第11話 連続凍結魔法

 反射魔法の後遺症から抜けて数日が経っていた。

 今日は、前日の仕事の疲れが抜けきらない休みの日。


 俺は目が覚めたばかりの為か、変な夢を見ていた。

 ゲームの世界で勇者になっている夢だった。


 そこではパーティーメンバーが居て、みんなで魔王を倒すべく冒険をしていた。

 俺がイケメンで万能な勇者、忠司が力強い盾役の戦士、理香子は明るくやさしい治癒士、彩は美女的で強力な黒魔術師、裕也はスレンダーな速度系の剣士で、大智は小柄なナイフ使いの盗賊。といった感じだった。

 概ね現実の彼らのイメージ通りだったが、なぜか敵は中ボスの風体をした上司の堀川さんだった。


「ふあー……、まぁ、今ならそうなるのか……」


 会社にはもう5人を連れて行くという話をしてある。

 今日はみんなを連れて出社し面接を受けてもらう予定の前日。


 昼過ぎまで寝ていた俺はまだ半分寝ているような感覚で、カーテンの隙間から差し込む日差しに多少のわずらわしさを感じながら、部屋の中で色々考えていた。


 ベーシックインカムが始まって約2カ月。

 彼らとクラブで知り合ってから約1カ月半。

 先日、無料通話アプリに本名を書いていた忠司意外、全員から正しい連絡先を聞くと、みんな俺と比べて1こか2こ下の年齢だった。


 また、住んでいる場所や本名が判明したところ、全員がうちからそう遠くない場所に住んでいた。送迎バスの乗り場も恐らく同じになるだろう。就職が決まれば通勤日にはバス停で皆が顔を合わせることになる。


「全員が面接受かって、仕事が決まるといいなぁ……」


 ゲームのRPGでいう6人パーティは、少々多勢とは言え、会社に入ってしまえば、作業中は基本的にソロ活動の会社なので、昼飯で社食に集まって少し話す程度という感じだろう。


 仲のいい友達と同じ会社に入ると、仲たがいすることになる話はよく聞くがそんな心配はないと思う。ただし送迎バスは毎日修学旅行みたいになるのかな?

 今までのただ寝るだけのバスと違って少し楽しみだ。


 それに、本当に中学生でもできそうな作業だし、実際高校生も通っている職場。

 その上対人スキルも特別必要というわけでもない。

 よほど問題児でもない限り就職は決定だろう。

 俺の知る5人ならまず通ると思ってるが、蓋を開けてみないと何とも言えない。



 そんなことを考えつつ、今日は特に何も予定は入ってないので、のんびり過ごそうと思ってたのだが、やはり勇者はそういう訳にもいかないようだ。


 何気なくスマホを手に取ってみると、10時ころに理香子から着信履歴が3件入っていた。なんだろうと思いながら、チャットで返事のメッセージを送る。


『おはよう、今起きたよ、電話くれたみたいだけど何?』


 瞬時に既読が付くと、3秒で返信が戻ってきて少しチャットすることになった。


『時間が有ったら今から会えないかな?』

『ん、別にいいけど、またなんか相談とか?』

『うん』

『じゃ忠司も一緒って感じ?』

『今日は一人なんだけど、いい?』

『分かったー、じゃ、駅前で2時くらいでいい?』

『うん』

『じゃあとでー』


 一人での相談ってなんだろう、忠司が実は隠れてまだマルチやってるとか?

 明日面接を控えてるから、不安になったとかそういう事か?


 俺的に可愛いタイプの理香子からの相談は、頼りになる男と思われている気がして悪い気はしない。しかし、どう見ても忠司は理香子に気があるようだから、その辺どうなんだろう、とか考えてしまう。


「話って、なんだろう、まぁ行けばわかるか」





 駅前に付くと理香子が待っていた。


「お待たせ~」


「急に呼び出してごめんなさい、来てくれてありがとう」

「じゃ、その辺の喫茶店でも入ろうか」

「はい」


 俺達は、そう大きくない駅の商店街に数店あるうちの、ちょっとおしゃれな感じの喫茶店に入った。

 チェーン店ではないその店は、こだわりのコーヒーが出てくる専門店だ。二人で席へ通されると、落ち着いた店内に漂う芳ばしいコーヒーの香りと、見るからにおいしそうな手作りケーキを注文し、会話を始める。


