第30話 2400万

 ついにその日が来てしまった。

 いよいよ俺がテレビデビューする日。


 俺は普段通り出社して午前の作業を終えたところだ。

 今日は弘樹と彩は休みなので、俺と理香子、忠司、大智が社食で集まっていた。


「弘樹、テレビ今日だろ? なんて番組だっけか」


 450円のカツ丼を頬張りながら聞いてくる忠司。


「う、やっぱ見るのか?」

「そりゃそうだろ」


 ニヤニヤとしながら、番組名を聞いてくる。


「うう、7チャンの9時、ここだけ無礼講って番組」


「なぁなぁ、みんなで集まって見ねぇ?」

「あ、それ面白いかも!」

「うううう、や、やめてくれ……」

「アハハ……」


 忠司がとんでもない事を言い出して大智が便乗し、理香子は苦笑いする。


 当然、俺の勇者モードは理香子以外知らない。

 あんなパペットマンみたいに別人に作り替えられた俺が、テレビで偉そうなことを言ってる番組をみんな揃って見るなんて、そんなの俺の公開処刑じゃないか。


「じゃ、今日は誰かの家に集まって見ようぜ」

「いいね! どこにする?」

「弘樹の家はだめか?」


 もう、忠司と大智はノリノリだ。


「俺んちテレビないよ」

「はぁ!? マジ? お前それでテレビでたの!?」

「悪いか!」

「じゃ、うち来る? うち広いから大丈夫だぞ」


 大智が自分の家に誘う。

 この大智という奴、手先が器用で歩留まりもとびぬけて高いお調子者だ。

 しかし知り合って半年以上も経ってるのに、あまり自分を語らない謎の多い奴である。実家暮らしとは聞いているが、突然5人もお邪魔して大丈夫なのだろうか。


「おし! じゃ今日終わったら裕也と彩呼んでみんなで大智の家に集まろう」

「大智君の家初めてだ!」

「はぁぁ、もうどうにでもしてくれ」


 そうして今日の夜は大智の家で俺のテレビデビュー観戦を全員ですることになった。





「え!? これ大智君の家?」


 大智の家はいつもの乗り合いバス停からそう遠くない場所にあった。

 バス停で裕也と彩と待ち合わせをして、全員で大智の家へ向かう。

 しかし、ついてみると予想を超える展開が。


「お、おま、ボンか? ボンボンだったのか!?」


 忠司がストレートに驚いている。


「そ、そういう訳じゃないけど、親が金持ちってだけだよ……」


 門から玄関まで30mくらいだろうか。

 ここはそれなりに高級住宅街だ、俺はその端にあるワンルームに住んでいるが、この住宅はここが高級住宅街と呼ばれる理由になっている建物の一つだった。

 全員で、ぞろぞろと庭を歩き立派な松の木を回り込んで奥にある家に入っていく。


 大きな和風一軒家の母屋とは別に敷地の反対側にある、2階建てのペントハウスの様な別の建物に着き、中へと案内されリビングに通された。


「大智、お前んち凄いな!」

「テレビでっか!」


 リビングは18畳くらいはあるだろうか。

 天井は吹き抜けで正面の大きな窓ガラスには立派な日本庭園とプールの隅が見える。応接セットには大智が持ってきてくれたコーヒーやお茶菓子が置かれ、正面の壁には100インチはありそうなテレビが張り付いている。


