第21話/メイドの情緒が分からん!

爆速で夏休みの宿題を一ページだけ終わらせて、木月先生が職員室へ行ったタイミングで静かに学校を出て、真っ直ぐ家まで帰ってきた。


「おかえりなさいませ♡ ご主人様♡ 今日はファンクラブとかよく分からない人達に付き纏われて大変でした。どうか私を癒してください♡」


詩音は俺に頭を向けてきて、なでなでをおねだりしてきた。


「はい、よしよし」

「してくれました!♡ 次はお尻もお願いいたします♡」

「断る!!」

「なでなでじゃなくてペチペチがいいです♡」

「尚更断る!! それより詩音」

「はい? どうなさいました?」

「この写真見てくれ」

「写真ですか?」


美嘉とのツーショットを見た詩音は、痛そうに頭を押さえながら写真を見続けた。


「な、なんですかこの写真。なんで私が写ってるんですか?」

「自分は分かるんだな。隣の誰か分かるか?」

「分かりませんし覚えてません。どこかでお友達になった子でしょうか」

「いや、もういい。ごめんな」

「どうして輝矢様が謝るのですか?」

「座って少し休め。命令だ」

「はい」


詩音はリビングへ行き、椅子に座って目を閉じながら言った。


「夜ご飯はなにになさいますか? 安いものですが、ステーキ肉を買って帰ってきましたが」

「ステーキいいね。ステーキにしよう」

「かしこまりました」

「休めよ!」


すぐに休憩をやめて料理をしようと立ち上がり、詩音は優しい笑みを浮かべた。


「輝矢様がお腹を空かせては大変です。輝矢様はいつも、十八時半にはお腹すいたと言うので、できるだけそこに合わせているんです」

「そんな細かいことまでしてるのか」

「当然です」

「頭痛は? もう平気なのか?」

「すぐに治りました」


本当なにからなにまで、無理させてないか心配になってきた。それに、写真を見せただけで思い出すほど甘くなかったか。


「そういえば、メイド喫茶に決まりましたね」

「だな。男は料理って、俺大丈夫かな」

「大河さんがクッキング部ですし、大丈夫ですよ」

「違うクラスじゃん」

「クッキング部は人数が少ないので、協力してやることに決まりましたよ?」

「そうだっけ? でもそれならいいな!」


とにかく、文化祭の準備をしつつ、いろいろ試してみるか。





翌日、学校に着いてすぐに美嘉に会いにD組にやってきた。


「おーい」

「あっ! 返して!!」

「返しにきたんだよ」

「傷とか付けてない? 大丈夫?」

「大丈夫だ。ファイルに挟んでたし」

「この写真、なにに使ったの?」

「えっとー‥‥‥」


なんて言えばいいか、まったく考えてなかった。


「おはよう! 早く教室に行こ?」

「お、おう」


突然やってきた鳴海が、何故か自然に俺を連れていった。でも助かった!!


「姉妹なんでしょ?」


そう小さな声で言われたが、俺はなにも言えない。


「‥‥‥」

「協力してあげる」

「え?」

「全部終わらないと、輝矢くんと付き合えないんでしょ? だから協力させて?」

「なら、美嘉には絶対に言わないでくれ」

「なにか事情があるんだね」

「詩音は事故の後遺症で、美嘉と姉妹だった記憶がない」

「記憶が無い?」

「うん。とにかく、群がってるファンクラブの奴らが邪魔だな」

「あれは私達がなにか言っても無駄そうだよね。集団だとなにするか分からないし」

「そうだよな。あっ、そうだ、鳴海は美嘉に、姉との思い出の品とかを借りてくれ」

「分かった。上手くやるね」

「頼んだ」


それから、いつも通り朝のホームルームをやり、今日は一限目から文化祭についての話し合いや、役割分担などを詳しく話し合い、あっという間に昼休みがやってきた。


「詩音」

「はい」

「桜羽さん! お飲み物です!」


ファンクラブの行動が早すぎて、話す暇もない。


「なんでもない」


詩音は露骨に嫌な顔をするけど、みんなお構いなしだし、さすがに問題だな。


「おい」

「はっ、はい?」


ファンクラブの一人が俺を睨み、詩音は囲まれて見えていなかっただろうが、いきなり肩を押された。


「近づくなって言っただろ」

「でも、隣の席だし」

「なら話しかけるな」

「わ、分かったよ」


もういじめだろこれ!怖いし!もう嫌だ!