「で、今日はどうしたの?」


「うん、ちょっと相談というか、聞いてほしい事があってきてもらったの」

「うん、それはいいよ」

「えっと、忠司君の事なんだけど……」


 そういうと、理香子は忠司との事を話し始めた。

 俺は注文したコーヒーを飲みながら、淡々と彼女の話に頷く。

 暫くして二人にケーキが届くと同時に彼女が俺に聞く。


「という事なんだけど、どうしたらいいと思う?」


 ケーキを食べながら、俺は、うーんと考え始める。

 女性特有の遠めな言い回しで説明される、色々な理由や状況を聞きこぼさないよう真剣に聞いていたが、とどのつまり、分かりやすく一言でいうと、こういう事だ。


 忠司からのプッシュがしんどい。


 俺はまた、二人はもうとっくに出来ている可能性も考えていたが、どうやら理香子にはそういう気は無かった様なのである。


 それがここにきて、二人で60万稼げる状況が来て、いよいよ同棲しようみたいな話を持ち掛けられそうで、危機感を感じ始めているという事らしいのだ。


 恐らく、仕事を紹介したことや、少しだけ年上である事が判明し、自分たちのように遊び惚けていない真っ当な社会人だと思われている為に、そんな大人な俺に相談しに来たって訳だ。


 いや俺はそんな大層な人間じゃないよ理香子ちゃん。


「うーん、二人の問題だからなぁ、俺からああしたらいい、こうしたらいいってのは筋が通らない気がするんだけどなぁ……」


 しかし、思いもよらない言葉をかけられ、俺はフリーズすることになる。


「忠司君は昔から頼りになるけど、少し乱暴な所とか、強引な時もあって、ちょっと苦手な部分もあったりしたの。でも……、えっと……、まだ知り合って間もないけど……、弘樹君は頼りにもなるし、優しくて……。んっと……最近ずっと気になってるというか…………」


 理香子は見るからに恥ずかしそうな表情でそんなセリフを吐いてきたので、思わず固まる俺。


 二人は付き合ってるんじゃないの?

 痴話喧嘩しただけとかそういう事なんじゃないの?

 忠司は同棲したいレベルで理香子ちゃんは全くその気が無いって事なの?

 で、それを相談する相手が俺でいいの!?

 その理由は、俺を少し好きになってきてるとかそういう事なの!?


 いやいや、これじゃ俺の計画したパーティメンバーが崩壊しちゃうよ!

 どうしたら?どうしよう?なんて答えればいい?


 俺は、突然の申し出に頭の中がパニックだが、それを見せないようにするために、落ち着いた素振りでケーキを口に運ぶ。しかし内心はケーキどころではない。


 あ、でも、うめぇな、このケーキ。


「あー、うん、はい。あ、えっと、あ、ありがとう。い、いや、そうじゃなくて! リカちゃんは忠司と付き合ってるんじゃないの!?」


「ううん。忠司君がたぶん、私の事好きなんだと思う。でも私はそれに応えられなくて……」


 これはたしかに大問題だ。

 それから暫何もいう事が出来ず二人してフリーズすることになってしまった。


 答えに困って、ちびちび飲んでいたこだわりのコーヒーが、だいぶ冷めてしまうほどに時間がたった後、真っ当な回答かどうかも判断できないまま、俺は切り出した。


「忠司とはちゃんと付き合うって話はしてないの?」

「うん」


「忠司の方はもう付き合ってるつもりなんだと思う?」

「……うん、たぶん。でも告白もされてないし、付き合ってるって感じはないと思う。他のみんなより少し仲が良いって感じ……だと、思う」


「そうかぁ……」


 そこだけははっきりさせておかないと後を引きずる事になりそうなので、確認はしっかりしておく必要が有ると思った。


「じゃあ、今もし忠司が告白して来たらどうする?」


「たぶん断るしかないと思う」

「そっか……」


 じゃあ、これは、なんというか……次の質問次第で今後が大きく変わってしまう事は明白なんだが、もう解決する方法は、俺にはこれしか思いつかない。


「じゃ、じゃあ……今、もし俺が告白したらどうする?」

「え!?……っと……」


 理香子は顔を赤くして下を向いてしまった。

 その様子からして、もう返事は貰ったようなものなのだが、これはこれで困った展開になる。そうして二人ともフリーズしてしまうのであった。


 忠司の気持ちや、これからみんなで同じ職場で和気あいあいを計画してた俺には、とんでもない難問である。


 頭の中はぐるぐると思考を巡らせているが、一向に良い回答が導き出されない。

 数分はたったであろうか。


 テーブルの隅に置かれたお冷の氷が溶けて、カランという音を出して沈んでいく。グラスの周りに着いた水滴は、テーブルに水たまりを作っている。

 しかし、凍結魔法によって凍り付いた二人は一向に溶ける気配がない。


 でも二人がこのまま、いつまでも凍り付いていたってしょうがない!

