第5話 市立動植物園にて その1

 いよいよやって来た新歓当日。早めの昼食を摂り、出発前の荷物の確認をする。

――バッテリーは満タン。メモリーカードも準備OK。下調べも、だいだい大丈夫。

何を撮りたいか迷ってしまいそうな気がして、撮りたいモノの検討をおおよそ付けておいた。最終的に他の人達に合わせる事になるかもしれないと思ったが、念のため。

――よろしく頼むね、相棒。

カメラの感触をカバンの生地越しに確かめると、スニーカーを履いて歩き出す。清々しい、よく晴れた青空の下、まずは最寄り駅を目指した。


"次は、動物園前、動物園前です。お出口は右側です、開くドアにご注意ください。"

途中で一度乗り継ぎを挟みつつ、賑わう地下鉄に揺られる事30分。人の波に半ば流されながら車両を降りて、改札を出て集合場所を目指す。あと5分位歩いたら到着だ、と考えていると、後ろから声がかかる。

「あ、時永君!今着いたんだね」

「お疲れさまです、杁中先輩」

同じ電車に乗っていたらしい、杁中先輩と合流した。先輩自身のカメラに加えて、貸し出し用のカメラが入っているらしい小さなカバンも提げていて、少し重たそうだ。

「そちらのカバン、持ちましょうか?」

「いや、新入生の時永君に持って貰うのは悪いし、大丈夫よ。そこまで重たくもないしさ」

「そうですか……ところで、今日は写真部からは誰が来るのかご存知でしょうか?まだお会いしたことのない先輩方もいらっしゃるのかもしれないと思って」

「えーと、ちょっと待ってね」

歩きながら、杁中先輩はカバンのポケットを探る。程無くして、4つ折りになった紙を探り当て、広げて中を確認する。

「部員は、4年生の先輩方が今日は誰もいなくて、3年生がタクマー部長と私、他に4人いるわ。2年生は、佳音ちゃん含めて8人。で、参加してくれる新入生の子たちが時永君以外に10人。そのうち5人はカメラ貸し出し希望らしいから、私とタクマーで交代で教えながら見て回るつもり」

「結構来るんですね、自己紹介の準備をした方が良かったかもしれません…………あれ、今日は信濃先輩は来られないんですね」

「聞いたら、臨時列車を撮りに行くって言ってたわ。全くあの鉄道オタクめ」

呆れたような、ほんの少し残念そうな言い方が気になったが、まだそれは聞かない方が良い気がして、止めておいた。

「あ、あの辺りに集まってるのが新歓の人達でしょうか」

やがて見えてきた、動物園の入り口。入場券売り場の反対側に、10人くらいの集団が出来上がっているのが見えた。

「改めまして、今日はよろしくお願いします、杁中先輩」

「本当に、時永君は真面目ね……楽しみましょ!」

集団に向けて、少し速足で歩いていく。


 集団に近づくと、周りの人達と楽しそうに話をしている旭部長の姿が目に入った。

「お疲れ様です!」

「おつかれタクマー、皆に楽しんでもらいましょ」

「お疲れ、ミズキと時永君。今日はよろしくね」

「今日はよろしくお願いします!……そういえば、皆さんに自己紹介をした方がいいでしょうか」

新入生達はもちろん、先輩方もまだ知らない顔の人ばかりだった。

「ん-、まあそれは今度で大丈夫だよ。後2年生が3人、新入生が2人来たら全員揃うから、そしたら行こうか。……とその前に、ミズキ、もう撮影の準備を」

「分かってるわ」

旭部長が促すより早く、杁中先輩はカバンを開いて撮影の準備を始めていた。カメラ本体の右肩に入った赤いラインが目を引く、Nikonの一眼レフカメラ。

「後は、貸し出し用のカメラも準備しないとね」

自分のカメラを首から提げると、小さい方のカバンからもカメラを取り出す。こちらもNikonのモノらしい。電源を入れて、何か所か設定を変えているようだった。

「……よし!タクマー、準備終わったよ?みんな揃ったかな?」

杁中先輩は、旭部長を見やる。視線の先の旭部長は、参加者名簿らしい物に何やら書き込んでいる。上から下までさっと目線を通すと、

「今来た子で最後だよ。それじゃあ、始めようか」

一呼吸おいて、その場にいる全員へ向けて話し始める。

「皆さん、お疲れ様です。今日は写真部新歓へ来て下さり、ありがとうございます」

多分、たどたどしくお辞儀しているのが、他の新入生達。小さく会釈したのが、杁中先輩含めた3年生の先輩方と佳音先輩。鼻で笑ったような、いけ好かない態度の人達が大体2年生なのだろうと思った。旭部長は、真剣な声色で続ける。

「はじめに、皆さんに1つだけお願いです。トラブル防止の為、親しい友人以外を撮影したり、それを公開する事は止めて下さい。例外として、写真部のメンバーが広報活動の為に撮影をさせて頂く事はありますが、その際も利用許可を頂いたものだけを公開します。この1つだけは、しっかりと守って下さい」

これだけ言うと、元の調子に戻ってさらに続けた。

「その上で、今日は皆さんと一緒に、部員の皆と交流して頂いて、写真に、それからこの写真部に興味を持って頂けたらと思います。それでは、入場券を皆さんに配っていきますので、受け取った方から入場をお願いします。部員の皆さんも、僕の方で纏めて買ってありますので、一緒に受け取ってください。入場したら、すぐ左手のボードの所で記念写真を撮りたいと思いますので、そこでお待ちください」

旭部長はそう言って、参加者へ入場券を配り始めた。僕は、ずっと隅の方で元々小柄な身体を更に縮こまらせていた佳音先輩が気になって、すぐには券を受け取りに行かず、スマートフォンを触るふりをして待っていた。ふと気配を感じて顔を上げると、「また何か調べてたかな?とにかく今日は楽しもう、時永君」

旭先輩が、いつもの穏やかな表情で、入場券を差し出していた。

「いえ、大丈夫です。よろしくお願いします」

スマートフォンを仕舞うと、入場券を手に取って入場門をくぐった。

――本当は、待っていたかったんだけどなあ。

誰にも聞こえないように、ぼそりと呟いて。


(その2へ続く)



第5話 あとがき


 らいすばーどです。

思ったよりも話が長くなりそうでしたので、一度ここで区切りといたします。

結局まだ、時永君はカメラを触っておりませんが……。次回こそ、色々撮ってみてもらおうと思います。

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