第10話/歯には歯を、穴には棒を

鳴海と詩音が部屋に入ってから三十分は経っただろうか。

 自分の部屋でソワソワしていると、詩音の部屋から激しい物音が聞こえてきて、慌てて詩音の部屋の扉を開けた。


「どうした!?」

「‥‥‥な、なんでもありません」

「あはっ♡」


床には脱ぎ捨てられた制服があり、二人は下着姿で取っ組み合いの喧嘩をしていた。


「ご、ごめん!!」

「いいんだよ?♡ いっぱい見て♡」

「いいの!?」

「あ、あまり見ないでください!!」

「お前はこういう時キャラがブレブレだな!!」

「ねぇ、もっと見て♡ 輝矢くんにしか見せない私の姿♡」

「私も見てますけどね」

「あれ? 居たの?」

「今さっきまで喧嘩してたじゃないですか」


鳴海の下着姿に見惚れていると、詩音が俺の腕にしがみつき、顔を真っ赤にして鳴海を睨みつけた。


「詩音! 当たってる!」

「輝矢くんの右手の人差し指は舐められるし、右腕は汚い女に密着しちゃうし、切り落としてあげるから安心して♡」

「全然安心できませんが!?」

「大丈夫♡ 私を抱きしめられなくても、私が輝矢くんを抱きしめてあげるんだから♡」

「もう、話しても無駄です。力でねじ伏せようにも、鳴海さんは意外と強いですし、体育祭で白黒つけましょう」

「あ、紅組内で争ってどうするんだよ」


とにかく二人の体を見ない様に天井でも見ておこう。にしても、女の子の肌ってスベスベで気持ちいい!


