メイドとの夏休み

第15話/信じるものなんて

体育祭が終わって、早くも七月中旬というもの、最近鳴海の様子がおかしい。

 様子がおかしいというか、俺と詩音が一緒に暮らしてるのを知ってるのに、特にその件に関して何も言ってこなくなった。

 そんなことを考えながら今俺は、詩音と二人で屋上で弁当を食べている。


「桐嶋さん、なにか考え事ですか?」

「いやー、鳴海がなにも言ってこなくなったなって。こうやって詩音と弁当食べててもなにもないし」

「恋が冷めたのかと」

「そんなハッキリ言う!?」

「それ以外の可能性を感じられません」

「マジか‥‥‥」

「なんだかんだ好きなんですね」

「だって、あんな性格でも、スーパー可愛いし」

「桐嶋さんは付き合ってから後悔して悩むタイプですね」

「そうなのかなー」

「なんなら、美嘉さんに鳴海さんの気持ちを推理してもらいましょう」

「そうだなー。放課後に行ってみるか」

「付き添います」





そして放課後、久しぶりに技術室へやってきた。


「フルーツポンチ」

「チ×ポフルーツ」

「なに?」

「おい!!!!」

「バナナのことです」

「バナナ農家の人に謝れ」

「農家のおじいさんのバナチンごめんなさい」

「いろいろ違う!!」

「毎回毎回騒がないでくれる?」

「ごめん。探偵に依頼があって来たんだ」

「前払い」

「詩音、なにか作ってくれ」

「分かりました」


詩音は今回も器用に木を切り始め、しばらくしてそれは完成した。


「反り返ったバナナです」

「それ、本当にバナナなんだよな?」

「はい」

「なら、なんで先端しか皮を剥かない!!」

「構造上、それ以上は無理なんじゃ」

「バナナだよな?」

「‥‥‥ぷっ」

「自分で作ったやつ見て笑ってんじゃねぇ!!」

「なに? できたの?」

「あ、あぁ、うん」

「それじゃ、依頼は?」

「最近、鳴海の性格が変わったというか、怒らなくなったというかー」

「桐嶋さんに対する恋心がなくなったようなんです」

「おい!」

「あー、それは私が辞めてあげてって言ったから」

「本当にそれだけでやめるタイプなのか? 鳴海は」

「もっと深いわけがあるの。それは言えないけど、あまり気にしなくても、瀬奈ちゃんは君のこと好きだよ」

「そ、そうなのか!」

「チッ」

「おい。なんで舌打ちした」

「詩音ちゃんもこの男が好きなの?」

「私は身体だけの関係です」

「違うからな!?」

「へー、身体だけ好き勝手されて、なんでこの男の近くにいるの?」

「信じるなよ!」

「でも事実、桐嶋さんがそれを望めばそうなります。彼女になれと言われたらそうしますし」

「そんなの操り人形じゃん! 辞めた方がいいよ!」

「やめたら住む場所を失います」

「詩音!!」


美嘉は俺達が一緒に住んでることを知らない。知られたらまずい!


「まぁ、うん。聞かなかったことにしてあげるよ。でも、自分が信じる行動をしなね。操り人形じゃなく」

「信じるものなんてありません。誰のことも信じてませんし」

「え、俺のことも?」

「はい、もちろんです」

「誰も信じないなんて、可哀想だね」


そう言われた詩音は、力強く掃除用具入れを叩いて言った。


「可哀想?」

「か、可哀想だよ」

「人はみんな、自分から人を信じないと誰も自分を信じてくれませんとか、人を信じないと幸せにはなれませんとか、口を揃えてそればっか。私は人を信じないで生きてきた。でも、幸せな瞬間もあった!!」

「し、詩音? 急に怒ってどうしたんだよ」

「人を信じる生き方だけ教えて、信じない生き方を教えないなんて可笑しいと思わない? 人を信じられないから可哀想とか、勝手に私の人生に価値をつけるな。勝手に可哀想とか言わないで!!」


