第32話 魔人暗躍

 翌日、俺は背広を着て都心にある本社へ出社した。


 俺は普段、基本的には八王子の検品工場へ出社していて、正社員としては中途採用なので本社ビルでの入社式などは経験したことが無く、本社に来るのは実質2回目。

 以前、内藤さんと本社ビル前で撮影をしたことがある位なのだ。


「「「おはよー」」」

「おー、おはっす」


 朝8時半にビルの入り口で待ち合わせし、忠司、裕也、大智が既に集まっていた。

 大企業の巨大なオフィスビルにビビって立ち尽くす4人。


 普段は八王子検品工場へ出勤する俺でも一応は正社員なので社員証は持っている。

 しかし外の3人はただの作業員バイトなので来訪者名簿に記帳するため、受付嬢の居るフロントに向かい、内藤さんとのアポイントメントの確認を取ってもらう。


「人事部の北村です、今日は人事部の内藤との打ち合わせで作業員3名を連れてきたんですけど、入館証をいただきたいのですが」


「はい、お早うございます。では、皆さんこちらにご記入ください」

「「「は、はい……」」」


 超美人な受付嬢の丁寧な対応。

 3人は緊張した面持ちで名前や部署名を記入し入館証を受け取り首から下げた。


「「「ありがとうございました」」」

「うし、じゃあ人事部のオフィス行こうか」

「おう……」


 俺達4人はエレベーターに乗り込み人事部のオフィスまで向かう。


 ここで、この会社の事を説明しておこう。

 株式会社サイテック、日本国内にある上場企業。


 生産品はコンピュータやゲーム機の生産といったIOT関連は元より、通信インフラから音楽芸能映画メディア、ロボット開発や自動車の部品製造など、その事業内容は多岐にわたり全世界には複数の支社を持つ。

 全社員数は30万人ともいわれ末端の忠司たちの様な作業員まで入れると50万とも言われ、その家族や関係者も含めば100万規模にもなる世界でも有数の大企業だ。


 俺達が通う八王子検品工場にはこの大企業で作られる様々な部品が届く。

 コンピュータ基盤、ロボットパーツ、自動車の比較的小さな部品などで特に壊れやすい箇所などがしっかりできているか、最後に人の手と目によってチェックするという、企業としての信用にかかわる大事な作業を行っている。


 古くはこの企業、商品の歩留まりが悪く一定期間で壊れる商品が多発したせいで、サイテックタイマーなど揶揄されることも多かったが、検品に力を入れることで歩留まりを上げ、世界から信用を取り戻したという経緯がある。


