メイドとの夏休み
第15話/信じるものなんて
体育祭が終わって、早くも七月中旬というもの、最近鳴海の様子がおかしい。
様子がおかしいというか、俺と詩音が一緒に暮らしてるのを知ってるのに、特にその件に関して何も言ってこなくなった。
そんなことを考えながら今俺は、詩音と二人で屋上で弁当を食べている。
「桐嶋さん、なにか考え事ですか?」
「いやー、鳴海がなにも言ってこなくなったなって。こうやって詩音と弁当食べててもなにもないし」
「恋が冷めたのかと」
「そんなハッキリ言う!?」
「それ以外の可能性を感じられません」
「マジか‥‥‥」
「なんだかんだ好きなんですね」
「だって、あんな性格でも、スーパー可愛いし」
「桐嶋さんは付き合ってから後悔して悩むタイプですね」
「そうなのかなー」
「なんなら、美嘉さんに鳴海さんの気持ちを推理してもらいましょう」
「そうだなー。放課後に行ってみるか」
「付き添います」
※
そして放課後、久しぶりに技術室へやってきた。
「フルーツポンチ」
「チ×ポフルーツ」
「なに?」
「おい!!!!」
「バナナのことです」
「バナナ農家の人に謝れ」
「農家のおじいさんのバナチンごめんなさい」
「いろいろ違う!!」
「毎回毎回騒がないでくれる?」
「ごめん。探偵に依頼があって来たんだ」
「前払い」
「詩音、なにか作ってくれ」
「分かりました」
詩音は今回も器用に木を切り始め、しばらくしてそれは完成した。
「反り返ったバナナです」
「それ、本当にバナナなんだよな?」
「はい」
「なら、なんで先端しか皮を剥かない!!」
「構造上、それ以上は無理なんじゃ」
「バナナだよな?」
「‥‥‥ぷっ」
「自分で作ったやつ見て笑ってんじゃねぇ!!」
「なに? できたの?」
「あ、あぁ、うん」
「それじゃ、依頼は?」
「最近、鳴海の性格が変わったというか、怒らなくなったというかー」
「桐嶋さんに対する恋心がなくなったようなんです」
「おい!」
「あー、それは私が辞めてあげてって言ったから」
「本当にそれだけでやめるタイプなのか? 鳴海は」
「もっと深いわけがあるの。それは言えないけど、あまり気にしなくても、瀬奈ちゃんは君のこと好きだよ」
「そ、そうなのか!」
「チッ」
「おい。なんで舌打ちした」
「詩音ちゃんもこの男が好きなの?」
「私は身体だけの関係です」
「違うからな!?」
「へー、身体だけ好き勝手されて、なんでこの男の近くにいるの?」
「信じるなよ!」
「でも事実、桐嶋さんがそれを望めばそうなります。彼女になれと言われたらそうしますし」
「そんなの操り人形じゃん! 辞めた方がいいよ!」
「やめたら住む場所を失います」
「詩音!!」
美嘉は俺達が一緒に住んでることを知らない。知られたらまずい!
