第33話 変化の兆し

 新宿の一等地にある高層ビル上層階の会議室では、北村たちを待たずして既に会議が始まろうとしていた。


「内藤君! 君はどうするつもりかね?」

「結論を焦らないでください代表、関係者を集めるのでまず話を聞きましょう」

「しかし君、このままでは社のイメージがだね……」


 そこにいるのはグループ関係者100万人規模の大企業を務める株式会社サイテックの代表取締役社長の鴻池<<こうのいけ>>さんを始め、副社長や専務取締役、常務取締役、本部長などなど。

 それに加えてサイテリジェンスの副社長や八王子検品工場の総監督や部長などがそろい踏みで、総勢10数名にも及ぶ錚々たる顔ぶれが揃っていた。


 内藤はこの中でも取締役の次に偉いCEO最高経営責任者という立場ではあるが、よくもまぁ、これだけの面々のスケジュールを合わせ会議を開いたものである。

 もちろんこの面々の中には派閥や勢力争いも有り伏魔殿の様な場所となっている。


 北村達や神代はこんな場所に呼ばれるとはつゆも知らず別の会議室で呼ばれるのを待っていた。





 俺達は内藤さんに言われ炎上を鎮火する方法を探っていた。

 しかし全員で謝罪して辞職するくらいしか思いつかず全員がうなだれていると、秘書的な綺麗な女性社員が俺たちを呼びに来た。


「失礼します……」

「あ、どうぞ」

「北村様、内藤がお呼びです。上の会議室まで案内いたしますので皆さんこちらへお願いします」

「は、はい……」


 ここの会議室でやるんじゃないのか、どうりで偉そうな人が集まってこないわけだ。そうして俺たちは、言われるがまま4人でぞろぞろと付いていく。

4フロアくらい上へ移動し案内役の女性社員が廊下で立ち止まると、別の会議室のドアを叩く。


「失礼します、北村様達をお連れ致しました」

「「「し、失礼します」」」


 会議室へ入ると想像以上にデカい部屋だった。

 そこにはいかにもお偉方と言う様なオッサン10名以上が巨大なデスクに付いて、色々な話をしていたが、俺たちが部屋に入ったとたん静まり返り、その様子が視界に入るや否や俺たちは委縮してしまった。


「はい! ではみなさん今日一つ目の議題を始めさせていただきます! じゃ、北村君達はそっち側に座ってもらって、簡単な自己紹介してもらえるかな?」


 内藤さんはそういうと、俺たちを巨大デスクの片側へと座らせる。


「皆様初めまして。サイテリジェンス人事部広報課、サイテック人事部、八王子現場作業課課長補佐、検品部作業監督をさせていただいている北村弘樹と申します、本日はよろしくお願いいたします」


 俺は長ったらしい自分の肩書を噛まないように伝え自己紹介をする。

 その後続いて、全員が挨拶をする。


「サイテック八王子検品工場、検品部の市川忠司です、よ、よろしくお願いします」

「同じく八王子検品工場、検品部で働かせていただいている川村大智です、よろしくお願いします」

「私も同じく検品部の橋本裕也と申します」


「はい! ありがとう、じゃ、こちらから紹介させていただくね」


 内藤さんはそういうと順番にお偉いさん達を紹介してくれた。

 それは天下の大企業サイテックの代表や専務常務といった面々だった。


 こんな俺ごとき一社員が起こした炎上騒動なんかに、いちいち出張ってくるような面々ではないはずの本当の上層部の人たちだった。


 つまりこの状況を考えると、俺の炎上は株価への影響や、何百億という売り上げに影響し、100万人からいる関係者の明日の生活に関わるような、世界にも影響を与えかねない社運が関わる事かも知れないという事を理解した。


 俺はそう考えると、今すぐそこの40階の窓から飛び降りたくなった。

 しかし俺は勇者だ、隣には仲間もいる、魔人も味方だ、大丈夫!