 俺達は人事部のオフィスへ到着し、内藤さんを探すと応接室で待つよう言われた。


「さ、サイテリジェンスとは違って、こっちは真面目な企業って感じだなぁ」

「北村お前凄いな、俺こんなデカい会社来たことないわ……」


 流石の忠司たちも少しビビってる様子が伺える。

 暫く待っていると、内藤さんがやってきた。


「みんなお早う! 早速打ち合わせをしたいから会議室行こう」

「「「「お早うございます、はい」」」」


 そうして、ぞろぞろと付いていく。

 内藤さんはいつもの魔人テンションではなくビジネスマンといった印象。

 俺まで少し緊張してしまうが、恐らくそれはオフィスフロアの廊下なのに、床が絨毯敷で、履きなれない革靴では少しフカフカするためだろう。


「で、だ!」


 内藤さんは会議室に着くと、席について突然話し出した。


「今日は、お偉いさん達の前で話してもらいたいことが幾つかある……あー、それとー、昨日北村がテレビ出演を果たし、現在ネットでは大炎上中なんだが……」


「え? 炎上!? 俺が!?」

「フフフ北村、お前、今、超面白い事になってるんだぞ!?」

「え、ちょっと待ってください、俺そんなの知りませんよ!?」


 またこの人の悪だくみが始まった気がする……。


「ワハハハ、他の皆は知ってるよな?」

「「「は、はい……」」」

「えええ!?」


「彼女も心配して俺に電話よこしたくらいだぞ?」

「ええええええ!? 理香子も知ってるんですか!?」

「まぁ、放送が昨日の今日だ、まだ炎上は始まったばかりだがな」

「内藤さん、大丈夫って言ってたじゃないですか!」

「うん、大丈夫だと思うぞ?」

「思うって……」


「そこでだな、会社として早々にその問題の解決を行わなければならない」

「はい、で、でも、俺あんな回答書いてないんですが……」

「ん、それは分かってるから大丈夫だ、心配すんな北村。問題はそこじゃない」


 そこじゃないって、会社の看板背負ってテレビ出て即日炎上とかシャレにならん。


「それとは別にもう一つ議題がある。今、会社の雇用形態に一つ議題が上がっていてな。北村、お前が言い出した知り合いを紹介したら給料上がるって制度だ。あれを会社として正式に採用したらどうかという話が出ている」


「え!?」

「今日はお偉いさんの前で、それについてのプレゼンをしてもらいたいんだ」

「あ、だから俺達が呼ばれたんですか」


「うん? そうだぞ? こないだ食堂で言わなかったか? なんで呼ばれたと思ってた?」

「いや、弘樹がテレビで炎上したから、俺達全員で責任取るとか……」

「ん? あんなのは俺が、おっと……うん。それじゃないから心配するな! ワハハハ」


 う、うーん、この期に及んでこの魔人はまだ何か企んでいる……。


「で、まず一つ目だが、北村の炎上をどうやって止めたらいいと思う? 上層部を説得できそうな案は無いか?」


全員が目を合わせて考え、裕也が恐る恐る答える。


「やっぱり、しゃ、謝罪とか、ですかね……?」

「うーん、惜しいな!」


惜しいってなんだよ!?


「お前はどうだ、北村」

「え、あ、はい……」


炎上の元をただせば、俺が会社の看板背負って出たテレビ番組で、老害は去れというコメントを書いたからだ。番組内ではその内容の本質を語り問題自体は大ごとにならずに済んだが、ネットではその怒りが収まらなかったって事なんだろう。

 だとすると、やっぱり……俺、終わった。


「やっぱり謝罪して訂正、それと会社は俺に何らかの処分が普通だと……」

「うーん、お前も惜しい!」


 おい、魔人!

 惜しいってなんなんだよ!


「まぁお前は炎上を今知ったんだろうし、お前が知らない事もあるからな」

「知らない事が有るんですか……」


 なんで、そこを教えてくれないんだ、この人は……。


「うん。そして二つ目なんだが……」


 内藤さんは何かを匂わせるような発言をすると、早々に話題を変えてしまった。


「皆はどうだ? 自分を紹介した奴の給料が上がっていくってのは嫌じゃないか?」

「そんな事全然ないっすよ! むしろ仕事紹介してもらって凄い助かったっす!」


 大智がニコニコしながら答えたところを見て内藤さんは他の意見を探す。


「なるほど! 助かったか! いいな! 他になんか意見あるか?」

「俺は、日本全体がそういう仕組みになれば凄い事になるなとか考えてました」


 裕也が凄い事を言い出した。


 俺は、自分の給料を上げたいがために出した自己中心的なアイディアだったつもりなのだが、以前皆に謝ろうと聞いた時、そんな事は気にする事ですら無いという反応で驚いた事があった。