「輝矢くん」

「ん?」


鳴海に廊下へ呼ばれて教室を出ると、鳴海は昨日と違う写真を俺に渡した。


「これ見たら思い出さないかな」

「よし、鳴海が詩音を屋上に連れて行ってくれ。俺が呼ぶと、ちょっと周りが怖いからさ」

「分かった!」


俺は一度教室を離れて、背を壁につけて新しい写真を見つめた。

 その写真は、膝を擦りむいて泣いている美嘉を抱きしめている詩音の写真で、なんだか体育祭の時のことを思い出す写真だった。詩音は昔から優しかったんだな。

 さて、鳴海が詩音と教室を出てから五分くらいか?屋上に行くか。





 俺も屋上へやってくると、意外にも二人は仲良く話をしていた。


「助かりました。ありがとうございます」

「いいよいいよ」

「あ、桐嶋さん。このおっぱいお化けが助けてくれました」

「ちょっと! 誰がおっぱいお化けよ!」

「乳輪大そうですね」

「やめてよ!」

「五百円玉で隠れます? 今度やってみてください」

「詩音? 助けてもらってそれはないだろ。ちなみに五百円玉で隠れる?」

「輝矢くん!?」

「冗談冗談!!」

「とにかく私は、文化祭までにはファンクラブもなんとかします」

「それだと助かる」

「輝矢くん、写真」

「あっ、うん、」


また頭を痛くさせてしまうかもと躊躇していたが、鳴海に言われて詩音に写真を差し出した。


「これは?」

「桜羽さんと美嘉ちゃん」

「鳴海!」

「私と美嘉さん‥‥‥?」


詩音は痛そうに頭を押さえてうずくまり、徐々に息遣いも荒くなり始めた。


「落ち着け詩音!」

「離して!!」

「詩音!?」

「輝矢様も、お医者さんみたいに私をいじめるんですね」

「違うんだ!」

「て、輝矢くん、どういうこと?」

「ちょっと早すぎた。大丈夫だ詩音。俺はいじめたりしない!」

「嘘です!! 私を苦しめて、家族がとか、意味の分からないことを長々と話して私を苦しめるつもりなんです!! 苦しいのは初めての夜だけでいいんです! いや、苦しいプレイはしてみたいですが、もう近づかないでください!!」

「桜羽さん!! そうじゃないよ! ちゃんと思い出して!」

「鳴海、そこじゃない。シリアスに見せかけてド下ネタ言ったことにツッコんでくれ」

「嫌だ‥‥‥二人とも私に近づかないで!!!! 私の初めてが三人でなんて嫌!!」

「情緒難っ!!」


詩音は立ち上がって俺達から距離を取り、急にふらふらし始めた。


「詩音?」

「お前らなにやってる!!」

「‥‥‥」


タイミング悪くファンクラブの人達がやってきて、詩音を保健室に連れて行ってしまった。

 俺達は唖然として立ち尽くすことしかできず、そこに木月先生が缶コーヒーを持ってやってきた。


「だから勝手なことするなって言ったんだ」

「すみません‥‥‥」

「まぁ、桜羽の性格を見るに、あまり問題ないようにも思うけど」

「‥‥‥」

「鳴海は二人の関係知ってるのか?」

「は、はい」

「なら話すけど、これからどうする。家で二人とか、桜羽からしたら地獄だろ」

「俺がお爺ちゃんの家に行きます」

「そうだな。しばらくはその方がいいだろ。そもそも、どうして記憶を取り戻させたいんだ?」

「家族ですよ? 美嘉も、きっとお母さん達も、ずっと詩音の帰りを待っているはずです」

「そうだろうけど、今の環境を壊してまですることかね。事件は小学生の頃だぞ? 今、桜羽が桐嶋と居て幸せなら、それもいいと思うけど。おっと、桐嶋と鳴海って付き合ってたんだっけ?」

