第19話/メイドにチョコバナナは危険
海から帰ってきて数日が経ち、今日は詩音の誕生日当日。そして、詩音が楽しみにしていた夏祭りの日でもある。
だがやばい。なにも準備してない。
「輝矢様」
「ん?」
「日焼けはいつ元に戻りますか?」
詩音は日焼け止めを塗らないで海で遊んだせいで、健康的な肌に日焼けして悩んでいた。
「知らん。でも、野菜をいっぱい食べれば治るの早いって聞くけどな。てか、日焼けもなんか似合ってると思うけど」
「夏休み開けに学校に行くのが恥ずかしいです」
「今日から日焼け対策すれば大丈夫だろ。それより、夜は夏祭りに行くから、今日は夜ご飯作らなくていいからな」
「かしこまりました」
そうだ、誕生日プレゼントは夏祭りでなにか買ってやるか。
※
適当に時間を潰しているうちに夕方になり、俺達は陽が沈む前に、近所の大きな夏祭りにやってきた。
「この雰囲気、とても懐かしいです」
「演歌とか流れてるだけで、夏祭りってワクワクするよな!」
「おっ、桐嶋、桜羽」
夏祭りの入り口付近で声をかけてきたのは、スーツ姿の木月先生だった。
「木月先生じゃないですか」
「見回りでな。桜羽、あまり制服で夏祭りとか来るな」
「これしか持っていないので。あとはスーツです」
「なら問題起こすなよ? どこどこの高校の生徒がやらかしたとかって噂はすぐ広まるからな」
「はい」
「それと桐嶋」
「はい?」
「夏休みが明けたら生徒指導室に来い」
「俺、なにか悪いことしました!?」
「怒るわけじゃない。話があるだけだ」
「今言ってくださいよ」
「いいから夏休み明けだ。んじゃ楽しめよ」
「はーい」
怒られないならいいか。親がいないし、なにかそっち系の話かな。お爺ちゃんと話し合えみたいな。
そう思いながら奥に歩いて行くと、詩音はくじ引き屋の目の前で足を止めた。
「一回五百円!? 小さい頃は三百円とかだった気がするけどな」
「やってみてもよろしいですか?」
「ダメ」
「わ、分かりました」
「今日はメイドじゃなく、詩音は普通の女子高生だ。男達と夏祭りに来た、普通の女子高生」
「はい?」
「許可は必要ないってことだ!」
「分かりました! ありがとうございます! それじゃー‥‥‥」
「ん?」
「くじ引きやりましょ!」
「おう!」
一回五百円は痛いけど、今日のためにバイトしたんだもんな。全部使うつもりで遊ぼう。
さっそく二人で一枚ずつクジを引き、俺は分かっていたけど一番のハズレ枠だった。
「んじゃ、シャボン玉貰います」
「あいよ!」
「私もハズレです」
「そんなもんだ! なに貰う?」
「えっと、ヨーヨーにします」
「いいね! 次はお化け屋敷でも行ってみるか! あっ、でも、ご飯も食べたいな」
「お兄ちゃん達」
「はい、って、ウーパールーパーのおじさん!」
今まで気づかなかったが、ウーパールーパーを無料でくれたおじさんがくじ引き屋を開いていた。
「なんだ、今更気づいたのか。孫がチョコバナナ売ってるから、買ってやってくれ!」
「分かりました!」
「おじさん」
「なんだ?」
「脚が再生しましたよ」
「そうかそうか! これからも可愛がってやってくれ!」
「はい。それじゃ行ってきます」
「おう!」
おじさんと久しぶりの再会を果たして、俺達は女の人がやっているチョコバナナ屋にやってきた。
ウーパールーパーや水槽などを無料でくれた恩もあるから、買わないわけにはいかない。
「二本ください」
「二本注文してくれたら、ルーレットが回せます!」
「ルーレット?」
「はい! ハズレだとなにもなくて、当たりだと一本サービスです!」
「一本無料になるってことですか?」
「三本目を無料でお渡しします!」
「よし! 詩音が回してみろ!」
「はい!」
詩音がルーレットを回し、結果は見事に当たり。
詩音は嬉しそうにチョコバナナを三本受け取り、ピンクのチョコがかかったバナナを一本俺に渡した。
「よかったな!」
「私が二本食べます!」
「しょうがないなー」
「見て見てぇ♡」