 そう思って隣を見るが、どうやら3人とも魂が抜けているようだった。


「では一つ目の議題ですがみなさんお手元の資料をご覧ください」


 言われるがままテーブルの上に置いてある資料に目を通す。


『一般労働者に於ける新規労働者勧誘制度の施行』


「さてこれを言い出したのが私の隣にいる北村君です、北村君その経緯や仕組みを説明してくれるかい?」


「は、はい」


 俺はそう言って立ち上がると、忠司たちを勧誘した経緯を丁寧に説明した。

 働きたくない意思を隠さず伝え、働かずとも給料を上げる方法を考えた。

 そして人を勧誘したら昇給という話を持ち掛け許可を取った。

 その後、ゲームになぞらえダンジョンやギルドと思わしき場所、つまり公園やクラブといった場所へ赴き、そこに居た人へ声をかけて人脈を築いてから勧誘したという話をした。


「そして勧誘されたのがそちらの3名ですが、事情を話していただけますか?」


 内藤さんは俺の説明を聞き終わると、忠司たちへ問いかける。


「はい。私はベーシックインカムの収入が思いのほか多く、以前の職場をやめてしまったのですが、やはり収入が著しく下がって生活に困りだした時、週3日の短期で月給30万円という声を北村さんにかけられたのが当社で働き始めた理由です」


「ほかの皆もそうですか?」

「「はい、同じです」」


「その結果どうでしたか?」


「はい、本当に助かりました。私たちは北村さんに誘われて、以前より多くの収入を得ることが出来ました。今の日本では以前の私たちの様にベーシックインカムだけで暮らそうとして、道を外した方がたくさんいると思います」


 事前の会議室での話し合いが役に立ったのか、忠司は流暢に説明をしている。

 沢山いるお偉いさんは資料を見ながら黙って俺たちの話を聞いている。


 しかし、なぜこんなに黙っているのかと疑問に思った俺は思い出した。

 内藤さんは俺たちにプレゼンをしてほしいと言った。


 ここは新しい制度を導入するかを見定めるプレゼンテーションの場なんだ!

 委縮している場合じゃない!

 俺はそう思って忠司や内藤さんに割って話し出す!


「現在サイテックでは従来の新卒採用をメインに中途採用を含め、一般的な採用制度を取っていると思いますが、私たちは正社員のみならずアルバイトを含めた全従業員に適応する、新規従業員勧誘制度を提案します」


「!?」


 突然ポジティブになった俺に内藤さんが驚く。


「人事部は人を集めるための広告活動にかなりの労働力を割いていると思います。どの会社もそうだからです。この制度を採用し人事部は人を集める広告活動などを縮小させ、その時間を使って従業員が集めてくる人々の面接を行います」


 俺は左脳が回転しだしている。


「新卒採用に関しては従来通りで構いませんが、365日いつでも新規採用の窓口を用意し面接を可能にしておきます。そのうえで従業員には勧誘制度の仕組みを周知し、一人採用ごとにいくら昇給するのかを伝えて勧誘の斡旋を行ってもらいます」


 俺が熱く語り出したら他の3人も元気が出てきたようで、裕也が混じってきた。


「私が北村さんに言われて驚いたのは、勧誘時にベーシックインカムの金額を上乗せで誘われた点です。私の場合、3日勤務で18万ほどの収入ですが、誘われた時は3日で30万という点にインパクトがありました」


 ナイス裕也!


「そうなんです。顔見知りを直接誘う事でその人の事情に合った勧誘が出来ます。就職情報誌を見て突然やってくる不特定の人ではなく、人づてや顔見知りの勧誘はその面接に来る人の信頼度も割合的に高くなり、労働力確保が効率的になります。会社としては週1日勤務から自由な職業形態を設け、それぞれの人に合った短期ワークの実現がベーシックインカム時代の最適な労働形態だと考えています」


「パチパチパチパチ! いやぁ、北村君凄いね! 我々企業人の視点ではない観点からのご意見でしたね! さて、みなさんこういった提案ですが、何か疑問や質問が有ればどうぞ!」


