第12話 大魔王の休日


 理香子と付き合う事になった翌日。


 朝7時という時間にもかかわらず、初夏というには朝っぱらからうだる様な熱い日、今日は5人を連れて出社し、面接会場へと案内することになっている。


 俺はささっと身支度を整えてスマホを手に取り、グループ登録されている全員にメッセージを送る。


『みんな遅刻すんなよ! 一応面接だし小奇麗な恰好で30分後に集合な!』


 そう書いて、事前に知らせていた待ち合わせ場所に、念のため、地図に印をつけた画像を送信すると、数人から即返事が返ってきた。


『おはー、了解っすー、今日はよろしく!』

『お早う、着ていく服だけど、スーツの方がいいかな?』

『おはようございます。わかりました、今日はよろしくお願いします』


 剣士っぽいイケメン裕也が着ていく服の心配をしているようだった。


『綺麗な恰好なら普段着でいいよ、工場作業の仕事だし固くなることないぞ』

『わかった、じゃ今日はよろしくなー』


 これから起きるであろう面接や、会社の説明をしていると集合時間が近づいてきたので、俺は小さなバッグを手に取り家を出た。

自転車で乗り合いバスの乗り場に付くと、全員が揃っていて俺に声をかけてきた。


「今日はよろー!」

「うっす」

「あ、お……おはよう」

「お早うございます」

「ふあー、はよー」


 俺は近くの駐輪場にチャリをとめて戻ってくると、このメンバーがこんな朝っぱらからそろったことなど無い光景を見て、なんか新鮮な気分になった。

 しゃきっとした感じの裕也と、テキトーな感じの大智、ふわっとした感じの理香子に、やたら決めてきた彩、俺はまだ眠そうな忠司に声をかける。


「眠そうじゃん、ちゃんと眠れた?」

「ああ、寝たは寝たけど、こんな朝に起きるの久しぶりだからまだ眠いわ」

「まぁ、バスで45分くらい掛かるから、バスで寝とき。みんな履歴書持ってきたよね?」

「大丈夫です」

「うーい」

「はーい」


 理香子と彩はなんか楽しそうにしているし、大智と裕也も楽しそうだ。

 なんというか、遠足の早朝に集合している高校生の引率になった気分だ。


 そうこうしているうちに、ロケバスっぽい感じの車が到着し、作業員や出勤する他の人たちが既に数人乗っている車内に全員が乗り込むと、理香子は自然に隣の席に座ってきた。


 まだ非公開ではあるが、前日に付き合う事になったため、すこしムズムズする。


 この座り順でいいのかと思い、目で忠司を探すと、忠司は別に気にする事も無く彩の隣でうとうとしている。

 理香子はというと、小奇麗な恰好というより、オシャレをして来た様な格好だ。


 これはデートじゃないぞ理香子。


「弘樹君、これからよろしくね!」


 理香子は俺だけに聞こえるような小声でそういった。


 恐らく今日の面接の話だけではなく、色々な意味を含むよろしくだと思った。

 遠足バスの様な気分だが数人いる他の社員もいる手前、みな静かに朝の雑談をしているようだった。


 数か所に止まりながら20人くらいに増えた社員たちは、作業場の大きな駐車場にバスが入ると、全員が重い足取りでバスを降りる。ただ、うちらのメンバーはどうにも遠足気分のようだ。


「でかっ!」


 5階建てほどの高さがある実質2階建ての作業棟を目にして、小さな作業場を想像していたであろう大智が声を上げる。


「じゃ、みんな、事務室行こうか」


 普段はこのまま更衣室へ向かい着替えた後、作業場で朝礼を行って作業を始めるのだが、今日は全員を先に事務室へ送り届ける手はずになっている。

 俺は5人をつれ事務室へと向かうと、みんなを廊下に待たせて俺だけ入る。


「お早うございます、みんなを連れてきました」

「北村君お早うございます、今日はよろしくお願いします」


「外で待ってもらってます、私はこの後朝礼へ向かいますが後大丈夫ですか?」


「この後皆さんを面接しまして、色々工場内などを見てもらいながら説明しようと思います。たぶん、お昼頃には全員を連れて社員食堂へ行きますので、そちらで合流しましょう」


 ん?