詩音は二本のチョコバナナ、そう、ただのバナナだ。バナナの先端を二本同時にペロペロし始めた。
「ふ、普通に食え!!」
「今なら五P可能です」
「黙れ」
「チョコって、色で味が違うんですかね」
「えっ、どうだろう」
「輝矢様の一口ください」
「うん、どっちのこと言ってるのかハッキリさせてから決めるわ」
「まずはチョコバナナでぇ♡ デザートにぃー♡」
「デザート抜きで」
「お願いします! 先ちょ! 先ちょだけで良いですから!」
「やめろ! みんな見てるから!」
「なら、チョコバナナだけでいいです。あむっ」
まだいいって言ってないのに、俺のピンクのチョコバナナをパクっと咥えてしまった。
「んー、変わりませんね!」
「‥‥‥食えよ!!」
バナナから口を離したから見てみると、バナナの先っぽのチョコだけが溶けていて、噛まれた形跡がなかった。
「味を確かめたんです! ちゃんと舐めました!」
「間接キスのレベルじゃないわ! もう食えん!」
「安心してください。ちゃんと見てくださいよ。歯は真っ白」
「うん、綺麗だな」
「舌は綺麗なピンクでしゅ♡」
「うん、で?」
「舌を吸ってくだしゃい♡」
「話し変わってますけど!!」
「しょうがないですね」
結局舐めた部分をちゃんと食べてくれたが、これを食べたら本当に間接キスだよな。
「これで食べれますか?」
「よ、余裕だし」
なにも気にしてないフリをしてチョコバナナを食べると、詩音は俺が間接キスすると思わなかったのか、微かに顔を赤くして目を逸らした。
「お、お化け屋敷行こうぜ」
「嫌です」
「えっ」
「怖いのは嫌です。あっちに暮らしている頃、ハロウィンの日、ゾンビに追いかけられて転んで、腕を折りました」
「重症じゃん」
「なので嫌です」
「分かった。怪我したら笑えないしな。それじゃー」
「イカ焼き食べますよ」
「おっさんか」
「美味しいじゃないですか」
「分かった分かった、行こう」
それからイカ焼きやフランクフルトなどを食べ、その度に下ネタのオンパレードで詩音を叱りつつ、わたあめを一つ買って、一つを二人で食べながら歩いていると、沢山ある紐から一本を選んで、欲しい景品を当てるという【ヒモくじ】とでも言うのだろうか。その景品に、大きなウーパールーパーのぬいぐるみがあるのを見つけた。
そして俺は感じた!絶対これをプレゼントにするべきだと!!
「ちょっとあれやろうぜ!」
「ウーパールーパーですよ!」
「だからやろう!」
「はい!」
いや?詩音もやって当てしまったら意味が無いよな。
「俺だけやるから見てろ」
「私もやります」
「じっ、じゃ、一回交代な。お金は全部俺が出す」
「ありがとうございます!」
一回五百円で、所持金的に引けるのは十二本。
当たらなくても、全部詩音に渡せば満足はしてくれるだろう。それに、俺には必ず俺が引くための作戦がある!!
「よし、千円分お願いします」
「はい、二回ね!」
「こい!! あー!! よく分からないキャラのフィギュアが二個!!」
「あっ! 一回交代って言ったじゃないですか!」
そう、俺が同時に二回引いてしまえばいいんだ!
「ごめんごめん! 間違えた」
「次は私が先に引きます」
「いや、俺が先に引く」
「一本で交代ですからね?」
「おう! もう千円分お願いします!」
「ありがとうございまーす!」
「次こそ!! イルカのぬいぐるみ‥‥‥水色とピンク‥‥‥」
「輝矢様」
うっわ!めちゃくちゃ冷たい目で見てくる!!
残り八回、次はさすがに引かせるか。
「それじゃ、また二回お願いします。詩音が引いていいぞ」
「はい!」
頼む!!ウーパールーパー以外こい!!
「それ!」
あっぶねー!!ウーパールーパーの真横の景品、招き猫の貯金箱が持ち上がった。
「惜しかったです。輝矢様どうぞ」
「任せろ! よし‥‥‥これだ! デカいハンマー型クッション‥‥‥」
「なかなか当たりませんね」
「あと六回分お願いします!!」
「君やるね!」
「輝矢様? お金大丈夫ですか?」
「気にするな!」
もう、六本一気に引いてやる!!