「そうかそうか! なるほどなー!」


内藤さんはみんなの意見を聞いて、時間を気にしながら納得している。


「まだ会議まで40分くらいある。俺はちょっと会議の段取りがあるから先に行くけど、10分くらい前になったら誰か呼びにこさせるから、ここで話し合っていてくれ」


「あ、はい、わかりました」

「じゃあとりあえず資料とか目を通しておいてくれ。ホワイトボードとか使っていいし、そこのコーヒーは自由に飲んでい良いからな、じゃよろしく!」


 そういうと、内藤さんは、そそくさと会議室を後にしていった。





「おっはよー神代君!」

「いつまで待たせるんですか、内藤さん……」


 そこは同じフロアの別の会議室。


「で、今日はなんですか?」

「うん、神代君は会社に来る前からネットの有名人だったよね?」

「はい、まぁ」


「じゃあ、知らない事はないと思うんだけど念のため聞いておきたいんだ」

「何をですか?」

「いま、北村君が炎上してる事は知ってるかい?」


 ほら来た。やっぱその件で呼ばれたんだろうと思ってた。

 恐らくこの人は、この俺様に、あいつの火消しを頼みたいとかそんな事だろう。


「あー、はい、私の有料サロンでもかなり話題になってますし、知ってます」

「そりゃ知ってるよな! アハハハ」


「じゃ、どうやったら火消しできると思う? なんかいい案ないかね?」

「そりゃ謝罪会見とか開いて、北村を解雇するとかが妥当なんじゃないですか」

「うーん君はしらないのかい? 何気に北村君を支持してる人も結構いるんだよ、そこで会社がトカゲのしっぽ切りみたいな事をするのもあまりねぇ……」


「そうですか、じゃあ、自主退職させればいいじゃないですか」

「そうか、君はそう考えるんだね!」


 まぁ、内藤がこれから可愛がっていこうと思ってた奴が突然炎上だ。

 首を切るのも忍びないのは分かるが、そこは俺の席だったはずだ。

 北村には悪いが退いてもらうしかないな。


「そこでだ……ちょっと、この資料見てもらえるか?」

「はい」


その資料にはこう書いてあった。


『調査報告書』

『炎上の原因となった大元をたどる調査で判明したことは以下の発言が発端だと思われる』


『出典:神代恭一有料オンラインサロンにて主催者の発言と思われるコメント』


『その人は近々、とある番組の収録があるらしいが、それは私が出るはずだった番組だ。その人は裏で画策し私の出演を奪ったようだ。みんなはこれをどう思う?』


『以降神代と思われる発言は確認できず。上記発言の対象を北村弘樹と勘違いしたユーザーが発生し、その後炎上、オンラインサロンから情報が漏洩し、大手掲示板を経て炎上したという経緯があるようです。以下、タイムライン資料……』


「これは神代君だよね?」

「こ、これ!? あ、いえ。あ、はい、私です……」

「それじゃ、このとある人って北村君の事?」


「い、いえ違います! 別のネット配信者の事なんですが、名誉棄損にもなりかねないので名前は出せずこう書いたんです……」


「そうだったのか……それは誰?」

「すみません、名前は言えません……」

「じゃあ、出演予定の番組って?」

「それも、個人的な活動の範囲なので……ネット番組とかです」


「そうかぁ、でもこの後、北村君が炎上したんだよなぁ」

「そ、それは私のせいじゃ……」

「うん、そうだね、君が悪いわけじゃないよな、さてどうしたものか……」


 くっそ、この野郎。カンが良いにもほどがあるぞ。

 というか調査報告書って、こいつ何してやがった?

 俺を調べてたってのか?

 しかし、俺に落ち度はないはずだ。

 ネットが勝手に勘違いして北村が勝手に炎上しただけだ。


「私はね、この君の発言が全ての出所だと思ったんだよ。これ見つけるのも大変だったんだけどね」


「ま、まぁ、確かにそんな感じみたいですね、でも私は何も」


「うん、そうだねぇ、それで困ってるんだよねぇ。まぁ、とりあえず私は今からちょっと準備があるので神代君、君はここで少し待っててくれないか?」


「はぁ、準備って何か忙しいんですか? 手伝いますよ?」


「本当かい! そりゃ助かる! 30分くらいしたら誰かを呼びに来させるから、そしたら少し手伝ってもらいたいことが有るんだけどいいかい!?」


「はい、分かりました。それまでここで待ってればいいですか?」

「うん、そうしてくれると助かる! じゃ後でよろしく!」


 そういうと内藤は忙しそうに会議室を後にした。

 俺も少し考えたいことがあるしな。

 北村の炎上が俺の責任ではない事は内藤も分かってるようだ。


 ただ北村を追い込むには、俺が炎上の火消しに回らずに済む方法が必要だ。

さて、どうするか。


 それにあの報告書……内藤はどこまで知ってるんだ?


 このあと会議が有ることを知らされていない神代を含め、様々な思惑と内藤の策略が交差し始めた。


こうして大企業サイテックの上層部との会議が始まるのだった。

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