「まぁ、うん。聞かなかったことにしてあげるよ。でも、自分が信じる行動をしなね。操り人形じゃなく」
「信じるものなんてありません。誰のことも信じてませんし」
「え、俺のことも?」
「はい、もちろんです」
「誰も信じないなんて、可哀想だね」
そう言われた詩音は、力強く掃除用具入れを叩いて言った。
「可哀想?」
「か、可哀想だよ」
「人はみんな、自分から人を信じないと誰も自分を信じてくれませんとか、人を信じないと幸せにはなれませんとか、口を揃えてそればっか。私は人を信じないで生きてきた。でも、幸せな瞬間もあった!!」
「し、詩音? 急に怒ってどうしたんだよ」
「人を信じる生き方だけ教えて、信じない生き方を教えないなんて可笑しいと思わない? 人を信じられないから可哀想とか、勝手に私の人生に価値をつけるな。勝手に可哀想とか言わないで!!」
詩音は怒る時は怒るけど、ここまでなの初めてだ。
しばらく沈黙が続き、美嘉がゆっくりと掃除用具入れを開けた。
「ご、ごめんね?」
「私もごめんなさい。お詫びにおっぱい触らせてあげます」
「それじゃ、もみもみ」
本当に揉むのかよ‥‥‥。
「なんか、すごく柔らかいね」
「はい、今日はブラを付けずに絆創膏スタイルなので」
「なにしてるの!?」
「桐嶋さんに気づかれるかどうか、ハラハラドキドキプレイを楽しんでいました」
「気づくわけないだろ!」
「桐嶋さんもパンツを履かずに絆創膏で過ごしてみてください」
「そんなデカい絆創膏無いだろ。普通に嫌だし」
「なぜ大きな絆創膏を使うつもりでいるんですか?」
「‥‥‥美嘉」
「な、なに?」
「泣きそうだから掃除用具入れ借りるわ」
「う、うん‥‥‥本当に閉じこもっちゃったけど‥‥‥」
「気にしないであげるのが優しさです。桐嶋さんは今、私がノーブラだと知ってムラムラした気持ちを解消しているんです」
「それって‥‥‥」
「そういうことです」
「出てー!! 私の居場所を汚さないでー!!」
「そんな急かさなくても、数分で出ますよ? この前なんて三分でした。ちゃんと測りましたし」
「見たの!?」
「はい。部屋の扉が外れているので」
「詩音!!!!」
「はい」
あくまで友達という設定が少なくとも頭にあるからか、詩音は学校で失礼なことを言ってきたり、余計なことを言うことが多い。そして詩音は美嘉を友達として認識してる可能性から、美嘉には色んなことを言う可能性がある。
もう、美嘉にも知ってもらうしかない。
「どうしました?」
「いや、メイド」
「は、はい。どうかなさいました? 美嘉さんの前で私の正体をバラすなんて緊急事態なんですね」
「あ、いやっ」
「なるほど、ティッシュが無いのですね♡ まったく、しょうがないご主人様ですね♡ 今お口をお貸しします♡」
なんか状況悪化してなーい!?!?!?!?
「二人とも‥‥‥気持ち悪い!!」
「待ってくれ美嘉!! 俺はちゃんとティッシュをわ使うぞー!!!!」
慌てて掃除用具入れから出ると、そこにはもう、詩音しかいなかった。
「ご主人様。美嘉さんは走って行ってしまいました」
「‥‥‥帰るか‥‥‥」
「はい」
「あ! 居た!」
「大河じゃん、どうしたんだ?」
俺を探していたのか、俺達が帰ろうとしたタイミングで、何故か大河が技術室にやってきた。
「もうすぐ夏休みじゃん? 三人で海の家のバイトしない?」
「お金には困ってません」
「俺は困ってるからしたい。楽なら」
「注文取って、テーブル拭いたりするだけだよ! あとあるとすればゴミ拾いぐらいかな?」
「やる!」
「なら、私もやります」
「それじゃ決まり! 詳しい日時はまた教えるから!」
「おう! ありがとう!」
「うん!」
それから俺達は一緒に学校を出て、家に向かって歩き始めた。
「今日は先に帰らないのか?」
「輝矢様には、まだちゃんと謝っていなかったので‥‥‥」
「怒ったことをか?」
「いえ、信じていないと言ったことをです」
「それな! 酷すぎるわ」
「申し訳ありませんでした」
「んー、俺を信じろ。これは命令な」
「‥‥‥」
「っても、俺のなにを? って話だけど」
「なんだか嬉しいです」
「は?」
「輝矢様はたまに、心がぽかぽかするような、優しい命令をしてくださいます」
「そうか?」
「はい。そういえば、アルバイトをして、欲しかったゲームを買うのですか?」
「いや? 詩音が夏祭りを楽しみにしてるから、お金が理由で楽しみ尽くせなかったら嫌じゃんか。だから、詩音との遊び代を稼ぎたくて」
そう言うと、詩音は幸せそうな、優しい表情をして前を向いた。
「‥‥‥今日は、お家まで一緒に歩きたいです。よろしいですか?」
「もちろん!」
「ありがとうございます」
俺はまだ、詩音のことをなにも分かってないのかもしれない。どうしてあそこで本気で怒ったのかとか、人を信じられない理由とか。それは親に捨てられたからだとは思うけど。
それに、クールだなーって思ったら、急に明るく振る舞ってきたりするのは、きっと詩音は人の顔色に敏感というか、捨てられないか、嫌われないか、怖いんだろうな。
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