「そんなことより、早く離れてくれるかな。そろそろ我慢の限界」

「黙れ。メイド喫茶でバイトしてることバラすぞ」

「バ、バラさないって約束したじゃん!」

「もう、あの時と状況が違います。目には目を、歯には歯を、穴には棒です」

「最後ので台無しだわ!!」

「とにかく、交換条件です。バラされたくないなら、輝矢様に近づかないでください」

「どうして? 私達はもう付き合ってるんだよ?」

「そうなの!?」

「違うの?」

「違いますよね?」

「えっとー‥‥‥」

「そもそも、桜羽さんはメイドなんだよね」

「そうですけど」

「メイドがご主人様を困らせていいの?」


そう言われた詩音は俺からゆっくり離れ、静かに部屋を出て行ってしまった。


「輝矢くん! 大丈夫だった? 抱きつかれて嫌だったよね。すぐに私が綺麗にしてあげるからね」

「俺が好きな鳴海は、優しい鳴海なんだ」

「うん! これからも輝矢くんに優しくするし、たくさん尽くすよ!」

「詩音は親に捨てられて辛い思いをしながら生きてる。親が死んだ俺とあまり変わらないって言ったらあれだけど、似たようなもんだ」

「そ、それは前に聞いたけど」

「優しくしてあげることはできないか?」

「どうして‥‥‥」

「え?」


鳴海は俺の顔を優しく掴み、目を合わせて続けた。


「どうして桜羽さんを守ろうとするの? 輝矢くんは私だけ見て、私だけを考えてればいいの。分かった?」

「と、とりあえず制服着てくれ。このままじゃ普通に話せない」

「分かった」


それからすぐに鳴海は制服を着てくれたが、詩音のベッドに横たわってしまった。


「ふー‥‥‥」

「ど、どうした? 大丈夫か?」

「私、好きな人のことになるといつもこうなの。ごめんね」

「う、うん」


急になんだ?いつもの鳴海の雰囲気に戻ったような‥‥‥。


「ちょっと、私の話してもいいかな」

「いいけど‥‥‥」

「あの探偵居るでしょ?」

「あぁ、同じ中学だったんだろ?」

「うん。私ね、中学の三年間、あの子のことが好きだったの」

「お、女を!?」

「変?」

「いや? 全然いいと思う。ただ、鳴海が女も恋愛対象だって知ってビックリした。ごめん」

「謝らないで。それでね、さっきみたいに束縛みたいなことしちゃって、いっぱい困らせちゃったの」

「そうだったのか」

「多分、私は心の病気。大丈夫な時は大丈夫なんだけど、急に歯止めが効かなくなるの」

「それはどうしてなんだ?」

「ずっと大切に育ててた猫が家から逃げ出して、可哀想なことになっちゃてね」

「なるほど、ちゃんと察したから、続けてくれ」

「ありがとう。それから私の中で、大切な人は私が守らなきゃ、私が一番側で愛さなきゃってなっちゃったの」

「なんだ! やっぱり鳴海は優しじゃん! よかったー!」

「え? 完全に嫌われたかと思った」

「人の行動に理由が付くと、また違うんだよ。でも俺は猫じゃないから、変な心配しなくて大丈夫だ」


そういうと鳴海は起き上がり、また雰囲気がヤバい方向に戻っていた。


「ダメだよ! 桜羽さんは輝矢くんに迷惑かけるでしょ? だから私が輝矢くんの側にいて、輝矢くんを助けて、迷惑な人は輝矢くんのために排除しなきゃ♡」

「な、ならさ、詩音と仲良くするのが、俺と一緒にいる条件だ」

「でも、私と桜羽さんの相性は最悪だよ?」

「時間をかければなんとかなる。そうだ! 体育祭で仲間意識を高めればいいんだ!」

「仲良くなれば私と一緒に居てくれるんだね♡」

「う、うん」

「なら、まずは一緒に暮らすのやめて。じゃないと仲良くできない」


どうしたらいいんだ!!俺は詩音を追い出すほど薄情になれない!

 今だけでも‥‥‥とにかく今だけでもこの状況を抜け出さなきゃ‥‥‥そうだ!きっと根は真面目なままだし、言ってみるか。


「それより鳴海、部活は?」

「あっ!!」

「急に学校飛び出してきて、まずかったんじゃないか?」

「も、戻らなきゃ! 今日はみんなで音合わせなの! 部長に怒られちゃう! は、話は終わってないから、また明日! 明日までに桜羽さんを追い出しておいて?」

「了解!」

「へへ♡ ありがとう♡」


よし、こうなればいくらでも手はある!

 鳴海は大慌てで家を出て行き、俺は物音がするリビングにやってきた。すると、詩音は俺の部屋から取ったのか、ブカブカのパジャマを着て料理をしていた。


「どうしました?」

「目の下真っ赤なんだけど、泣いてたのか?」

「いえ、夜ご飯を作るために部屋を出ただけです。仕事なので」

「そうか」


そういうことにしたいなら、俺も合わせてやらなきゃな。


「俺は詩音を追い出したりしないぞ? 時と場合によるけど」

「私はご主人様に迷惑をかけているので、無理しないでください。命令一つで、私は出て行きます」

「らしくないな。俺は詩音が騒がしくしてくれてるおかげで、一人で泣くことが無くなった! だから、これからも騒がしくしててくれよ!」


すると次の瞬間、詩音の目から涙が溢れ出し、俺に背を向けてしまった。


「いやいやいや! 詩音が泣いてどうすんの!?」

「泣いてません。目から愛の液が」

「普通にキモい。でさ、明日から、もう一緒に住んでないことにしてくれないか?」

「くれないか? ではなく、命令すればいいのです」

「んじゃ、そうしてくれ」

「分かりました。バレたらどうします?」

「探偵を利用する」

「なにか考えがあるんですね」

「おう! んで、多分鳴海は詩音と仲良くなろうとしてくるから、拒絶しないでくれ」

「ご命令とあらば」

「ありがとう」

「ですがもし、ご主人様が危険だと感じた場合、護身用に購入した拘束具と肩のマッサージ機で懲らしめます」

「ギリギリ十八歳未満が買えるやつ買ってるあたり、文句は言わせないって感じか」

「はい、ご主人様が言っていいのは、淫語と、私の胸の中、いや、中でだけです」

「言っての意味が二個あったような気がするんですが」

「はい、二個ありました」

「素直だな!!」

「でも、少なからずご迷惑はおかけしてしまったかもしれません。反省の為に、拘束具とマッサージ機をお使いください」

「遠慮しておきます」

「ですが! 私は罰を受けなければいけません! 罰を受けてみたいです!」

「受けてみたいならご褒美じゃねぇか!!」

「身動き取れない状態でご主人様の思うがままににされる♡ 私の性癖です♡」

「そんな堂々と性癖を暴露するな」

「恥ずかしながら、ドMなので♡」


クール系美少女がドMか‥‥‥なんかすっごいエロい。


「お願いしますご主人様♡ 私に罰を♡」

「ちょっ! 火!! めっちゃ煙出てる!!」

「あっ」


話に夢中で、料理が真っ黒になってしまった。


「どうすんだよ‥‥‥」

「やはり罰を!♡」

「元気になってよかったけど、まずは焦がしたやつをどうにかしろ!」

「は、はい!」


まったく、この調子で明日から大丈夫だろうな‥‥‥。

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