文化祭準備と記憶

第20話/過去を知る

今日は夏休み最終日。ん?最終日?


「宿題してねぇー!!!!」


大慌てでカバンを漁っていると、エプロンを身につけて、オタマを持った詩音が二階に上がってきた。


「輝矢様」

「なんだよ!!」

「輝矢様の夏休みの宿題。全て終わっています」

「へ?」

「輝矢様の夏休みの宿題なら、私が全て終わらせています」

「マ、マジ?」

「はい」

「詩音」

「はい?」

「なに食べたい? 甘いもの買ってきてやろうか!」

「食べたいのですか? 私が買ってきます」

「え、んじゃシュークリーム」

「かしこまりました」


夏休みの宿題をやってもらっただけじゃなく、流れてシュークリームまで買いに行かせてしまった。

 まぁでも、詩音はそれを嫌とは思ってなさそうだし、最高だな!これで俺は宿題をしないで、休みを満喫できる!!





詩音が帰ってきて、シュークリームを食べながら詩音の部屋に入った。英語の書類をちゃんと読むためだ。

 さっそく前に置いていた場所を見てみたが書類が見当たらず、キッチンで料理をしている詩音に聞いてみることにした。


「なぁ詩音」

「はい、どうなさいました?」

「英語の書類ってどこにある?」

「処分しましたよ?」

「なんで!? 大事なものじゃないのか!?」

「お世話になっていた会社の方から、英語の書類を輝矢様が読んだか確認されて、読んだと言ったら処分するように言われました」

「読んでないけど!? ま、まぁしょうがない。書かれてた内容を教えてくれ」

「私は英語が全く読めません。日本語の書類と同じことが書いてあるだけじゃないですか?」

「英語の書類の方が枚数が多かっただろ」

「文字数の違いじゃないですか?」

「んー、そうかな」


でも、なんで英語が書類だけ処分させたんだ?なにか裏がありそうだな。





時間は経って、あっという間に夏休みが終わり、久しぶりの早起きで目を擦りながら、詩音と学校へやってきた。


「おはよう!」

「誰だ」

「大河だよ!」

「煮卵みたいになったな」

「日焼け止めを塗らないからですよ」

「詩音も日焼けに悩んでただろうが。レタス丸齧りして必死だったじゃん」

「それはいいのです」

「三人ともおはよう! 海ではありがとう!」


鳴海が登校して来てすぐに放った言葉のせいで、周りにいた男子生徒達に睨まれてしまっている。


「こちらこそ! 楽しかった!」

「桜羽さーん!!」

「なんだ!?」


昇降口付近で話をしていると、急に男子生徒の集団が詩音を取り囲んだ。


「は、はい」

「俺達は桜羽さんのファンクラブをやっている者です! 教室までカバンをお持ちします!」

「結構です」

「クールな立ち振る舞い、素敵です!」

「素敵です!」

「最高です!!」

「桐嶋さん、なんとかしてください」

「お、俺!? あっ、いや‥‥‥みんなそんなに睨まないでくれよ‥‥‥」

「前々から気になってたんだけど、なんで君は桜羽さんの近くに居るんだ。今日から桜羽さんとの接近を禁ずる!!」

「はぁ‥‥‥そうらしいから詩音、頑張れ」

「えっ」

「さぁさぁ桜羽さん! 教室へ行きましょう!」

「いやっ、あの」


詩音はファンクラブの人達に連れて行かれ、残された俺達三人は唖然とした。


「なに今の」

「た、多分、人気者だった鳴海さんが輝矢のことが好きって体育祭の時に分かっちゃったから、みんな桜羽さん推しになったんだと思う」

「なるほど」

「私のせい?」

「いや、鳴海は悪くない」

「それならよかった!」

「輝矢はどうするの? ここでは言えないけど、僕達は二人の関係知ってるじゃん? 接近を禁ずるってやばくない?」

「んー」


鳴海が喜びそうな展開だけど、以外と普通だな。いや、完全にニヤけるの我慢してるわ。


「とにかく、なるようになるだろ」


今はどうしようもなく、ひとまず俺と鳴海は大河と別れて教室にやってきた。


「うわー‥‥‥いっぱい居るな」


詩音の席の周りを男子生徒が取り囲み、隣の席の俺は座れたもんじゃない。

 それでも朝のホームルームが始まる時間が近づくと、みんな自分達の教室へ戻っていき、やっと席に座れるようになった。


「大変だな」

「とてもめんどくさかったです」

「詩音も好きな人作って、誰が好きかみんなに分からせればすぐにファンクラブなんてなくなるだろ」

「なるほどです。了解致しました」


それから朝のホームルームも終わり、退屈な授業を受けて、昼休みになると、詩音のファンクラブの人達が集まり始め、詩音を称えたり、飲み物を買って来たりと、騒がしくて近くに居られない。