 就職決まったわけでもないのに工場内の案内が予定に入っている。

 もう面接なんかただの段取りの一つで、全員が就職確定してるような素振りだ。

 やはり、会社としては人が足りなくて、思っているよりカツカツなんだろう。


「わかりました、では後はよろしくお願いします」


 俺はそういうと廊下で待つ全員と入れ違いに更衣室へ向かった。





 いつもと変わらない検品作業。


 午前中はだいたい、中ボスクラスの睡魔に襲われるのだが、今日は中ボスもお休みの様だった。というのも、みんなの事が気になってそれどころではなかったからだ。


 空調の聞いた、静かな眠気を誘う音楽がうっすら聞こえる作業場で、ひたすら何に使うか分からない機器の検品をしていると、お昼を知らせる館内音が鳴り響く。


「ふあー、メシだメシー」


 数人の作業員が背伸びしながら社員食堂へ向かいだし、俺も後に続いて廊下を歩く。食堂へ着くと上司の堀川さんと5人が、10人は座れるであろう大きなテーブルを囲んで飯を食っていた。


「お疲れー」

「あ、弘樹君!お疲れ様です」


 俺を見かけた忠司と理香子が遠目に声をかけてきた。

 なんか機嫌がよさそうだ。


 俺は450円のハンバーグ定食を乗せたトレイを両手に持ちながら全員がいるテーブルへ向かい、しれっと理香子の隣に座ると、一緒にお昼ご飯を食べていた上司の堀川さんが言う。


「北村君、お疲れ様です」

「面接どうでした?」

「はい、皆さん働いてくれることになりました」


「おお、良かった!」

「この会社すごいな! 給料もいいし作業環境も完璧だし! 社食も聞いてた通り安くて旨いし!」

「なー、いい会社紹介してくれて助かったわ!」


 忠司と裕也が少し興奮気味に話す。

 そうしてみんなと飯を食いながら雑談をする。


「この後どうするんです?」


「皆さんに制服を支給したり更衣室やロッカーなんかを案内しますが、帰りのバスが夕方までないので、そのあとは作業場の見学などをしてもらおうと思っています」


「なるほど、じゃあ帰りも一緒になるんですね」


 堀川さんが、この後の予定を教えてくれた。


「それで、北村君。お昼の後私の事務所へ来てもらえますか、午後の作業は少し遅れますが、私の方から北村君の作業監督には伝えておきますので」


 これで全員の就職が確定したという事になるが、こうなると十中八九、以前取り交わした俺との契約についての話し合いだろう。

 というのも、俺には5人には言えない裏の話がある訳だ。


「わかりました」

「ではお先に」


 そういうと、280円のざるそばを早々に食べ終えた堀川さんは席を立つ。

 残った6人で部署配置の予想や実際の作業内容、これからの事なんかを談笑していたが、俺は事務室へ向かうべく昼休みが終わる少し前に先に席を立つことにした。


「俺たちはこの後、別の人に工場内とか案内される予定みたいだから、夕方またな」

「おう、じゃまたなー、みんな就職おめでとー」


 そう言い残して社食を出ると、給料が上がることや、気の知れた仲間が同じ職場に入る事でウキウキ気分の俺は、スキップしたい感情を抑えつつ事務室へ向かった。

そうして少し浮かれ気分で事務室へ着き、軽くノックをしてドアを開けるとそこには堀川さんと……知らないオッサンが座っていた。


「お疲れ様です北村君」


 するとオッサンは、堀川さんの挨拶を遮るようにささっと立ち上がると、スーツの内側から瞬時に名詞を渡してきた。


「初めまして、人事部の内藤です」


「あ、はい、はじめまして、北村と申します」


 名詞を見てみると、名前の上には何やら色々な肩書が書いてあった。


『株式会社サイテックCEO』

『株式会社サイテック人事部 部長』

『株式会社サイテリジェンス代表取締役社長』

『株式会社サイテリジェンス企画室 室長』


 堀川さんなんか目じゃないくらいの、超お偉いさんだった。

 名詞に目を通して、固まる俺。


「う……はっ、はい、よろしくお願いします!」

「じゃあ、北村君そこへ座って下さい」


「いやー、君が5人を連れてきた北村君だね、本当に助かったよ。人員不足は急務だったんでね、ワハハハ」


 この人オーラがすげぇ。


 身長190以上はありそうなゴツイ体格で、見るからにやり手と言う様なパリッとした高級そうなスーツを完璧に着こなし、腕にはゴツイ金ぴか腕時計とジャラジャラした数珠を完全武装。

