第2話 写真部

 3コマ目は、初回のガイダンスだったせいか、本来よりも20分程早く終了した。購買で飲み物を買って、点々と植えられた桜の木が淡く色付いた様を眺めつつ、のんびりと部室棟へ歩いていく。階段を登り、カメラ型の看板が下がった扉をノックする。

――どうぞ。

朝の彼の声がした。一呼吸置いて、ドアを開けて、中へ入った。

「失礼します」

「来てくれたんだね、嬉しいよ」

パソコンの前から、柔らかな笑みを向けて、彼は僕に話しかけてくれた。

「好きな所に座って。靴箱はそこね」

言われるままに靴を脱いで、テーブルの周りに敷かれた座布団に座る。年季の入った布の感触が伝わってくる。机の上には、A4で刷られた新入生募集のポスターが置いてあった。

"写真部 部員募集中—―写真好き、カメラ好き、旅行好き、誰でも歓迎!"

それとは別にもう一枚。生き生きとした動物達の写真が散りばめられた紙に、こんな文句が添えてあった。

"新歓撮影会 4月第2日曜日 市立動植物園にて――カメラ貸し出しもあります"

「すみません。この新歓の事なんですが……」

パソコンに向き合い、何か作業をしていた彼に問い掛ける。

「ん、もしかして参加してくれるのかい?」

彼は作業の手を止めて、僕の隣へ腰掛ける。

「はい、折角の機会なので参加してみたいのですが……でも、本当にカメラ無しでも良いんですか?」

「勿論だよ。共用のカメラを貸し出してるし、スマホでも良く撮れる。何なら、部員でもカメラを持っていない人もいる位だよ」

彼はそう言うと、壁際の棚からカメラを1台取り出して、机の上に置いた。カノンさんのカメラに比べると小柄にも見えるが、立派な機材だと思った。

「構えてみるかい?もうすぐ部会だから、外に撮りに行く事は出来ないけれど」

僕は彼に勧められるままに、カメラを構えさせてもらう。左手をレンズの下へ添え、グリップ部を右手で握る。ファインダーを覗いてみようとした所で、ノックの音がした。

「どうぞ」

「お疲れさまです。……タクマーさん、その方は?」

「ミズキか、お疲れ。今年初の見学の子だよ」

「そっか、来てくれてありがとね」

ミズキと呼ばれた女性は、靴を脱いで僕の反対側へ座った。僕はカメラをタクマーさん?へ返すと、ミズキさんへ向き直る。

「先に自己紹介しとくね。私は杁中イリナカ瑞希ミズキ。機械工学科の3年生で、副部長。使ってるカメラは……まだいいかな。タクマーは自己紹介した?」

「いや、すっかり忘れていたよ。僕はアサヒ拓真タクマ。応用化学科の3年生で、部長をやらせてもらってる」

「杁中さんと、旭さん」

教えてもらった名前を呟き、それを二人の顔と一致させる。旭さんの渾名が気になったが、先に自分も自己紹介をする事にした。

「僕は機械工学科の時永トキナガミノルです。まだカメラは持っていませんが、よろしくお願いします」

「よろしく!」

「よろしくね」

穏やかそうな旭先輩と、ハキハキと喋る杁中先輩。二人と軽く挨拶を交わしたところで、チャイムが鳴った。

「色々聞きたいこともあるだろうけど、部会が終わってからでも大丈夫かな?一旦、カメラも仕舞わせてもらうね」

旭さんに訊かれ、はい、と返事をした。

「部会って、僕がいてもいいんですか?」

カメラをもとの棚へ戻した後、パソコンに向き直った旭先輩の代わりに、杁中先輩に尋ねてみた。

「そんな難しい話はしないから大丈夫。ただ、ちょっと嫌な話があるけどね……」

最後の歯切れの悪さが少し気になったが、とりあえずこのまま"部会"というのにも居ることにした。



 チャイムが鳴ってから、ちらほらと部活の先輩方らしい人達が部室へ入ってくる。中にはどこかで写真を撮っていたらしく、カメラを提げたままの人もいた。旭先輩はテーブルの方を振り返り、人数を数えているようだった。

