第36話 前哨戦
翌日。
俺はテレビの収録で内藤さんやスタッフと共に放送局に来ている。
番組内では炎上騒動の事には一切触れず、2度目の出演者として新人っぽさを出しながら、番組テーマに対して無難に答えていく。
その日の番組テーマは、円安による物価の上昇や、高校の授業料支援についての話題や、外国からのミサイル発射に伴う対応の仕方などが語られた。
今回は台本を数日前に受け取っていたので、事前に多少の勉強をすることができたため、当たり障りのない意見を書くことができた上に誰かに内容を書き換えられることも無く、平穏無事というか、事なきを得た結果になった。
番組の収録が終わりスタッフの掛け声が響く。
「「お疲れ様でしたー」」
俺は他の出演者に挨拶して、内藤さんと共に楽屋へ戻る。
「北村君、お疲れ!」
「お疲れさまでした、今回はどうでしたか?」
「うん、良かったと思うぞ! 前回の様な物議を醸す訳じゃないが、早くも2回目で慣れてきた様じゃないか」
「そうですね、前回は内容変わったりしてほとんどパニックでしたけど……」
「アハハハハ、そうだったね!」
「よし北村君、今日はこの後記者会見の打ち合わせをしたいんだが」
「はい、分かりました」
そうして、スタッフや俺たちはサイテリジェンスの社屋へ戻った。
◆
サイテリジェンスへ着き他のスタッフと別れ、内藤さんは他の社員に資料を持ってきてくれと指示をすると、俺と二人で早々に会議室へ向かう。
「西園寺さん大泉さんとのアポは取った。二人とも記者会見へ同席してくださるようだ。それと、昨日のうちに台本は完成したので北村君に目を通してもらいたいんだが」
「え!? もうですか? 昨日の今日じゃないですか!」
「ああ、君から聞いた筋書きを忘れないうちに台本にしようと思ってね、それに正味5日しかないから早い方がいい」
筋書きを描いたのは俺だから、ここで話し合いをして詳細を詰めて、今日帰ってから俺が台本を書くのかと思っていたのだが……。
普段から遊んでいるように見えるこの魔人だが、なぜか恐ろしく仕事が早い。
暫くして他の社員が、A4サイズで20ページくらいの資料を持ってきた。
「ええ!? これ、一晩で仕上げたんですか!? ちゃんと寝てるんですか?」
「アハハハ、君は私の母親か!」
当然社内でもほとんどオフレコの話だから部下に書かせたという訳でもないだろう。内藤さんはこれを1日というか、一晩で仕上げたというのだ。
「わ、分かりました、ちょっと見てみます」
そうして渡された資料に目を通し始める。
「コーヒー飲むかい?」
「あ、すみません、ありがとうございます」
上司、というか巨大企業のCEOが俺にコーヒーを入れてくれるという。
本当はこれだけで何が何だかわからないのだが、内藤さんはこういう細かい事に拘らない人で、慕う人も信頼を寄せる人も頼る人も多い。俺はまだ知り合って1年も経ってないからかもしれないが、本当にとらえどころのない謎の人だ。
俺は内藤さんが書いた記者会見の進行台本に目を通しながら聞く。
「しかし、内藤さんは凄いですね。顔も広いし仕事も早いし、権力を笠に着るみたいな事もしないし……」
「ん? そうかい? 私は楽しければそれでいいんだがな……」
俺は会議室に内藤さんと二人きりで、台本に目を通しながら続ける。
「そういえば、前一度聞いたんですけど、なんで大泉さんとの会話内容知ってたんですか? そのうち教えるよって言ってましたけど」
「うーん、そうだねぇ、まだ早いかなー。この記者会見終わったら教えるかもしれないかな」
「かもしれないってなんですか……」
「この会見がうまく行ったら、君は本当に日本のヒーローになるかもしれない。もしそうなったら全部教えてあげるよ」
会話が途切れると静まり返る会議室。
俺は内藤さんが一晩で仕上げた記者会見の台本に坦々と目を通していく。
そこに書かれていた内容は元々俺が考えたシナリオで足りない場所を補い、話をする順序もよくできていて、動機付けがしっかり説明され、この会見が終わった後世間や俺たちがどうなるか、容易に想像できるほどよくできていた。
「ふぅ、やっぱり内藤さんは凄いや……」
「うん? でもそれ考えたのは君だよ。なにかおかしなところは無かったかい?」
「完璧です。俺が想像した筋書きがさらに洗練されている気がします」