「まぁ、楽にしてよ。テレビつけるね、放送始まるまでは適当にしてよう」


 大智がそういってテレビをつけるとコマーシャルが流れ始めたがまるで映画館だ。

 6人は応接間のソファーに座り、キョロキョロしたり、雑談をはじめる。


「ふぅぅぅ」

「弘樹君大丈夫?」

「ああ、うん、ちょっと緊張してきた」


 放送時間が近づき緊張に耐えていると理香子が気を使ってくれた。

 注文したピザが届き6人でワイワイとしているといよいよ放送時間となった。


『言いたい邦題!週刊!ここだけ無礼講!』


 テレビ番組が始まり冒頭の説明ナレーションが流れる。

 超ドキドキする。


「あ! いま一瞬写った!?」


 彩が声を上げる。

 司会のアップダウンが番組の紹介をはじめ、ついに俺の紹介になった。


『今週から初登場!株式会社サイテック広報課、北村弘樹さんです!』

「うっ!」


「ぎゃははははははははは!」

「ええええええあれ、弘樹!?」

「あははははは! 誰だよ! あれ、誰だよ!!」

「ひ、弘樹、お前凄いな……」


 俺と理香子は恥ずかしくて画面を見れていない。

 司会の二人が巧みな話術とテンポのいいトークで、会場を賑わす様子が流れる。


「弘樹どこだ? 出てる? 似てるやつは居るが弘樹が居ない!」

「アハハハハハ!」

「わはははは」

「凄いな司会者! 面白いなぁ」


「りかこーたすけてくれー!」

「弘樹君かっこいいよ! 大丈夫!」


「あーそうだねー、弘樹には見えないけど、ちゃんとイケメンじゃん!」

「ちゃんと喋れてるじゃん! 弘樹みたいなやつ!」

「プッ!ワハハハハハハ!」

「凄い緊張してるな……」

「あーもう、好きなだけ笑ってくれ!」


 冒頭で大爆笑をしている全員。

 まぁ、身内の反応なんてこんなもんなんだろう。


 そうして、番組が進行し最初のテーマが放送される。

 高齢者のアクセルとブレーキの踏み間違いというテーマについて、出演者が議論やアイディアを交わすコーナーが来た。司会者がコメントをオープンする。


『一斉にどうぞ!』


 魔人に書き換えられたと思われる問題のシーンだ。


「は!? 弘樹、お前……!?」

「え?」

「えっと、これは……大丈夫なのか?」


 老害は消えろ、という辛辣な俺の回答が表示されると、案の定みんなも驚く。

 たぶん、今頃テレビ局はクレームの電話なりっぱなしなんだろうな。

 俺、終わったかもしれん……でもこいつらだけには説明しないと。


「こ、これな、たぶん内藤さんが書き換えたんだよ、本人は違うって言ってたけど」

「そ、そっか、お前がこんな事いう訳無いもんな……」

「でもこんな回答にされたら弘樹が……あのゴリラめ!」

「弘樹君、これ、たぶん、内藤さんじゃないよ……」

「え?」


 理香子が突然そう言いだした。


「私から言っていいのか分からないけど、たぶん違う」


 それを聞いて彩も何かに気が付いたように理香子と顔を合わす。


「え? 何? 理香子、内藤さんじゃないってどういう……?」


 次の瞬間俺の携帯が鳴った。


「弘樹! お前見てるか! ぎゃはははははは」

「あ、お疲れ様です、今皆で見てます、これ本当に大丈夫なんですか?」

「今な、放送局にいるんだが反響凄いぞ! 電話なりっぱなしだ! ワハハハハハ」


 突然鳴り出す電話に理香子が不思議がる。


「え、誰?」

「うん、内藤さんからの電話」


「内藤さん、これ流れちゃって俺大丈夫なんですか?」

「うん!? まぁ、みてろって! ちゃんと見てるんならいいんだ、じゃあな!」

「あ! 内藤さん!」


 魔人はそれだけ確認すると電話を切った。

 それから暫く、全員で番組を眺める。


 俺の説明は一切カットされていなかった。

 相乗送迎資格や政府公認ヒッチハイク可能車両のアイディアが語られていく。

 それを語る俺は、とても凛々しく説得力があり、真面目に考えているからこそ出した、意図的な回答だという意思と、日本を憂う必死さが伝わってくる。


 もし初期回答にインパクトが無く、当たり障りのない文字であれば聞き流されてしまうかもしれない。いきなり初登場の無名の人物が、物議を醸す衝撃的な回答をしたからこそ、視聴者は怒りや不安と共に、俺の話に耳を貸したのだった。


「弘樹、あんた凄いね……」

「ああ、納得しちゃったよ俺」

「うーん、でも高齢者を敵に回したんじゃないかずっと不安だったんだよ」


「うん、まぁ、言葉が言葉だけにね、多少はしょうがないでしょ」


「今の時代問題提起するならこのくらい言わないと誰も耳を貸さないだろ」

「うん、激しい言葉だからみんな真剣に考えると思う」


「オマエスゲーな、ある意味人生賭けてる回答だったと思うぞ」

「みんな、ありがとう」


 そして番組はさらに進み、ベーシックインカムがテーマの話題になる。

 俺は何も語れず、理香子とだまって番組を眺めていた。


「これって、俺たちの事だよな……」

「今だからこそ全員がちょっとだけ働くって、俺達はマジそれで救われたんだ」

「うん、私たちもベーシックインカム入ってクラブ入り浸ってたしね」


 そうして、皆は気づいてくれた事を思い出したようだ。


「最初の回答見た時、これも少し心配だったんだけどこれなら……」

「高齢者はもうゆっくり休んでいいって、なんで誰も気づかなかったんだろうな」

「番組見た人に伝わるといいね弘樹君」


 色々なテーマで語られた、俺の初めてのテレビ出演が終わりCMが流れ始めた。

 皆が言葉を失って、驚いたような表情で俺を見ている。

 そうしていると理香子が突然。


「弘樹君! お疲れ!」

「お、おお! お疲れ! お前凄いよ!」

「いやー、なんか感動した俺」

「うん、あんた今日ヒーローかもね! 出演者で一番インパクトあった!」

「俺は最後まで弘樹には見えなかったけどな、でも面白かったよ!」

「みんな有難う……」


 全員でピザを食べながら余韻に浸り、番組で取り上げられたテーマについてしばらく色々語り合っている。

番組が終わって10分も経たないうちに、また俺の携帯が鳴った。


「おう! お疲れ、どうだった?」

「あ、内藤さん。疲れましたよほんと。でも良かったです」

「そうか、大丈夫だっつったろ! それよりな、お前ちょっと聞け、凄いぞ!」


 そうして、内藤さんはとんでもない事を告げ、俺は思わず声を上げた。


「えええ!? 22%!?」

「え!?」

「ん、何が?」

「は?」

「マジ!??」


 皆も察したのか、驚いている。


「そうだ! 番組冒頭、お前の老害コメントの時の瞬間最高視聴率が22%だ! ワハハハハ! その後の平均も19%、素人のお前がこれって凄い事だぞ!」


 俺は飛びそうな意識で左脳を使って瞬時に考える。

 えっと、全国放送だから日本人全体、1億2千万人の22%は2400万人……。


 この番組を全国2400万人が見ていたという事になる。


「に、にせんよんひゃくまんにんが、みたってことですか?」

「そうだ! ワハハハハ、来週も楽しみだな!」

「……」


「そうだ、明日は社長や専務と会議だからな! 遅刻すんなよ! お前の友達にも言っとけよ! じゃー今日はご苦労さん! 今日は怯えて寝ろ! ワハハハハ! じゃあな!」


「……」

「弘樹……あんた」

「2400万人って……弘樹君?」

「……」


「弘樹?」

「北村?」

「おおーい! 北村!?」


俺はスマホを耳に当てたまま、白目を向いて気を失ってしまったのだった。

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