第10話 反射魔法

 二人はしばらくうつむいていた。

 マルチの勧誘は一般的に悪い事だと理解しているんだと思う。

 俺はやれやれといった感じで、少し間を開けて話だした。


「最初から一緒にやろうって誘ってくれればよかったのに……」

「え、じゃあ、一緒に……?」

「やらないけどな!」


 俺は間髪入れずにそう答えると、忠司はそりゃそうかといった感じで、またしょぼんとした。


「二人は、金が欲しいんだよな?」

「あ、ああ、まぁそうだな」

「じゃあ、5人とも一緒に前の仕事を辞めたのはなんで?」

「そ、それは……」


 それから二人が前の仕事の事を話してくれた。

 一言でいうとブラック企業だった。以前から不満がたまっていたという事の様だ。


「元々こっちの仕事と両方の収入があったんだけど、ベーシックインカムの金が入るようになったから、二人でこんな会社やめようって話したんだよ」


 それは辞めるべきはマルチの方だろ、と突っ込みたかったが、こいつらにとってはブラック企業の方がしんどかったんだろうな。


「その話したらあいつらも一緒になって、みんなで辞めるって話になったんだ」


 そうだったのか、仕事を辞める話も元をただせば、ベーシックインカムとマルチの合体魔法が悪い方向に働いたのか。


「でも考えなしに辞めた訳じゃないんだろ、じゃあ金は大丈夫なんじゃないか?」


「いや、元々、あっちの仕事では25万くらい稼いでて、こっちの仕事は5万くらいだったんだよ……」


「そっか、それが12万と5万になって収入が減ったから、マルチの方を頑張ることにしたって事か」


「すまん」


 やはり、反省はしてる様だ。


「ほかの新しい仕事に付こうとはしなかったのか?」


「それは……、ベーシックインカムで少しは入ってくるから生活できないってことは無いと思って。それに会社辞めたばっかだし、前の会社ブラックだからそれなりに給料いい方だったんで、それより好待遇な会社なんか滅多にないだろうって思って、正直さがしてなかったって感じだった」


 なるほど。

 でも勘違いしてるぞお前、ブラック企業は圧迫とか使って沢山働かせるが、給料が安いからブラックなんだよ。


 ホワイトに入れば真っ当に給料を貰える会社はいっぱいあるんだぞ?


 まぁそうか、こんな仕事に手出すし、仕事辞めてクラブに入り浸る奴らだもんな、世間知らずっだったてことか。


「てことは元々30万くらいの収入で生活水準を下げたくなかった、てのが俺に持ち掛けた理由だな?」


「ほんとすまん、お前の事はちゃんと友達だと思ってる」


 そうか、30万か。なんというか、ちょうどじゃないか。


 お二人さん!

 マルチを辞めて真っ当に週3日働けば月30万貰える仕事があるんだよ。

 俺は内心ニヤニヤするのを抑えて、こちらの本当の目的を伝える事にする。


「そうだなぁ、んー、最低週3日はどうだ?」


「……え、何が」


 印象付けたかったので、突然結論だけ持ち掛けてみた。

 二人は驚いてキョトンとした様子でこっちを見る。


「この仕事は少なからず罪悪感あるし、以前は週6フルに働いてこの仕事も入れてやっと30万だったんだよな?で、今は17万だと」


「あ、ああ、うん、まぁそうだな」


 忠司はそういうと目をそらした。

 罪悪感はいっぱいの様だ、俺はいよいよ二人を誘う事にした。


「あのさ、この仕事を辞めた上で週3日だけ働けば、合計収入が月30万以上になるかもしれない仕事を紹介できるんだけど、二人は興味ある?」


「え?」

「!?」


 美味しい話を持ち掛けられたことが分かったのか、二人は目を開いてみてくる。

 思ったより食いつきがいいので俺は少し驚いた。


「給料を俺が決めれる訳じゃないから、実際どうなるかはやってみないと分からないけど、仕事は最低週3日だけ。もちろんフルタイムでも働けるしその場合は40万超えると思うぞ」


