第3話 最初の一台

 次の土曜日。昼食を終えた僕は、地下鉄に乗って待ち合わせ場所の観音前駅へと向かう。

――結局、何を買うのが良いんだろう。

今日まで何度もやったように、検索エンジンに ”一眼レフ おすすめ”と打ち込んで検索してみる。"メーカー毎の特色はこうだ!"とか、"今買うべき一眼レフはこれ!"とか、そういう文句が並ぶが、中身を読んでみてもどう違うのかよくわからない。結局方針が固まらないうちに、観音駅前のアナウンスが流れてきた。

――先輩方に、色々聞いてみよう。

地下鉄を降りて、集合場所の東改札口へ向かった。



――——



 話は、部会の日まで遡る。

「……ところで時永くんさ」

杁中先輩が僕に尋ねる。

「何でしょう?」

「カメラ、まだ持ってないんだったよね」

「はい、この機会に欲しいとは思うのですが……」

「部会の中で、カメラを買う話をしてたでしょ?」

頭の中で、先程の会話を思い出す。この写真部で所有している2台のカメラのうち、片方が行方知れずのままになっている事。その代替機を、次の土曜日に買いに行く事。機種名とかの話は、何も分からなかったけれども。

「もし時間が合うなら、一緒に来ない、と思ってさ」

「……いいんですか?」

「もちろん大丈夫。色々相談にも乗るし」

「あ、僕も色々教えるよ」

「ツバサは喋り過ぎない事!それで何人も引かせてるでしょ」

「スミマセン……」

横から口を挟んできた信濃先輩を、少し強めの口調で杁中先輩が窘めた。

「とりあえず、土曜日は一緒に来てくれるんだね?」

旭部長の言葉に、僕は頷いた。スマホのカレンダーへ、予定を書き込んだ。


――——


 改札を出ると、旭部長が待っていた。

「おはようございます!」

「時永君、待っていたよ。他の皆も、もうすぐ来るはずだ」

旭部長の言葉通り、他に会話をする間もなく杁中先輩と信濃先輩、そしてカノン先輩がやって来た。

「おはよ」

「おはよーございます!」

「……おはようございます」

カノン先輩は、僕がいた事に少し驚いた様子だった。

「そう言えば、カノンちゃんはまだ時永君の事知らなかったっけ。部会の日、すぐ入部届書いてくれたんだ」

「機械工学科の時永です。カノン先輩、これからよろしくお願いします」

杁中先輩のフォローに続いて、名前を名乗った。

「私は荒幡アラハタ佳音カノン。デザイン工学科の二年生。よろしくね、時永さん」

「よろしくお願いします」

「さて、と。5人全員揃ったし、行こうか」

旭先輩に続いて、目的の店を目指す。


 商店街の一角に佇むビル。その1フロアが、カメラ売り場になっていた。新品・中古問わず、沢山のカメラやレンズが、ショーケースに収められている。

「とりあえず、僕は写真部用のカメラを探してくるよ。皆は、時永君に色々教えてあげて」

「わかった」

「りょーかい!」

「わかりました」

「よろしくお願いします……ただ、何を選べば良いのか全然分からなくて」

旭部長以外の3人にそう言うと、まず口を開いたのは杁中先輩だった。

「ん-と、まずは予算と、撮りたいモノ。それから、誰か家族とかにカメラを使ってる人が居るかどうかを知りたい」

僕は頭の中で、周りの人から貰った入学祝いの事を思い浮かべる。

「10万円位までなら、何とか出せそうです。それと、友人にも家族にも、カメラを使っている人はいません。撮りたい物は――」

つい、佳音先輩の横顔を思い浮かべてしまった。少しだけ、顔が火照るのを感じる。

「あ、何か変な事考えてそうな顔」

「茶化さないの。それで、撮りたい物は……まだ具体的には決まってない、ってとこかしら?」

「そうですね……」

「じゃあ、ちょっと待ってて。ここにあるモノで、適当に組み合わせ考えてみるわ」

杁中先輩はそう言って、フロアの奥へ進んでいった。佳音先輩もいつの間にか居なくなっていて、僕と信濃先輩だけが残った。