「桐嶋、来い」

「あ、はい」


木月先生に呼ばれて、夏祭りの時に、新学期が始まったら生徒指導室へ行かなきゃいけないことを思い出した。

 弁当を持って木月先生の後ろをついて行くと、やっぱり生徒指導室へやってきた。


「食べながらでいいぞー」

「それじゃいただきます」

「とりあえず、今日から放課後は残って夏休みの宿題をやれ」

「え!?」

「桜羽の綺麗な字で誤魔化せるわけないだろ。分かったな?」

「は、はい‥‥‥」


くそ!!最悪だ!!


「んじゃ、本題だ」

「はい」

「桜羽に関する英語の書類、あれ読んだが?」

「いえ、英語読めませんし、処分されました」

「桜羽も英語が読めないから、桐嶋専用に、大事な情報は英語にしたらしい。それで、桐嶋も読めてないだろうと思って、一応私は英語の先生だから、今から読み上げる」

「おぉ! ありがとうございます!」

「まず、内容は桜羽に話すな。そして、心して聞け」

「わ、分かりました」


木月先生は書類を持ち、英語の文を日本語で読み始めた。


「桐嶋様へ。天宮詩音あまみやしおんは」

「天宮?」

「いいからまずは聞くんだ」

「は、はい」

「天宮詩音は、旅行でこちらへ訪れた時、警察から逃げていた強盗犯の車に轢かれ、そのまま車で連れ去られた過去を持つ」

「はい!?」

「その後、数年に渡って捜索が行われたが、天宮詩音を発見でぬまま家族は日本へ帰り、捜索は打ち切られた。そして、そこから数年後、桐嶋様のご両親の会社の前に放置されて居るところを、桐嶋様のご両親が保護」

「ま、待ってください」

「待たん。桐嶋は知っておかなきゃいけない」

「‥‥‥」

「桐嶋様は詩音さんを見て、事件に巻き込まれた子だと気づいて病院に連れて行ったが、事故の後遺症で記憶を失い、警察の取り調べで、犯人を親として生活していたことが分かった。犯人は優しく、酷いこともせず、ただ親としての役割をしていたそうだ」

「‥‥‥詩音は、日本にいた時の記憶がありますよ?」

「記憶を失う前の記憶と、ごちゃごちゃになってるって書いてある」


そう言って、木月先生は続けた。


「記憶を失う前のことを思い出させようとすると、激しい頭痛、そして、パニック状態になることから、日本に戻して家族と会わせるのも危険という判断で、この度、桐嶋様のメイドとして日本へ行かせるにあたり、天宮詩音は桜羽詩音へ正式に名前を変えることになった」