「そんな旨い話……、ブラックとかじゃないのか?」


「そんな事全然ない。決められた時間そこで作業するだけ。まぁ睡魔との戦いにはなるけど、別にきつい仕事ってわけじゃないよ」


「そ、そうなのか。でも俺達資格とか経験とかないぞ?」


「難しい事なんもしないし、実際に高校生も働いてる職場だよ。ただし、俺の信用にもかかわるから、マルチやってるようないかがわしい奴を紹介はできない。だからマルチからは足を洗うのが俺からの条件。あー、それとたぶん最初に1~2週間の研修期間が有るかもしれない」


 そりゃそうだよな、という表情をしながら悩んでいるような忠司の横で、りかこが突然食いついてきた。


「わたし、この仕事は続けたくない! ひろき君その仕事紹介して!」


 すると、それに呼応するように忠司が言った。


「りかこが、そう言うなら……、俺も一緒にやってもいいかな……」


 ははーん、お兄さんなんか分かっちゃったぞ。


 まぁ、まっすぐなリカコの性格からして、前の会社を辞めると言い出したのもたぶんリカコなんだろう。それにつられてリーダー格の忠司も辞めると決め、残りの3人はこの2人に付いてきたって感じなんだろう。


 つまり、このグループの影のリーダーはリカコだと確信した瞬間だった。


 それに付き合ってるようにも見えていた二人だが、こりゃ、たぶん、忠司の奴が一方的にリカコの事を……。

 俺は少し顔がにやけそうになってしまう。


 しかし、仕事の内容とか何も話してないのに、この食いつきよう。

 たぶん、マルチへの罪悪感は相当なもんだったんだろう。

 やむにやまれずマルチを続けていたが、ブラックじゃない仕事ならさっさとマルチなんか辞めて真っ当に稼ぎたいという気持ちが強かったって事だ。


 なんだ、二人ともやっぱし結構いい奴じゃないか。


「えっと、仕事の内容聞く前に気が早くない?」


 俺は少し笑いながらそう聞くと、会話の主導権が変わってリカコが聞いてきた。


「あ、そうだね、どんなしごとなの?」


俺は仕事の内容を分かり易く誰でもできる作業であることを伝える。


「私でもできる?」

「出来ない人探す方が難しいと思うよ? 集中力は多少いるけど作業自体は中学生でも出来ると思う」

「それで週3日で月30万てほんとか?」


 まぁ、耳障りのいい条件だもんな、冷静に考えれば分かるし、種明かしすれば別に超好待遇ってわけでもないんだが、正直に話すことにしよう。


「たぶんね。実質的には週3日、月18万くらいで、ベーカム入れて30って所だと思う。それに俺の紹介で入るから職場で孤立するみたいなことは無いだろうし、仕事中は他人とかかわることも無くて気楽な職場だよ」


 俺は、思いつく限りの利点を、まくし立てる。


「大企業の子会社だし福利厚生もしっかりしてる、それに通勤は工場までバスが出てるから交通費はかからないし、バスは暇だけど時間合わせれば毎朝顔合わせ出来るから出社も楽しくなると思うよ。それと社員食堂は大体1食400円くらいで超安くて旨いし、上司も話分かる人だし、同僚も気さくな人ばっかだよ」


 リカコからは、一緒に就職しようよ!という、ワクワクしたような目線が忠司に送られている。しかし忠司を見る限りまだ少し迷っているようだ。


なので、ハイ、ここでもう一押し!