「あーあ、行っちゃった……一緒に見て回るほうが楽しいと思うのに、杁中先輩はせっかちだなあ」

「ちなみに、信濃先輩はどうやってカメラを決めたんですか?」

どこかおどけた様に呟く信濃先輩に、質問してみる。

「んーと、僕はね……鉄道とか飛行機とかを撮りたい、ってのがあったからさ。連写性能の良いカメラ、って決めてあったんだ」

信濃先輩は、鞄からカメラを取り出して見せてくれた。左肩に"EOS 7D Mark2"とロゴが刻んである。

「それで、中古でそれなりに安くなってたこれにした。本体にお金を掛け過ぎて、レンズが買えなくなってもいけないし」

「そう言えば、レンズの事も考えないといけないんですね……」

「うん、カメラ本体もそうだけど、撮りたいもの次第で選ぶレンズが変わってくる。それも含めて、一眼レフの醍醐味だと僕は思うよ」

声のした方を振り返ると、紙袋をぶら提げた旭部長が立っていた。

「もう、決まったんですね」

「うん。元々アタリは付けていたから、後は状態のいい物が見つかるかだけだった」

「タクマー先輩なら、やっぱりカメラ本体よりレンズ選ぶのに時間掛けますよね?」

信濃さんが旭部長に問い掛ける。

「そうだね、レンズ選びの方が重要になってくるかな。ただ、まずは使い勝手のいいのを1本買って、好きな撮り方が決まってきた所で追加するのがいいんじゃないかな?多分、他の2人はそういうつもりで探してきてると思う」

「なるほど、ありがとうございます」

「後はどこのメーカーを選ぶか、一眼レフにするかミラーレスにするかだね。まあ、僕のお勧めとしてはCanonキヤノンNikonニコンの一眼レフになるかな。メーカーごとの違いって、何となくは調べてみたかな?」

「少しだけ調べてみましたが、正直全然分からなかったです……」

まあ結局は好みの問題なんだよね、と旭先輩は少し笑いながら続けた。

「主に風景写真を撮るならNikonさん、人物写真を撮るならCanonさん、と言われてはいるかな。ただ、そうじゃなきゃいけない事はないし、自分が触ってみてしっくりくるのを選ぶのがいいと思う」

「えーと……なら、どうしてその2社さんがお勧めになるのでしょう」

好みで選ぶなら他のメーカーでも良さそうな気がしたが、これにはこう答えが返ってきた。

「それは、レンズの問題だね。この2社さんだと、レンズの選択肢が他に比べても多いんだ」

「そうなんですか、ありがとうございます」

「お待たせー、今店員さんに準備してもらってるから、試しにおいで」

「わ、私も選んでみたけど、どうでしょう……」

話をもう少し聞こうとした所で、杁中先輩と佳音先輩が戻ってきた。2人とも、いい組み合わせを見つけて下さったらしい。先輩方の後に続いて、僕も店の奥へと向かった。


「結局全部見立てて頂いて、ありがとうございました」

「気に入ってもらえて良かったです……!」

「中々Nikon使い増えないなあー」

杁中先輩と佳音先輩、それぞれ選んで頂いた組み合わせを触ってみて、しっくり来た方——CanonのEOS 70Dとレンズ1本、それと荷物が少し入る大きさの鞄を買い、僕達は店を出た。

「Canonなら僕のレンズ貸せるね、一緒に何か撮りに行こうよ?」

「信濃はそうやってすぐ絡みに行き過ぎだってば、もう!」

「さて、一旦解散にするけど、これから時永君はどうする?」

「そうですね……」

折角買ったカメラだが、まだ使い方がよく解らない。何か撮りに行く前に、まずはマニュアル等に目を通したかった。

「今日は帰って、色々調べてみる事にします。先輩方、ありがとうございました!」

そう言って、僕は元来た駅の方へ歩き出した。肩に感じる重みが、とても嬉しかった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る