文化祭
第22話/文化祭:前編・私のご主人様に
家にいる間、詩音が俺を避けているせいで、全然会話ができないまま文化祭当日になり、俺は気持ちを切り替えて学校にやってきた。
「輝矢くん!」
「よっ」
教室前で、メイド服姿の鳴海に声をかけられ、可愛すぎて逆にクールな返事をしてしまった。
「様になってるな」
「でも、もうバイトやめたんだ」
「やめた? なんで?」
「輝矢くん専用になりたくて♡」
「そ、そうか。ありがとう」
こんな最高なセリフを鳴海に言ってもらえるとは!!なんて幸せな日なんだ!!
そういえば、詩音は先に家を出たけど、もう教室にいるのかな。
そっと教室の中を覗いてみると、詩音はロングスカートのメイド服を着て、みんなにチヤホヤされていたが、やっぱりこういう雰囲気は嫌いなのか、少し顔を引き攣らせている。
それに‥‥‥可愛すぎるでしょうよ!!なにこの可愛さ!!家に居る時もメイド服着てくれ!!
「ねぇねぇ輝矢くん」
「なんだ?」
「輝矢くんは午前の部だよね」
「そうだけど」
「午後の部前半? 後半?」
「俺は午後に遊び尽くしたいから、午前の前半と後半、両方入ってる」
「それじゃ、午後の前半、一緒に回らない?」
「いいのか!?」
「是非!」
「分かった!」
それから俺も教室に入ったが、詩音は目を合わせてくれなくて、俺は大河と料理の準備を始めた。
「桜羽さんと鳴海さんも午前の前半なんて、気楽でいいね!」
「気楽なわけないだろ」
「まぁまぁ! おっ、文化祭始まるまであと十分! ちゃんとお面持ってきた?」
「お面?」
「あくまでメイドがメインだから、男子生徒は顔を隠すって話だったじゃん」
「やっべ! 持ってきてない!」
「私が借りてきてあげる!」
「おぉ! さすが鳴海! って、誰から?」
「演劇部ならお面ぐらい持ってると思うから!」
「それなら俺が行くよ。その格好じゃ動きにくいだろ」
「輝矢くんのためになにかしたいの! 私が全部、なーんでもしてあげるから、ね?」
あ、なんかヤバいスイッチ入りそうになってるな。
「んじゃ、頼むよ」
「うん! すぐ戻ってくるね!」
鳴海が走って教室を出て行き、文化祭が始まるギリギリで教室に戻ってきた。
「借りてきたよ! もう使わないから貰っちゃっていいって!」
「サンキュー!」
天狗のお面を受け取った瞬間、文化祭スタートの放送が流れ、詩音のファンクラブの人達が一斉に教室に雪崩れ込んできた。
「人数制限があるので、一度廊下に並んで下さーい!」
てかあれだろ、他の学校の生徒がいっぱい来るのに、こんなに独占していいのかよ。
「おかえりなさいませ♡ ご主人様♡」
おぉ、やっぱり鳴海は慣れてるな。詩音は‥‥‥メイド失格。教室の隅で退屈そうに棒立ちか。まったく接客する気ないな。
「詩音さーん! こっち来てくださーい!」
そう言われても動こうとしないし、なにやってんだか。
「なぁ大河」
「なに? あっ、ケチャップ取って」
「はい」
みんな忙しそうだな。その点俺はドリンク係だし、楽でいい。
にしても、やっぱり文化祭はいいな!雰囲気だけでワクワクする!
「輝矢! メロンクリームソーダお願い!」
「おう!」
※
午前前半は、お客さんが止まることなく大忙しで、結局詩音はなにもせずに担当の時間を終えて教室を出て行ってしまった。
それから一時間半が経って、やっと自由時間に入れた瞬間、外から悲鳴が聞こえてきて窓を開けた。
「なんだ?」
「ここからじゃ分からないね」
「あ、鳴海」
「仕事終わったなら遊ぼ!」
「そうだな! でも、さっきの悲鳴って」
「お化け屋敷じゃないかな」
「あー、それか! とりあえずお腹空いたし、外で売ってるフランクフルト買いに行きたいんだけど」
「私が奢ってあげる!」
「いいよいいよ! むしろ俺が奢っ‥‥‥」
待てよ‥‥‥待て待て待て!!そうだった!!
詩音と話してない期間が長すぎて、まだ詩音からお小遣い貰ってなくない!?文化祭楽しめないじゃん!!