 少し日焼けをした褐色の顔は、一般人にはない威圧感を持ち、怒らせたら絶対怖そう、というか、切れたら相手をドラム缶東京湾クルーズにご招待しそうな気配が漂っている。

 そんな内藤さんが、座る早々突然声をかけてきた。


「君、俺の所に来ないか?」


「は、はい!?」


「内藤さんはうちの会社の人事を一手に引き受けてる方で、北村君の話をしたらね、君を引き抜きたいと仰ったんだ」


「ええ、いや、えっと……あははは」


 愛想笑いしかできない。


「いやーワハハハ、突然過ぎて悪いか!順を追って話そう」


 突然の話で固まって、返事もまともにできない俺を他所に、やたらデカい声で、俺を引抜こうと思った理由や、給料の話などをガンガン進めてくる。


 内藤さんの話をまとめるとこうだ。


 人員が急に辞めて会社が困りまくっていた矢先、堀川さんから聞いた、アイディアを持ち掛けてきた人物の意気込みに感動し、俺という人物に興味が沸いたらしい。

 その結果、僅かひと月ほどで5人連れてきたその手腕や行動力、今まで無遅刻無欠勤だった誠実さ、俺の作業した部品の歩留まりが、他の作業人に比べて高かった能力などを考慮し、自分の部下にしたいと思ったらしく、べた褒めされてしまった。


 そして最後に部署変更による待遇が語られた。


 ちなみに、ただのバイトである俺の名詞の肩書は。


『株式会社サイテック八王子工場作業員』


しかし持ち掛けられた正社員の肩書は、早口言葉かと思うほどだった。


『株式会社サイテック人事部 現場作業課 課長補佐』

『株式会社サイテック八王子工場 現場作業監督』

『株式会社サイテリジェンス企画室 広報課』


 このサイテリジェンスは、うちの会社の子会社で内藤さんの会社らしい。新事業なんかを立ち上げる若手社員が多い企画専門の外部企業との事だ。


 さらには、こちらの希望を考慮し工場通勤は週に3日のまま。

 ただし、いわゆる作業員のリーダーとして働くことになる、また、工場を休みの日で都合のつく日はサイテリジェンスへ向かい、新事業立ち上げの企画に参加しながら、人事に関する広報を手伝ってほしいとの事だ。


 そして最後に語られた給料は、月に50万以上を保証する、との事だった。


 ほぼ週3日勤務のまま、きゅ、給料が50万以上……てことは、手取り50万円前後。

 ベーカム入れて手取り、ろきゅじゅうにまんえん……。

 俺はちょっと前まで1カ月の給料は18万、手取り12万のバイトだったんだぞ!?


「あ、う。ええと……、はい、そ、そうですね、どうしよう……」


「だいじょーぶだいじょーぶ! 君は私がサポートするから! どうだい? 悪い話じゃないだろ! 堀川君も言ってたんだよ、君は私のようなやり手だとね! ワハハハ」


 そういうと、内藤さんは隣に座る堀川さんの肩をバンバンたたく。

 細めの堀川さんは、紙人形のように左右にグラグラ揺れている。


「あ、ありがとうございます、でも突然のお話でどうしていいのか」


 本当にどうしたらいいのかわからない。


「持ち帰って検討させていただいてもよろしいでしょうか?」


「ん? そりゃーそうだ、今すぐ答えろなんて言わんよ! ワハハハハ」


「は、はははは、ですよね……」


「それで北村君、以前話していた契約の事なんですが」

「はい、そちらの話は……」


「内藤さんの希望で急にこの話になりましたので、もしこの件を断るという事になった場合に今後の事を相談という事で、とりあえずこちらの件を優先に検討していただければと」


 この人の話を断ったら絶対ヤバいぞ、という堀川さんの必至な表情や視線を感じて、もう俺には選択の余地がない事に気づいてしまった。


「分かりました、よく考えて決めたいと思います」

「そうだな、是非とも、そうしてくれたまえ! ワハハハハ」


なんかとんでもない事になってしまった。


 突然降ってわいた俺の部署移動の提案、しかも5人連れてきて給料が30万くらいになりそうだった俺に、月60万という札束が目の前にぶら下がってきた。しかも勤務日数に大きな変化はない。


 なんておいしい話だとは思うのだが、この内藤という人の第一印象がどうにも恐ろしい。最初は反社かと思った程だ。てか見た目だけなら十分あっち系のお方だ。


 とりあえず事務室での衝撃の展開を抱えたまま、午後の作業に戻った俺は心ここにあらずのまま作業を行う事になってしまった。


 帰りのバスでみんなにこの話を打ち明けるか、恐らくこの後みんなで飲みに行くであろう、その場で打ち明けるべきか、それともまだ黙っておいた方がいいのか。


 俺は、そんな事を色々考えながらでも、ロボットのように淡々と午後の検品作業を進めた。


朝から色々な事があったため、午前の作業中に現れる中ボスは休みだった訳だが、内藤さんの登場で、午後には必ず戦う事になる大魔王もどうやら休日だったようだ。

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