第一章 ケイ

「イテーッ…くそっ…またあの時の夢か…」


時刻は午前1時。カーテンの隙間からのぞき込む月明かりが、部屋の時計を照らしている。さっきまでの悪夢と、寝相の悪い自分を呪いながら、ベッドから落ちた体を何とか引きずって起こそうとするが、石のように固まった両足は動かない。


「くそっ…何なんだよ…」


床のフローリングが意地悪く背中の温度を奪う。鼻の奥がツンッとする。天井がぼやける。オレは、流れ落ちないように固く瞼を閉じ、深く息を吐く。


「大丈夫…大丈夫だ…」


そう自分に言い聞かせ、目を見開きながら、今度は車椅子の手すりをつかみ、もう一度力を入れる。なんとか腕の力だけで上半身をベッドに戻した時、突然、薄暗い部屋に一筋の光が差し込み、オレを包み込んだ。


「な、何だ!?今の…!?」


オレは周りを見渡した。視界の端に、あるはずのないものを見つけた。部屋の片隅に転がるサッカーボール。あれは、何年も前にしまい込んだはずだ…。体の向きを変えようと車椅子の手すりをつかもうとしたが、さっきまであったはずの車椅子がなくなっていた。訳が分からぬまま、体に力を入れた時、全く動かなかった足が、当たり前だと言わんばかりに動いた。


「え…なんで…!?」


オレは、足を前後左右に動かしてみる。何の問題もない。今度は立ち上がってみる。両足を床につけ、腰を持ち上げて一気に立つ。ここ数年見てきた景色より遥かに高い視界に、自分が長身だったことを思い出す。改めて自分の足を見ると、疑問よりも興奮の方が勝ち、言いようのない高揚感があふれてきた。


「オレ…動ける!!」


サッカーボールを手に取る。数年ぶりのこの感触…。胸に苦いものがこみ上げてくるのと同時に視界がかすんだが、オレはリフティングを始めた。リズムよく跳ねるボールと一体になるこの感覚…すごく懐かしい…。たまらなく走りたくなり、家を出ることにした。


見上げた空に浮かぶ月と星。昨日までとは世界が一変して見えた。


持っていたサッカーボールを投げ、走り出す。吹き抜ける風が気持ちいい。しばらくの間走っていたら、駅前まで来ていた。サッカーボールを足で止め、金時計を見上げる。時計のチャイムが3回鳴った。


「そろそろ帰らないと…」


高鳴る鼓動を抑えながら、オレは急いで来た道を戻った。



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