこちらへ走って来る。
――セルフタイマー機能かな。そう言えば、使い方覚えて無いし、今度確認してみないといけないな――
そんな事を考えている間に、パシャリと言う音がした。明らかにカメラを向いていないタイミングで、シャッターが下りてしまった。杁中先輩は撮れた写真を確認しに行くと、困り顔で言った。
「あー、何人か目瞑っちゃってるし、目線くれてない人もいるや……。もっかい行くよ、目線はここね、今度は目開けててね、笑顔で!」
再びシャッターボタンを押して、こちらに走ってくる。今度はずっと注目したまま、シャッターが下りるのを待った。
パシャリ
軽快なシャッター音が鳴る。
「……よし、今度は大丈夫!じゃ、タクマー後はよろしく!」
「それでは、これからは自由行動です。各々好きな様に、撮影を楽しんでください。カメラ貸し出し希望の皆さんは、このままここで少しだけ待っていてください。それでは、解散!」
解散の合図で、佳音先輩以外の2年生と、新入生の半分は園の奥へと走っていった。
――そんなに急いで、どこへ行く気なんだろう?
あっという間に小さくなる彼らの後ろ姿を見送っていると、タクマー先輩に声を掛けられる。
「時永君は、これからどうするんだい?良かったら、僕達と一緒に回る?」
残っていた新入生の半分と、3年生の先輩方。そこに佳音先輩もいる事を確認して。
「はい、色々教えて頂けないでしょうか!」
集団に加わって、動物園を回ることにした。
――そう言えば、動物達を被写体として、じっくり眺めてみたことは無かったな。
いつも横目に眺めて通り過ぎていた動物達も、ファインダー越しに見つめてみると新鮮に感じる。実は、動物達には最初から興味が無くて、ただ友人達との話を楽しみにしていたのか。そんな取り留めのないことも考えながら、のんびりと歩くライオンにカメラを向ける。
――まずは広角側でアタリをつけて。
――それから、ズームするのがやりやすいって、最初に言われたんだった。
先輩方に教えて頂いた事を反芻しながら、レンズのズームリングを回す。レンズが伸びていくのと連動して、ファインダーの中のライオンの顔も次第に大きくなる。手応えと共にズームリングが止まった所で、シャッターボタンを軽く押し込む。小さく電子音がして、拡大されたライオンの顔にピントが合わさった。一呼吸置いて、シャッターボタンを最後まで押し込む。
カシャリ
軽い音を立て、シャッターが下りる。撮れた写真を確認してみると、残念な事に半目になって、威厳の欠片もない姿のライオンが写っていた。
「ありゃー、瞬きされちゃったね」
「これはこれで、面白いかもしれないね」
左右から3年生の先輩方が、色々と話しかけてくれた。旭部長と杁中先輩は、少し離れた所で他の新入生達にカメラの使い方を教えている。
「……もう一回、狙ってみます」
いつの間にか座り込んでいるライオンに向けて、もう一度カメラを構える。先程と同じようにして狙いを付け、今度はピントを合わせた所で少し待ってみる。撮影の姿勢にまだ慣れていないせいか、レンズを支えている左手に疲労を感じ始めた時、ライオンの口元が少し緩んだ。
――今!
チャンスを逃すまいと、ボタンを押す右手に力が入り過ぎてしまったらしい。出来上がった写真は、欠伸をしているライオンが写っている事は分かるが、見事に手振れしてしまっていた。思わず溜め息を吐きそうになった所で、
パシャリ
誰かのシャッター音が鳴る。
「ごめんね、つい撮っちゃった」
声のした方を振り向くと、数メートルくらいの所でこちらに向けてカメラを構えていた杁中先輩がいた。
「いつの間に、こちらに居たんですね……」
「今はタクマーがみんなの面倒見てるよ。それで一旦こっちに戻ってきたら、良い表情してたからさ、つい、ね」
杁中先輩の方へ小走りで行って、撮った写真を見せてもらう。そこには、自分の撮ったモノを確認して、苦笑いを浮かべる自分の顔が大きく写っていた。周りの人混みや背景は滑らかにボケて、人で賑わうこの場所で撮られた物には思えない画になっていた。ただ、写っているのが自分なお陰で、こそばゆい感じがした。
「こうやって写されると、何だか、照れ臭いですね……」
と、ここで僕は一つ気付いたことを杁中先輩に尋ねた。
「ところで、さっきから何枚も写真を撮っていますが、こうやって背景がボケてこないのは、何か理由があるのでしょうか?」
「やり方さえ覚えてしまえば、簡単だよ。えーとね――」
「——ミズキ、時永君。そろそろ僕らは次へ行くけど、2人はどうする?」
話の途中だったが、タクマー先輩の声がする。時間を確認すると、たしかにそれなりの時間が経っていた。撮りたいモノの量的にも、そろそろ移動した方が良さそうだった。
「今行きます!」
「タクマー、すぐ行くよ」
先の方で待っているタクマー先輩達の元へと走っていく。まだまだ撮影は始まったばかり、分からない事も多いが、とにかくカメラを手に周っている事が、楽しくて仕方がなかった。
(その3へ続く)
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