「あと来てないのは、信濃か……何を撮っているんだか」

半ば呆れたように、先輩は呟いた。4コマ目の始まりを告げるチャイムの音と、誰かが階段を駆け上がってくる足音が聞こえてくる。

「セーフ!」

ノックもなしに、少し乱暴にドアが開く。白い、長いレンズが付いたカメラを抱えた人が、息を切らして入ってきた。

「信濃……もう少し余裕をもって来てくれといつも」

「いや、すみません……お、新入生来てるね」

信濃、と呼ばれた彼と目が合う。どことなく、オタクというのがしっくりくる外見の人だ。

「その話も後でするから、そろそろ部会を始めようか」

旭先輩のその一言で、部会が始まった。



「——今日の議題は以上。最後に、今日見学に来てくれた新入生を紹介しよう。機械工学科の時永君だ」

突然名前を呼ばれて、僕は面食らった。

「と、時永穣です。まだ見学に来ただけで、カメラも持っていないですが、よろしくお願いします」

パチパチ、と拍手が迎えてくれた。

「他に何もなければ、これで終わりにしたいと思う。何かある人は?」

旭先輩は、発言に続いて全体を見渡す。少し待ち、手が挙がらない事を確認し、解散、と告げた。殆どの先輩方は、その一言でぞろぞろと出ていく。残ったのは、僕と旭先輩・杁中先輩、それと信濃さんだけだった。少しの沈黙の後、最初にその信濃さんが口を開いた。

「で、時永君だっけ?まだ宣伝も打ててないこの写真部に、なんで来てくれたの?」

グイグイ話しかけられて、言葉に詰まりそうになる。

「じ、実は今朝こんな事があったんです……」

僕は三人に、朝の出来事を話した。

「つまり、カノンさん目当て、ってこと?」

「いや、そんなことは……」

否定してみるが、脳裏にあの時の笑顔を思い浮かべると、やっぱり鼓動が少し早まる。

「そういえば、その時彼女が撮っていた写真がそれだよ」

旭先輩は、パソコンの横の額縁を指さした。淡桃色の背景に、桜の花が一輪、浮かび上がっている。

「綺麗……」

思わず、僕はそう呟いた。

「カノンさん、やっぱりキレイに撮るなあ。何が違うんだろうなあ」

「信濃は連写に頼り過ぎなんじゃない?一度落ち着いてフレーミングしてみて、っていつも言ってるじゃない」

「いや、ついつい……」

信濃さんと杁中先輩のやり取りに耳を傾けつつも、僕は食い入るようにその写真を見つめていた。儚さと言うのか、幻想的と言うのか。カノンさんの写真から伝わってくるモノを、僕にも表現できるものなのだろうかと、ふと興味を持った。

「旭先輩、」

「何だい?」

一呼吸おいて、僕は続ける。

「僕でも、練習すれば色々撮れるようになるでしょうか」

「そうだね、最初は色々と大変かもしれないけれど、きっと」

「そうですか……じゃあ」

旭部長の方に体ごと向き直り、僕は言った。

「入部、させて下さい!」

「そう言ってくれて嬉しいよ。これ入部届ね、今ここで書いてくれてもいいし、一度持ち帰ってまた今度出してくれてもいいし」

「今書いていきます、少し待って下さい」

僕は差し出された入部届を受け取ると、ざっと規則に目を通して、署名欄へサインした。

「即決だね~、よろしくね」

「これから、よろしく」

「よろしくお願いします!」

こうして、僕の写真部としての活動は始まった。


(続く)



第2話 後書き


 らいすばーどです。

第1話の投稿から2週間近く経ってしまいましたが、どうにか2話目の公開に辿り着きました。時永君と、旭・杁中・信濃の3人の先輩達、それからカノンさん。物語の主役になるキャラクター達が、ひとまず出揃いました。この5人がどうなっていくのか、楽しみにして頂けたらと思います。

 

投稿ペースですが、恐らく月に1~2回になるだろうと思っています。紫陽花でも撮りながら、のんびりとお待ち頂けると幸いです。

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