詩音は怒る時は怒るけど、ここまでなの初めてだ。

 しばらく沈黙が続き、美嘉がゆっくりと掃除用具入れを開けた。


「ご、ごめんね?」

「私もごめんなさい。お詫びにおっぱい触らせてあげます」

「それじゃ、もみもみ」


本当に揉むのかよ‥‥‥。


「なんか、すごく柔らかいね」

「はい、今日はブラを付けずに絆創膏スタイルなので」

「なにしてるの!?」

「桐嶋さんに気づかれるかどうか、ハラハラドキドキプレイを楽しんでいました」

「気づくわけないだろ!」

「桐嶋さんもパンツを履かずに絆創膏で過ごしてみてください」

「そんなデカい絆創膏無いだろ。普通に嫌だし」

「なぜ大きな絆創膏を使うつもりでいるんですか?」

「‥‥‥美嘉」

「な、なに?」

「泣きそうだから掃除用具入れ借りるわ」

「う、うん‥‥‥本当に閉じこもっちゃったけど‥‥‥」

「気にしないであげるのが優しさです。桐嶋さんは今、私がノーブラだと知ってムラムラした気持ちを解消しているんです」

「それって‥‥‥」

「そういうことです」

「出てー!! 私の居場所を汚さないでー!!」

「そんな急かさなくても、数分で出ますよ? この前なんて三分でした。ちゃんと測りましたし」

「見たの!?」

「はい。部屋の扉が外れているので」

「詩音!!!!」

「はい」


あくまで友達という設定が少なくとも頭にあるからか、詩音は学校で失礼なことを言ってきたり、余計なことを言うことが多い。そして詩音は美嘉を友達として認識してる可能性から、美嘉には色んなことを言う可能性がある。

 もう、美嘉にも知ってもらうしかない。


「どうしました?」

「いや、メイド」

「は、はい。どうかなさいました? 美嘉さんの前で私の正体をバラすなんて緊急事態なんですね」

「あ、いやっ」

「なるほど、ティッシュが無いのですね♡ まったく、しょうがないご主人様ですね♡ 今お口をお貸しします♡」


なんか状況悪化してなーい!?!?!?!?


「二人とも‥‥‥気持ち悪い!!」

「待ってくれ美嘉!! 俺はちゃんとティッシュをわ使うぞー!!!!」


慌てて掃除用具入れから出ると、そこにはもう、詩音しかいなかった。


「ご主人様。美嘉さんは走って行ってしまいました」

「‥‥‥帰るか‥‥‥」

「はい」

「あ! 居た!」

「大河じゃん、どうしたんだ?」


俺を探していたのか、俺達が帰ろうとしたタイミングで、何故か大河が技術室にやってきた。


「もうすぐ夏休みじゃん? 三人で海の家のバイトしない?」

「お金には困ってません」

「俺は困ってるからしたい。楽なら」

「注文取って、テーブル拭いたりするだけだよ! あとあるとすればゴミ拾いぐらいかな?」

「やる!」

「なら、私もやります」

「それじゃ決まり! 詳しい日時はまた教えるから!」

「おう! ありがとう!」

「うん!」


それから俺達は一緒に学校を出て、家に向かって歩き始めた。


「今日は先に帰らないのか?」

「輝矢様には、まだちゃんと謝っていなかったので‥‥‥」

「怒ったことをか?」

「いえ、信じていないと言ったことをです」

「それな! 酷すぎるわ」

「申し訳ありませんでした」

「んー、俺を信じろ。これは命令な」

「‥‥‥」

「っても、俺のなにを? って話だけど」

「なんだか嬉しいです」

「は?」

「輝矢様はたまに、心がぽかぽかするような、優しい命令をしてくださいます」

「そうか?」

「はい。そういえば、アルバイトをして、欲しかったゲームを買うのですか?」

「いや? 詩音が夏祭りを楽しみにしてるから、お金が理由で楽しみ尽くせなかったら嫌じゃんか。だから、詩音との遊び代を稼ぎたくて」


そう言うと、詩音は幸せそうな、優しい表情をして前を向いた。


「‥‥‥今日は、お家まで一緒に歩きたいです。よろしいですか?」

「もちろん!」

「ありがとうございます」


俺はまだ、詩音のことをなにも分かってないのかもしれない。どうしてあそこで本気で怒ったのかとか、人を信じられない理由とか。それは親に捨てられたからだとは思うけど。

 それに、クールだなーって思ったら、急に明るく振る舞ってきたりするのは、きっと詩音は人の顔色に敏感というか、捨てられないか、嫌われないか、怖いんだろうな。

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