「あ、いや」

「見てたらそんな気がしたんだ。三角関係ってやつか? 滅びの呪文かけていい?」

「先生、暇ならどっか行ってください」

「冷たいねー。好きになった男が、もっと可愛げのある性格の子が好きって言ってきた時の目ぐらい冷たいわ」

「お互い頑張りましょうね」

「いっそ先生も入って、四角関係の青春してみないか」

「捕まりますよ?」

「法までもが、私の婚活を邪魔するなんて」

「行こう鳴海」

「そうだね」

「冷たい。氷河期ってこんな感じかな。恋愛氷河期‥‥‥なんてね」


なんか、木月先生のイメージが日に日に崩れていく気がする。





その日、詩音は早退して、俺は久しぶりにお爺ちゃんの家にやってきた。


「うわぁ! 言ってた通り穴だらけ! じぃちゃん! ゴルフストップ!」

「おぉ! 輝矢じゃないか!」

「まったく、庭にネット張ってるんだから、するならそこでしてよ」

「あれ? あの子は居ないのか」

「聞いてる?」

「なんの話だ?」


ダメだ。完全にボケが進行してる。


「あの子、早く警察に届けてきなさい」

「え?」

「行方不明の子じゃろ」

「知ってたの!?」

「ずっとニュースでやってたからなー。可哀想になぁ、」

「国とかが絡む色んな事情で、やれないことが多いんだよ」

「なんの話をしておる」

「もういいよ。今日からしばらく泊まるね」

「そうかそうか! 婆さんも喜ぶ!」

「うん」





その日から何日も何日も、詩音と話すことはなく、一度も家に帰らずに九月二十五日、文化祭前日になってしまった。

 正直俺は悩んでいる。このまま仲直りしない方が、メイドとして働くこともないし、詩音にとっても幸せなんじゃないかって。俺は選択を間違えて詩音を苦しめたし、きっと、近くにいるべきなのは俺じゃなく、ファンクラブのみんなみたいに、詩音を大切にしてくれる人達だ。


「今から本番通りにやってみるから、お客さん役は廊下に出てくださーい!」


明日の本番の練習が始まり、俺は廊下に出て、そのままトイレへやってきた。


「どうしたの?」

「なんだ、大河も来たのか」

「なんか最近、元気ないよね」

「いろいろあってな」


詩音がいないと、やっぱり親がいない寂しさに耐えきれなくて泣いてしまう日が増えたし、詩音のことでも、精神的にそろそろやばい。


「桜羽さんに相談されたんだけど、内容聞きたい?」

「詩音が? 聞かせてくれ!」

「って言っても、相談があるって呼び出されて、急に泣かれて話ができなかったから内容もなにもないんだけどね」

「おいおい、なんだそれ。なんで泣いてたんだよ」

「きっと、寂しんじゃないかな。桜羽さん、輝矢にはすごく懐いてたし、最近話もしてないみたいじゃん? きっと辛いんだよ」

「そりゃ、近づかないでなんて言われたら、話せるわけないだろ」

「一人の寂しさは、輝矢が一番知ってるんじゃない? それに明日は輝矢の誕生日だし、仲直りしてお祝いしてもらいなよ!」

「‥‥‥帰る」

「えぇ!? 怒られるよ!?」

「木月先生は物分かりのいい先生だから大丈夫だ」


そのまま学校を抜け出して、俺は久しぶりに自分の家に帰ってきた。

 すると、部屋の扉が直っていて、詩音の部屋には、くしゃくしゃにされた紙が散乱していた。


「なんだこれ」


何枚か広げて見てみると、俺に対する謝罪の手紙だったが、途中でやめて新しいのを書いてはまたやめてを繰り返しているようだった。


「最後の一枚か。ん?」


最後の一枚を広げると、デカデカと【目指せ巨乳!!】と、人生の目標が書かれていて、そっと冷蔵庫に磁石で留めてやった。


「さて! 帰りを待つか!」





詩音の帰りをウーパールーパーを眺めながら待っていると、予定より何時間も早く詩音が帰ってきた。


「おかえり! って、早くね?」


詩音は驚いたような表情をして後退りするが、閉まった扉に背中が当たって、次は走って二階へ行ってしまった。

 せっかく関係を修復できると思ったのに、気まずい空気作るなよな。


「詩音! 降りてこい!」

「一人で気持ち良くなってるので無理です!!」

「なにやっちゃってんのー!? 早く来い!」

「いけない! 一人じゃいけないの!」

「それは下ネタか!? それとも一人じゃ気まずいのか!?」

「両方です!」


悪いのは俺なのに、詩音も反省したんだろうな。でも、時間が経ちすぎて、謝るのが恥ずかしくなったとか、そういうやつか。

 まぁ今日はいい。明日は文化祭だし、楽しい空気に当てられて、自然と仲直りできるだろう。話し合いはそれからゆっくりとだな。急にはダメだ。鳴海にも理解してもらおう。

 よし、明日は切り替えて楽しむぞ!!

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