 痺れを切らした俺はこう切り出した。


「じゃあってのもおかしいけどさ、じゃあ……そうする?」


「え?」


 忠司は理香子を好きなのは間違いないだろう。

 しかし俺の予想では、理香子に幸せになってほしいとも思うはずだ。

 それに忠司は何気に男気が有る。

 そんな奴がちゃんと告白していない事に苦しんでいることは間違いないだろう。


 そこで俺が先にちゃんと告白して、理香子にOKを貰ったとなれば、忠司が怒る筋は通らなくなる。


 忠司の立場では長い片思いに時間をかけて口説くつもりが、横から来た俺に掻っ攫われることになるので、相当つらいだろうが恋愛にそれは付き物だし、時間をかけ過ぎたのは忠司の落ち度だ。

 プライドが高い忠司だけに、それくらいは分かるだろう。


 そうなったら、俺は別に告って無いし理香子が幸せならそれでいい、とふるまうに違いない。

 それに忠司のプライド上、そんなことを理由に職場を辞める理由にはならず、むしろ陰ながら理香子や付き合ってる俺を支える側になる気すらする。


 じゃ、俺はといえば……。


 もともと、男女の下心は無い。

 いや、今となっては、無かった、というのが正しいだろう。


 この1か月半あまり、みんなとワイワイしている間、理香子の明るさやポジティブさは、突如変わったこの異世界の中で戸惑う俺を、何度となく勇気づけてくれていたのも事実だ。それに元々タイプの女の子だ。


 そんな自分なりの理由付けを考えている間、まだ二人のフリーズは続いている。

 これでは男らしくない!


 こんなの突然降ってわいた話だが、もうここは色々含めて俺にとって異世界だ。

 だったら潔く認めてやる。

 そう思い、勇者らしく勇気をもって告げる事にした。


「えーっと……ちゃんと言ったほうがいいか」


 俺はそうつぶやくと、ふーっとため息をついて一呼吸開けた後。


「理香子さん、俺と付き合ってください」


 さっきの話の流れではあるが、突然の告白である。


 それを聞いた理香子はルーレットのように、少し困ったような表情と、少しうれしそうな表情と、少し悩んだ表情を交互に繰り返している。

 そうして暫くすると、最後に少し照れた表情でピタッと止まると。


「は、はい……、こ、こちらこそ、よろしくお願いします」


 と答えた。


 俺は飛び上がるほど嬉しい感情を押し込めて、照れ隠しに別の流れを作る。


「よ、よし! じゃあ、そうなるとやることは決まった!」

「え?」


「全員呼んで二人が付き合う事になったことをちゃんと宣言するぞ!」

「ええええ!?」


理香子は照れていた顔が一瞬で、驚きと困惑の表情に切り替わる。


「忠司はたぶん大丈夫だ、ショックは受けるだろうし俺たちが見てない所で泣くかもしれないが、そんなことで打ちのめされるほど弱い奴じゃないのは俺でも分かる」


 俺は、陰で呼び出されて殴られるくらいは覚悟する必要が有るかもしれないけど、そこは忠司次第だ。

 そもそもいつまでも告白せずに理香子の尻を追っかけていたアイツも悪い。

 それで困っている理香子を見捨てる事も出来ない。

 こうなると、俺のとるべき行動は一つだ。


「ちゃんと付き合って、ちゃんと話をする! それしかない!」


「え、あ……、う、うん、そう……だよね……」


 そう言って少し思いつめた表情をする理香子も、何かに吹っ切れた様子で答える。


「うん、わかった! ありがとう! これからよろしくね! 弘樹君!」


 そう言って、少し困ったように、にっこり笑う理香子はやっぱり可愛い。

 そのあと、数日後に全員の前で打ち明けることにして、雑談や明日の面接の話を少ししてから、理香子は帰って行った。


 その後家に帰った俺は、ふぅ、とため息をついてから、ルーレットのように、ニヤニヤした表情と、考え込む表情と、困った表情を繰り返していた。

 それは、もちろん俺に突然放たれた、凍結魔法の影響に他ならない。


 こうして、人生で初めての彼女が出来たという事の大きさと、数日後には忠司を含めた仲間全員へ、二人の交際を宣言する事を考えると、またフリーズするのだった。

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