慎重に選べ‥‥‥これと、これとこれと。
「なんで何本も束ねて握ってるんですか? 私の番回ってきますよね」
「あ、当たり前だろ?」
「よかったです!」
「ごめん嘘!!」
「あー!!!! あっ!」
「キタ!!!!」
「大きい袋準備するから待ってね!」
全然欲しくないおもちゃに混ざって、目当てのウーパールーパーのぬいぐるみをゲットすることができた。全財産と引き換えに‥‥‥。
ひとまず安心して全ての景品を受け取り、祭りを離れて近くの自販機の前にやってきた。
「よかったですね。輝矢様がウーパールーパーのぬいぐるみを欲しがるなんて可愛いです」
「えっとー、誕生日おめでとう!」
「えっ」
「えっ」
「私の誕生日、知っていたんですか?」
「う、うん! このぬいぐるみは誕生日プレゼントだ!」
ウーパールーパーのぬいぐるみを渡すと、詩音は笑みを浮かべてすぐ、少し申し訳なさそうな顔をした。
「どうした?」
「私のために、あんなにお金を使ったんですか?」
「気にするな! お祝いだからな!」
「値札に、千八百円って書いてます」
「値札付いてんの!? しかも安いし!! ふざけんなよ!!」
「ふふっ」
「なに笑ってんだよ」
「私が幸せになっていいんでしょうかね。私は今、とても幸せです!」
「詩音が満足ならよかった。お金なくなっちゃっ‥‥‥ポケットに五百円入ってた! コンビニでケーキ買って帰るか!」
「はい!」
二人でゆっくり歩き出したその時、花火の音がして夜空を見上げた。
「すっげー」
「見てから帰りましょう」
詩音は自然に俺の手を握って、花火を見つめた。
「う、うん」
ななななななー!?!?!?!?なんで手繋いできた!?どういうこと!?なに考えてんだ!?
※
花火が上がってる間、ずっと手を繋がれていて、気づけば俺は、花火を見て嬉しいそうにしている詩音の横顔しか見ていなかった。
「あっ、すみません!」
「い、いいけど」
「コンビニに行きましょう」
「うん」
結局、なんで手を繋いできたのか分からないままだけど、俺は人生で初めて、デートをしたような、そんな気分になった。
※
「おかえりなさいませご主人様♡」
「いきなり走ったからビックリしたわ!!」
コンビニを出たあと、詩音は急に走って、俺より先に帰ってきていた。
「夏休みに入ってからあまり言えていなかったので♡」
「そういうことね」
「今日は私の誕生日ですので、一つ大人になった私を見ていただきたいです♡」
「どうぞ」
「ケーキの前に、二階へ♡」
何故か二階に連れてこられ、扉の無い俺の部屋の前にやってきた。
「なにするんだ?」
「今から扉を直します♡」
「おぉ! さすが一つ大人になっただけあるな!」
「はい! まず、扉をギンギンに立てて♡」
「ん? うん」
「ほら♡ 入っていきますよ♡」
「ネジがな」
「あぁ♡ 先っぽぉ♡」
「ネジのな」
「ゆっくり‥‥‥♡ ゆっくり‥‥‥♡ あぁ♡ 奥にまできましたぁ♡」
「はい、続けて?」
「は、はい。こっちの穴にもぉ‥‥‥ふっ!!」
詩音はいきなり扉を蹴り飛ばし、俺を見つめた。
「なにやってんのー!?」
「ご主人様が真顔で見てくるので、は、はっ、恥ずかしいです」
「なら普通に直せよ!!」
「少しでもご主人様に喜んで欲しいのです! 私の声を録音するなりしてください! そうすれば後で使えます!」
「気まずくて使えないわ!!」
「私を使ってください♡」
「断る!!」
「でしたらいい考えがあります」
「言ってみろ」
「私に使われてください♡」
「詩音」
「はい」
「女子高生でも、やっぱりそうだよな。人間だもんな。自分の部屋があるんだから、気にしないで発散していいんだぞ」
「残念ですが、そのような経験はありません。そういうことは、ご主人様に見られ、罵られながらながと決めています」
「おいドM」
「はい♡」
「ケーキ食うぞ」
「チッ」
「舌打ちしたからケーキ没収!!」
「まことに申し訳ありませんでした」
「重い重い。土下座やめて?」
「踏んでください♡」
「断る」
「私がどれだけ本気でMをやっているか、ご主人様には分からないのですか?」
「分かりたくないね」
「私は本気です! いいから踏めよ!!」
「口調がS!!」
※
今日も騒がしい夜を過ごし、ケーキを食べてお風呂に入ってからは、詩音も疲れていたのか落ちついて、ウトウトしながら俺が眠りに着くのを横で見守っている。
「いいから寝ろよ」
「いえ、仕事でしゅので‥‥‥」
「舌回ってないじゃんかよ。ほら、ベッドに入れ」
「はい‥‥‥」
詩音を俺のベッドに横にならせ、入れ替わるように俺はベッドを出た。
すると、詩音はすぐに寝てしまい、俺は仕方なく詩音の部屋で眠りについた。
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