「それに、俺をダシにしようとしたバツだ。二人そろって俺の職場に来い!」


 すこしにやけた表情で、忠司へ力強く声をかけると、忠司は俺に目を合わせて。


「分かった、よろしく頼む」


 と、頭を下げて答えた。


 その後は会社の詳細や面接の日程なんかは後日連絡するという話をして、俺たちは談話室を後にした。


 なんというか、突然マルチ商品を売りつけられそうになり、マルチへ勧誘させられそうになり。色々と予想外だったが終わってみれば大成功。


 二人からマルチキャストを食らったわけだが、それをうまく逆手にとって元々の目的である俺の職場への勧誘を、ほぼ達成することができた。


 まさに反射魔法が成功した瞬間だった。


「この後どうする?」

「みんな呼んで、クラブ行こうよ!」


 先ほどまで少し暗かったリカコはすっかり元気を取り戻していた。

 そうして他の3人に電話をして店で合流する事になり、俺たちはいつものクラブへ向かった。


 俺は二人の勧誘にほぼ成功したといっても過言ではない状況に、ミッションの山場を越えた達成感を感じながら、今後上がるであろう俺の給料の上昇を想像して、少しゲスな顔になってしまうのを堪えつつ、全員が合流するクラブへ向かった。





「ちょりーっす!」

「おつかれっすー!」


 爆音の店内で、濃いめのカクテルを飲んでいると、だんだんいつものメンバーが集まってきた。体内のアルコール濃度が少しずつ上がっていくと、テンションも上がり、タガも外れてくるという物。


 罪悪感から解放されたせいか、リカコのテンションはいつもより少し高く、暴走気味なリカコをなだめる忠司、という構図ができあがっていた。


「いえーい、アハハハ!」

「お、おお、いえーい!」

「なんかリカちゃん、今日機嫌よくない?良い事とかあった?」


 合流したアヤが聞いてきた。

 すると、忠司が俺に目線を送ってきた。

 こいつ等にも今日の仕事の話し、しちゃっていいか、という事かなと思った。


 まぁ、いずれこの3人にも切り出そうかと思ってたので、ここはリカコのテンションに便乗することにした。


「今日さ、ここ来る前、二人を俺の会社に誘ったんだよ! そしたら二人ともOKしてくれたんだよ!」


「ええええ、マジぃ!?」


「だから今日は、二人の新しい職場が決まっためでたい日!」

「おおーー!」

「いえーい!」


 そういうと俺たちは、もう何回目か分からないカンパイをする。

 6人でテーブルを囲みながら店内の爆音に負けじと声を荒げて、どんどん盛り上がっていく。


「リカちゃん! ほんと!? どんな仕事なの?」


髪が長めでちょっときれい系なアヤがリカコに話しかけた。


「えーまだなんか良くわかんないけど、簡単な作業で週3日が月30万くらいになる仕事なんだって!」


「ほんとに? その仕事大丈夫なの!?」

「あー大丈夫だよ、俺が今働いてる会社だし全然ホワイト企業だよ」

「まじ!? 俺達にも紹介しろよ!」


 他の二人のユウヤとダイチも加わって仕事の話をすることになり、しばらく5人は俺の職場の仕事の話や、給料の話で盛り上がる事になった。


 3人にはまた機会を見て別のタイミングで職場に誘うつもりだったが、こういうのは勢いが大事だ。


 折しもここは天国か地獄か、轟音響く都会の地の底、悪魔の雄たけびに酔いしれるダンジョンの最下層にある宴会場。


 その勢いに乗っかって、うちの会社のデメリットも多少伝えつつ、メリットをふんだんに盛り込めて話をしていると、忠司が割り込んでくる。


「こいつの会社なら心配することは無い! お前らも一緒に来い!」


 マジか、忠司がこんなノリノリだとは気づいてなかったよ。

 酒か?

 あ、リカコか?リカコなのか……?


 さっき話したばかりで何も知らないはずの忠司やリカコが、何の根拠もないまま、俺や俺の会社をべた褒めするので3人もすっかり乗り気になってしまい、今日1日で一気に5人全員が、近々うちの会社の面接に来ることになってしまった。


 俺は酒の勢いもあって、堀川さんの性格を想定した面接のコツや、実際の作業内容なんかを、少し自慢げに5人にリークしていく。

 こいつらと一緒に働けたら毎日が楽しいだろうな。


 そうして、全員が新しい仕事という希望を持ったためか、いつも以上に酒が進み、暴走気味のテンションで爆音に酔いしれながら夜が更けていった。


 明日が休みで良かった……週3勤務万歳!


 言うまでもなく翌日俺は、反射魔法が暴走した後遺症に悩まされるのだった。

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