 俺達がひとしきり説明をしたのち、内藤さんが拍手をしつつ締めてくれた。


「前例のない事だ。こんなの上手くいくか分からんぞ?」

「誰かを誘って採用が決まり給料が上がるまではいい、そいつが辞めたらどうする」


 流石大企業のお偉いさん。鋭い質問が次々に出てくる。


「ポイント制度にしてはいかがでしょうか? 一人誘えば1点、採用が決まれば3点、採用した人が辞めれば‐3点、一定期間だれも誘わなければ‐1点の様に、様々なケースによって点数を上下させ、点数によって昇給が決まるといった制度です」


「なるほどな。やりようはあると……」


 別の人も聞いてくる。


「そもそも本当の知り合いかどうかはどうやって判断する」


「そこは判断する必要が無いかと存じます。元々就職情報誌で応募してくる人は履歴書1枚と面接のみで人格や作業能力を判断しているわけですし、友達だから信用するというのは、本来無い判断材料です」


「まぁ、それはそうだが」


「しかし紹介制度を取れば紹介した人の顔を潰せないという心理が働きます。その結果、面接官の眼力に一任していた信用度にプラスはあってこそマイナスにはならないと考えますが如何でしょう」


「ふむ」


 他にもなんやかんやと聞かれまくり、俺はその都度左脳が高速回転し反射的に回答を続けていき、そんな俺を見て他の3人は目を丸くしている。


 内藤さんは時々混じってくるものの、その間ずっとニヤニヤしていた。

 そうして数十分のプレゼンで質問がまばらになってきたとき代表が声を上げた。


「制度としての導入は一考の価値があると判断せざるを得ないな。内藤君、検討に入ってくれて構わない、よろしく頼むよ!」


 すると内藤さんがお礼を言う。


「有難うございます!」


 そうして頭を下げ下を向きながら俺の方をチラッと見るとウインクして寄越した。


時間は既に11時を回ろうとしているが、内藤さんはいよいよ問題の議題に入る。


「では、次の議題に移りたいと思います、お手元の二つ目の資料をご覧ください」


その資料に書いてあるタイトルを見て、お偉いさんたちがざわついた。


『投資番組「ここだけ無礼講」におけるネット上の炎上騒動について』


「さて現在進行形の事案です。炎上が始まってまだ1日ですが社のイメージ低下にならぬよう早急に解決する必要がある案件となります」


 うう、ついにやってきた。

 今まで調子よく偉そうにプレゼンをしていた俺だが、今度は地の底に落とされる番だ。そう思った俺は肩をすくめて小さくなりながら脂汗をかき出す。


「ここにいる北村君は炎上している本人で、騒動の中心人物ですが、ここで炎上の切っ掛けとなったもう一人をお呼びしたいと思います」


「え?」


 そんな奴がいるのか?

 誰だ?


「あー、君、彼を呼んできてくれるかい」

「かしこまりました」


 内藤さんは美人秘書的な女性社員に声をかけると、女性は誰かを呼びに行った。


 俺は自分がネット上で炎上しているのは知っている。

 それは俺が『老害は去れ』という辛辣なコメントを番組内で書いたからだ。


 その責任を取り辞職になったり、多額の損害賠償といった事態を恐れていたのだが、原因が別にあるのか?

一体誰を呼びに行ったんだ?


 忠司ら3人は、複雑な表情を見せている。


 不安に思って口をパクパクさせていると隣にいる内藤さんが俺を見てニヤリと笑みを浮かべ、暫くして女性社員が戻ってきた。


「お待たせしました、お入りください」

「失礼します、神代、恭一です……」


 突然現れたのは、先日の小旅行で日本酒勝負の決着がまだついてない神代だった。


「じゃあ、神代君は、北村君の隣に座ってください。あ、椅子いっこ用意してー」


 俺を見てニヤリと笑い続ける魔人内藤と、頭に盛大なクエスチョンマークを浮かべながら入ってきて、窓側に座る面々にビビりまくる神代。


 これから何が起きるのかまったく想像ができないでいる。

 そんな炎上裁判が始まるのであった。

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