第35話 共闘

 高層ビルの40階にある巨大な会議室の両脇には総勢20名程がテーブルに座り、その大半は国内有数企業であるサイテックの上層部の面々という会議室内だ。


 今ネットで起きてる炎上騒動を収め、俺が番組で言った事になっている老害発言を吹っ飛ばすくらいの出来事といえば、もうこれくらいしか思いつかない。


「ちょっと長い筋書きなんですが出来るかどうかわからないので、とりあえず内藤さんだけに聞いて判断してほしいんですが……」


「うん? 分かった……」


 俺は脳内がバチバチ火花を散らすほど高速回転しつづけている状態で、内藤さんにそのアイディアを小声で打ち明ける。


「出来るか分からないんですが、サイテックで記者会見を開いてほしいんです」


 俺はコソコソと内藤さんに耳打ちを始める。

 会議室内は近くにいる者同士で、お互いアイディアなどを出し合って議論している。


「それは可能だけど謝罪するの?」


「いえ、謝罪会見ではなく企業方針発表会見というのかな? そこで全てを演出の一環だった事にしてしまってはどうかなと」


「ほう……!」


 そういって驚いた表情と、好奇心の表情で俺の話に耳を傾ける内藤さん。


「同席者は、俺と神代さん、内藤さん、サイテック社長の鴻池さん、プロデューサーの笹山さん、探偵の比留川さん、さらに可能であればテレビ局社長の西園寺さんと、元総理大臣の大泉さん、という方々に同席していただきたいんですが、可能ですかね」


「層々たるメンバーだね……元総理まで呼んで何をするつもりだい?」


「はい、話に真実性と説得力を持たせ、少しでも大ごとにするために凄い人に来て欲しいんです。そして、まず炎上している当人の私の紹介を済ませます」


「うん」


「その後、神代さんがオンラインサロンで言ってたのは北村ではないと言ってもらい、ネットの炎上はファンの勘違いであることを証明します。このメンバーの前だからこそいい加減な事は言えないので、説得力が生まれると思います」


「ふむ……」


「それと同時に老害発言の真相を発表します。内藤さん、笹山さん、西園寺さんで決めた演出であるという真実を発表し、この発言にサイテックが関与してない事を証明します」


「なるほど」


「老人であり権力者である西園寺さんが居ることで、老害は去れ発言自体が高齢者自身の発言だったとあれば納得できると思うんです。でもここで決して謝罪はしません。ワシが決めた! とか言ってくれれば最高かと。 それに西園寺さん自身はそんな程度で悪評が付くような方ではないと思うんですがどうですかね?」


「可能かどうかは別としても、サイテック、サイテリジェンス、JMNが組んで、計画的に炎上を誘ったとなれば会社のイメージは好転しないんじゃないか?」


「はい、そこで話題のすり替えを行うんです」

「すり替え?」


「はい、そのタイミングで記者側に紛れてもらった比留川さんにヤジを飛ばすように、これは一体何を発表する会見なのかと問いただしてもらいたいんです。そこは比留川さんじゃなくても良いかもしれません。でも事情を知ってる人の方がいいかと」


「ふむ、サクラを仕込む感じにするのか」


「はい。そして作業員勧誘制度を発表し、それを内藤さんと社長の鴻池さんがサイテックで採用する事を発表します」


「ふむ、まだ採用は決まっていないけどな、たぶん通るだろうとは思うが」


「その際、可能なら西園寺さんと大泉さんも賛同し、この勧誘制度を全国に広める事を検討しているというふうにしてもらいたいんです」


「ほうほう!」


「話の流れで炎上騒動からの説明をする必要が有ったけど、事実上この話が会見の本題ということにして、大泉さんはこの件で出席してる事になります。実際に国単位で採用するかどうかはどっちでも構いませんが、JMNとサイテックのイメージ回復を手伝ってもらうという事になります」


「なるほど……! 視聴者全員を騙すって事だな?」


内藤さんの目はだんだんキラキラしてきている。


「いや騙す訳では無くてですね、その話題から私に適当に投げてもらって、私が老害発言の本当の意味を、勧誘制度と絡めて詳細として説明します」


「ほう? 本当の意味とは?」


「実は、それは問題じゃないんです。老害は去れという発言はこの作業員勧誘制度を広めるための演出の一環だったと私が話をすり替えます。そしてこの新制度がサイテックとJMNという巨大企業を動かし、元総理すら賛同する制度で、日本全体の改革の始まりであることを伝え、それを私が言い出したという事実を発表します」


「うんうん!」


 内藤さんはニヤニヤしながら耳を傾け、目だけ天井を見ている。


「そこで、あの広告の発表を行います」

「あの広告?」


「はい、その会見の場で、同時にサンライトビルに掛かる垂れ幕の発表を行い、私の演出も含めて、全てがCEOである内藤さんの筋書きである、という話に持っていきます」


「おお、ただお披露目するんじゃなくてマスコミ向けに大々的に発表するんだね!」


「はい、そうなれば視聴者やネット民は、たぶん俺みたいな小物の老害発言なんか吹っ飛んだ上で、会社としては広告のキャッチコピーになってる『時代の最先端を切り開くサイテック』を実現できます。そして逆にそれが根拠となり、全てが演出だったという説得力が増します」