「すまん! やっぱり他の友達と周ってくれ!」
「えぇ!?」
「本当にごめん!!」
俺は走って詩音を探し始めたが、詩音はどこにもいない。外か?そう思って靴を履き替えて昇降口を出ようとした時、顔だけ出た、全身モコモコのヒヨコのコスプレをした美嘉が声をかけてきた。
「あっ、詩音ちゃん知らない?」
「俺も探してるんだ!」
「見つけたらかくまってあげてよ」
「なんで?」
「暴れたらしくて、先生が探してる」
「はぁ!?」
「んじゃよろしく」
暴れたって、さっきの悲鳴はそれか?
「てか、ヒヨコのコスプレ似合ってるな」
「小さいって言いたいの?」
「違う違う!」
「出し物の宣伝させられてるの。とにかくよろしくね」
「お、おう」
とりあえず外に出てみると、一つだけイベントテントが倒れている場所を見つけた。
「詩音の写真?」
周りには詩音の写真やさまざまなグッズが散らばっていて、一人の男子生徒がグッズを拾いながら俺に言った。
「君か、ちょっと手伝ってよ」
「なにがあったんだ?」
「さっき詩音さんが来て、なにも言わずにテントを倒して行ってさ」
「これ、詩音に許可は取ったのか?」
「いや? でも、詩音さんの素晴らしさを広めためなら、詩音さんも喜ぶと思って」
「はぁ‥‥‥なるほど‥‥‥」
こんなこと無許可でされたら、誰でも怒るだろうに。
それからすぐに、手伝ったりせずに詩音を探そうと校舎裏へやってきたその時、学校のスピーカーから耳を塞ぎたくなるほどの爆音で、キーンという音が鳴り響いた。
「あぁ‥‥‥耳が‥‥‥なんなんだ?」
「あ、あ。聞こえてますかね」
「詩音!?」
スピーカーから流れてきたのは、紛れもなく詩音の声だった。
「私、桜羽詩音は、今ここで好きな人を発表します」
「え‥‥‥」
「桐嶋輝矢さん。貴方が好きです」
「‥‥‥ふぁー!?!?!?!?」
「でも残念ながら、LOVEではありません」
「ふぁ‥‥‥」
「LOVEではありませんが、誰よりも桐嶋さんが好きです。優しくて、私を楽しませてくれて、私に、信じろと言ってくれました。それと‥‥‥ごめんなさい‥‥‥」
その『ごめんなさい』の声は泣きそうに震えていて、胸が強く締め付けられた。
「最後に、ファンクラブ解散を求めます」
そう言って、ブチッとマイクのスイッチが切られる音が聞こえて放送は終わった。
これで、また騒がしい毎日が戻ってくるな。
「おい」
「えっ、な、なんだ?」
気づけばファンクラブのみんなが校舎裏に集まっていて、みんなから凄まじいさっきを感じる。
絶対さっきの放送のせいだ。
「鳴海さんだけじゃなく、詩音さんも独り占めか!!」
「そんなつもりないって!」
三十人は居るし、喧嘩になったら一秒でボコボコにされるじじがある。そんなの嫌だ!!
「そんなつもりないって、実際独り占めしてるだろうが!」
「そうだそうだ!」
「謝れよ!!」
「謝れ!」
「わ、分かった。謝るから落ち着けって‥‥‥わ、悪かった‥‥‥」
「おらぁー!!!!」
「謝ったじゃん!! その拳はなんだよ!!!! やめてくれー!!!! ‥‥‥えっ‥‥‥」
殴られる。そう思った次の瞬間、詩音がメイド服姿で一階の窓から校舎裏にやってきて、キレのある動きで男子生徒にハイキックをくらわせ、男子生徒は呆気なくその場に倒れてしまった。
「私の‥‥‥私のご主人様に、なにをしようとした‥‥‥」
「し、詩音さん落ち着いて!」
「そうだよ! 俺達は桜羽さんのためにやってるんだ!」
「全員殺す!!」
「こ、こうなったら、二人ともやっちまえ!」
「詩音! 逃げろ!」
「逃すな!!」
「詩音!! えぇ‥‥‥」
詩音は動きにくいメイド服のまま全員を倒して、男子生徒達は走って逃げてしまった。
そして俺の方を向き、スカートを両手で掴んで少し上げ、片足を曲げて綺麗なお辞儀をした。
「ご主人様を守るのも、メイドの仕事です。お怪我はありませんか?」
「う、うん」
すると詩音は、明るい笑みを浮かべて顔を上げた。
「ご無事でなによりです」
「ありがとう! 俺達、仲直りってことでいいよな!」
「いえ」
「違うの!?」
「私は大変無礼なことを言って、輝矢様の耳と心に不快感を与えてしまいました」
「気にするなよ」
「気にします。ですので、私なりに耳と心を癒す方法を考えました。目を閉じてください」
「え、なんか怖いんだけど」
「大丈夫です。私は輝矢様のメイドですよ? 酷いことはしません」
「わ、わかった」
俺はゆっくり目を閉じて、詩音の足音に耳を澄ませた。
ゆっくり足音が近づいてきて、目の前で詩音が止まったのが分かった。次の瞬間、俺は詩音に抱きしめられ、左耳たぶをパクっと咥えられてしまった。
「ひやぁ〜!!!!」
「大人しくしてください♡ 耳を癒しているだけです♡」
「やめてくれ!! うおぁ!! 舐めんな!!」
詩音の舌に侵入してきそうになって離れようと力を入れるが、詩音は意外と力が強くて離れられない。俺が弱すぎるのか!?