「じゃあこれで関係者に送る事にするからな」
「はい、よろしくお願いします」
数日後にはこの記者会見が開かれる。
いくら全国放送のゴールデンタイムのテレビ出演を果たしたとは言え、今はテレビを見ない人も多い、あの番組を見ていたとしても新人のコメンテーターなんか普通は気にも留めない。
まして俺には政治家や大学教授の様な肩書も無い。
放送翌日に声をかけてくれたのは、作業場に居たおばちゃん一人だった。
ネットで炎上しているとはいえ、特定の掲示板やSNSの片隅で騒がれているだけだ。もし、ここに書かれたシナリオ通りに行けば、炎上は無くなり、会社は救われ、日本の労働者不足は解決に向かい始め、俺は本当の意味で一躍有名人になるだろう。
そうなったら俺はどうなってしまうのか、少し不安だ。
でも、俺が考えて、この人の仕上げたシナリオに加え、傍には味方が沢山いる。
きっと大丈夫だろう。
俺が出来ない事はプロに任せて、俺は俺のできることを全力でやるだけだ。
決心してそんなことを考えていると内藤さんが声をかけてきた。
「北村君、凄くいい顔してるねぇ! 大丈夫きっと面白い事になるから!」
「はい!」
そうして台本が完成し、記者会見を待つだけとなった。
◆
「時間になりましたので始めます」
内藤さんが進行を務める。
台本が完成して数日後、いよいよ記者会見が始まった。
会場はサイテック記者室、内藤さんと西園寺さんが集めた記者数はすさまじく、会場は物々しい雰囲気に包まれていた。
手前には30席ほどの椅子に記者が座り、後ろの方には無数の脚立と大きなカメラが数えきれないほど並んでいる。記者やカメラマン、関係者などを含めると100名近い人間が会場に入っていた。
手前にある白テーブルには左から、笹山さん、西園寺さん、大泉さん、内藤さん、俺、神代、そしてなぜか台本には無い忠司と理香子を合わせた8人が座っており、 内藤さんの指示で、全員が簡単な自己紹介を行った。
また、会場隅の関係者席には、彩や大智や裕也も会場入りしていた。
いつものメンバーが会場入りしている理由は聞いていない。
また魔人内藤が何か企んでいるのだろうか……。
会見の主題は「株式会社サイテック新制度発表記者会見」とある。
しかし、内藤さんが切り出したセリフはそれとは関係ない言葉だった。
「えー、みなさんお忙しい中お集まりくださり有難うございます。本日の会見は幾つかの案件について発表させていただくことになりますので、よろしくお願いします。進行についてですが式の進行に伴ってこちらから発表をさせていただきます。発表後、質問を受け付けます。それでは一つ目の案件になりますが、現在ネットで炎上しているこちらに座る北村弘樹君についての発表です」
台本通りであれば記者には、サイテックから何か新事業の発表があるという旨で伝わっていたはずだ。それなのに炎上騒動の話から入る事を知り会場が少しざわつく。
「では神代君よろしくお願いします」
「はい」
神代は座ったまま台本の内容に目を通し、箇条書きにされた内容を説明する。
「ご存じの方もいると思うのですが、現在そちらに居られる北村さんが、ネット上で炎上している状態です。それは私の運営するオンラインサロンでの私の発言が発端で、その経緯を説明させていただきます」
神代はそう言うとサロンでの発言内容である、誰かが神代の仕事を奪った、という話を語り、その誰かが北村ではないと発表し、炎上の原因その物が勘違いであることを証明した。
「という事で、ネットで言われているサイテックが親会社だから、そこに所属する北村さんが私の仕事を奪ったというのは事実無根であり、北村さんに非はありません」
神代がそこまで話すと、内藤さんがマイクを取った。
「この件で何か質問が有ればどうぞ」
するとさっそく記者から幾つか質問が上がる。
その都度細かい説明をしていくが、ついに問題の核心が問われた。
「炎上の発端は分かりましたが、炎上している理由は北村さんの老害発言だと思うのですが、それについて北村さんに説明をしていただきたい」
サイテックの事業発表会見の筈がすっかり炎上騒動の話に逸れてしまっている。
もちろんこれは台本通りであるが、ここからが本当の勝負なのだ……。
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