「なるほど……凄い事を思いつくな君は……」

「どうですかね?」


「そうだな……うん、筋書きは……面白い! 北村君! きみも私に似てプロっぽくなってきたじゃないか!」


「え、これがですか?」

「うん? そうだぞ!? 日本丸ごと騙そうとは俺以上じゃないか! ワハハハ!」


 そう言って内藤さんは高笑いをした。

 俺達が話し合ってる間も会議室は良いアイディアが浮かばずざわついていたが、内藤さんの高笑いで注目が集まった。


「えー、みなさん、ちょっといいですか?」

「内藤君、何かいい案ができたのかね?」


「はい社長。北村君が凄い案を思いついてくれましたよ!」

「ふむ、どんな内容かね?」


 一瞬、会議室に居る全員が内藤さんに注目してかたずをのむ。


「えーっとですね、もうこれ全部演出だったという事にしちゃいましょう!」


「演出!?」

「「「ざわ……」」」


 会議室に居る全員が驚愕の表情を見せる。


「アハハハ! そうです、私の筋書きだったという事にするんです!」

「それはどういうことかね!?」


 そうして、内藤さんは俺が話した長ったらしい筋書きを簡潔にまとめ、会議室の全員に説明していく。


「そんなこと可能ですか?」


 専務が心配する。


「うーん、どうだろうね? でも面白いじゃぁないか!」

「面白いって君……」


 恐らく内藤さんは、普段からこういう企てが大好物なのだろう。


「社長! いかがです? これで騒動が鎮火しなければ、最悪、私が謝罪し退陣すればすべて丸く収まる事になりますが、どうでしょう?」


「え!? 内藤さん!?」


 突然内藤さんが、全責任を取ると言い出し会議室がさらにざわつく……。


「まぁ、君が全て責任を取るというなら、やってみるのも悪くない案ではあるな」

「内藤さん! そんな! 一人で責任を取るって無茶ですよ!」


 実際世間がどういう反応をするか全くわからないんだ。

 俺は内藤さんに責任を取らせたくてこの筋書きを描いたんじゃない。

 それなのにこの魔人は全ての責任を背負うつもりだ……。


「ん? だって君、私に無茶なお願いをしてもいいかって聞いたじゃないか! アハハハ!」


「それは炎上鎮火に短期勝負する必要が有ったり、会見の同席者に色々な人を呼ぶ必要があるからで……」


「うん? だから私は言ったんだよ、コワイナーって。ワハハハハ!」

「いやそういう事じゃなくて!」


「最悪、本当に私が責任を取れば、たしかに大丈夫な筋書きではあるんだ! 会社のイメージや君や神代君のイメージを守れるならその程度どうってことないさ!」


 内藤さんは続ける。


「君はたしか西園寺さんや大泉元総理に言ってただろ。上が責任を取るから大丈夫だ、若者は頑張れと言って欲しいって。だから君は頑張れ! 責任は私が取る!」


「確かに言いましたけど、内藤さんが責任を取る必要なん……」

「北村! 大丈夫だ! 頑張れ! それにこれはもし鎮火しなかったらの話だ!」


「内藤さん……」


なんで……元総理との会話内容知ってんですか……。


 そうして、他の専務や常務などを含め、問題点などを洗い出して話し合いが進む。

 もう俺や忠司達の出る幕ではなくなってしまった。

 しばらくワイワイと会議が進行し大体の方針が決まったところで、内藤さんがトップの確認を取る。


「じゃ社長! この案で行きますがよろしいですか?」

「うむ、しかたあるまい。内藤君、君に任せた」

「はい! じゃあこの会議はこれで終了となります! お疲れさまでした!」


 こうして、俺の思い付きで生まれたアイディアは採用され、内藤の進退をかけた記者会見を行う事が決まってしまった。


 記者会見は筋書きを纏めた台本を作り、関係者に事前に配布する猶予と、大泉元首相や西園寺さんといった大物のスケジュール調整を踏まえ、記者会見をマスコミに伝達する期間を考慮して、なるべく早く行うよう4日後、週明け月曜日に行われることとなった。

強行スケジュールなので場合によっては、西園寺さん、大泉さんは来れないかもしれないとの事だ。


 今日は放送の翌日であるため、明日には来週水曜放送分のテレビ収録があるが、そこで謝罪などはせず、炎上騒動も老害発言も週明けの発表までは完全放置という形になり、俺も神代も口を閉ざす事となった。


 他の参加者には物議を残す形で、内藤だけがノリノリのまま会議は終了した。


 炎上騒動から始まって俺が反射的に思いついた筋書きが採用され、壮大なメンバーが関わって、日本を動かすかもしれない史上最大の出来レースが計画されたのだった。

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