「これで許してくれますか?♡」
「許す!! 許すから離れろ!! おい噛むな!!」
「ずっと寂しかったので離れてあげません♡」
「誰かに見られたらどうすんだ!!」
「見つけたぞ桜羽」
「よりによって木月先生!!」
「まっ、話は文化祭が終わってからだ。最後まで楽しめよー」
「なんか許されたんだけど!!」
「ご主人様ぁーん♡」
「いやぁ〜!!!!!!!! 木月先生! 助けてください!」
「やだね」
「薄情もの!!」
それから、詩音が満足するまで俺の耳が犠牲になり、やっと解放されて二人でベンチに座った今でも鳥肌がおさまらない。
「そういえば、なんでここが分かったんだ?」
「鳴海さんが教えてくれました」
「鳴海が?」
「はい。カッターを握って、手を震わせながら『今行ってあげるべきは桜羽さんなの。早く助けてあげないと、私、あの男達になにするか分からない。ハハッ』って言われて」
「怖っ‥‥‥」
「あ、鳴海さんです」
校舎裏にやってきた鳴海は、刃を最大に伸ばしたカッターを握っていた。
「そろそろいいかな。ねぇ、いいよね? さっき、輝矢くんになにしてたの? 舐めるなとか噛むなとか」
「しゃぶしゃぶしていました」
「誤解生む言い方するなよ!!」
「そっかー、それじゃ輝矢くん、早く脱いで?」
「どうして!? 私が消毒してあげなきゃ。しゃぶしゃぶって」
「よ、よし、トイレにでも行こうか。いって!!」
詩音はご主人様である俺の頭を殴り、冷たい目で鳴海を見つめた。
「大丈夫!? 許せない!! 輝矢くんを殴るなんて、やっぱり桜羽さんは害でしかない。今すぐ消してあげる」
「正直、輝矢様と鳴海さんがお付き合いを始めたら、それはそれでサポートする気でいましたが、なんだか気が変わりました。輝矢様を誰にも渡したくありません。ずっと私のそばに居てほしい」
「な、なんか俺が恥ずかしんだけど」
「私だって、桜羽さんに渡せるわけないでしょ? それとも今すぐ力ずくで奪ってあげようか?」
「さっきの喧嘩を見てなかったんですか? 私が本気で怒ったら、貧乳いじりで怒った時の倍は強いですよ」
「‥‥‥て、輝矢くん! こっちに来て! トイレ行こ?」
「は、はい!!」
「輝矢様、先程は嫌がっていた割に、前屈みになってましたよね」
「‥‥‥」
「あはは♡ そうなんだ輝矢くん♡ まずは輝矢くんを躾けるのが先みたいだね♡」
「輝矢様! 逃げるが勝ちです!」
詩音は俺の手を引いて走りだし、不気味な笑みを浮かべた鳴海に追いかけられながらも校内に入り、適当に教室の中へ逃げ込んだ。
「てっ、ててててて輝矢様‥‥‥」
「お化け屋敷に入っちゃったな」
たまたま逃げ込んだ先がお化け屋敷で、詩音は脚をガクガクと震わせて、俺の背後に隠れてしまった。
なにはともあれ、また詩音と仲良くできるんだ。残りの時間はまだまだあるし、記憶のことはしばらく忘れて、詩音と遊んでやるか!
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