「えっと‥‥‥」

「書類を読んだ時、心臓が止まりかけた。桜羽の双子の妹が、この高校にいる」

「‥‥‥美嘉‥‥‥ですか? 目が似てるんですよ! 美嘉に確かめて来ます!」

「ダメだ!!」

「なんでですか! 家族なんですよ?」

「今真実を知っても混乱を招くだけだ。先生も色々考えるから、この件は勝手な行動をするな」

「‥‥‥詩音は俺になにかを隠してます。このことですか?」

「違うだろうな。桜羽はこの書類に書かれた内容を理解してないし、理解できないだろうからな」

「そうですか。その書類、なんで下のところ破けてるんです?」

「この先は、私の口から話すにはちょっとな」

「そんなにヤバいことなんですか?」

「最悪の場合、桐嶋と桜羽の今の生活が一瞬で終わりかねない。これは桜羽も知ってることだから、いつかきっと、桜羽の口から話す日がくるだろう。その日を待て」

「わ‥‥‥分かりました‥‥‥」

「あまり思い悩むな。天宮詩音じゃなく、アイツは桜羽詩音として桐嶋と居るんだ。とは言っても、気分下がっちゃったな。ここに居ろ、ジュース買って来てやる」

「ありがとうございます」


詩音と美嘉が双子の姉妹。生き別れの‥‥‥姉妹。

 まさか、それに勘付いて、美嘉と鳴海はそれを調べてるのか?きっとそうだ。





木月先生の奢りのジュースを飲みながら弁当も食べ終わって教室に戻ってくると、詩音は俺と目が合った瞬間、俺の目の前までやってきた。


「桐嶋さん」

「なんだよ」


あぁ、またすっごい睨まれてる。怖い怖い。


「文化祭についてなのですが」

「え、そんな話? ファンクラブのみんなを押し退けて?」

「はい。午後の授業は文化祭の話し合いらしいのですが、やはりやるならメイド喫茶ですよね」


それを聞いたファンクラブの人達は、詩音のメイド服姿を見れると盛り上がり、鳴海は遠くで青ざめている。


「ま、まぁ、みんなの意見を聞いてみないとだな」

「分かりました。話し合いで提案してみます。ヌルヌルご奉仕メイド喫茶」

「あ、却下で」

「賛成賛成!!」

「私は桐嶋さんにしかヌルヌルしませんが」

「バカ!! なに言ってんだ!!」


みんなの怒りが伝わってくる。俺、文化祭まで生きてるんだろうか。





午後の文化祭の話し合いの結果、本当にメイド喫茶をすることになり、詩音はメイド服姿で俺に接客ができるとワクワクしている。

 まぁ、詩音のメイド服姿は前々から見てみたかったから、ちょっと嬉しいけど。

 そして、その日の放課後、詩音はファンクラブから逃げるように走って帰っていき、俺は技術室へ足を運んで、掃除用具入れをノックした。


「女湯」

「えっとー、覗き?」

「なに? 一人?」


当たったのかよ‥‥‥。


「今日は一人だ。美嘉の苗字を教えてほしくて」

「苗字? 天宮だけど」

「そ、そっか。それだけだから、じゃあな」

「待って」

「どうした?」

「なにか勘づいた?」

「いや? ただ気になっただけだ」


すると、美嘉は勢いよく飛び出して来て、俺の胸ぐらを掴んだが、ずっと見ていたのか、慌てた様子の鳴海が技術室に入って来た。


「ストップストップ!」

「瀬奈ちゃん、こいつは全部知ってる! やっぱり詩音ちゃんは私のお姉ちゃんだ!」

「はっ、はぁ!? なんだそれ! まず苗字違うし、身長も違いすぎるだろ」

「そうだよ! やっぱり姉妹なわけないよ!」

「‥‥‥そっか‥‥‥なんか、初めて会った気がしなかったんだけどな。ごめん」

「う、うん」

「鳴海、説明してくれるな?」

「美嘉ちゃん? いいよね?」

「うん」


鳴海は、深刻な表情で二人がしていることを説明し始めた。


「まず、美嘉ちゃんには行方不明の双子の姉がいてね。その人を探すために、探偵としての経験を積んでるの」

「なるほどな」

「それで、なんとなく桜羽さんが姉に似てるかもしれないって話になって、だから桜羽さんに酷いことするのは禁止されてたの」

「だからか」

「うん。詳しいことを調べようとしてたけど、やっぱり、苗字が違うんだから別人だよね」

「あ、当たり前だろ?」

「美嘉ちゃんも納得できた?」

「‥‥‥うん」

「そ、それじゃあ解決したし、輝矢くん!」


このまま、本当に解決ってことでいいのか?俺はそれでいいとは思わない。

 決めた。絶対に詩音の記憶を取り戻してみせる。


「ごめん鳴海」

「え?」

「もう少しだけ待ってくれ。美嘉」

「な、なに?」

「お姉さんの写真とか持ってないのか?」

「いつも持ち歩いてるけど」

「貸してくれ!」

「う、うん、小さい頃のだけど」


制服のポケットから取り出した写真を受け取ると、幼稚園の頃ぐらいの小さな二人が、ピクニックで大きなおにぎりを持って笑顔でピースしている写真だった。

 小さい頃は今よりもそっくりだったんだな。てか二人とも可愛い!!小さい頃から勝ち組確定演出じゃん!!


「この写真貰うわ! じゃ!」

「はっ‥‥‥はぁー!? 私の宝物返せー!!」

「明日返す!!」


まずは帰って、この写真を詩音に見せよう。それでなにかあれば、俺が木月先生に怒られるだけだ!!


「なに帰ろうとしてる! 残って夏休みの宿題やれ!!」


もう怒られた!!!!

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