第9話 マルチキャスト

 ギルド攻略やダンジョン攻略が終わって半月ほどが経った。


 あれから公園で知り合った大学生達やクラブで知り合った5人に何度か誘われ、飲みに行ったりカラオケ行ったりしていたので、俺は知り合いから友達へ昇格したと感じ始めていた頃。


 その日の午前に襲ってきた中ボスとは違うレベルの、突然襲ってきた大魔王クラスの睡魔と戦い、その勝負にあやうく負けそうになっていた時、作業着の後ろに入ったスマートフォンがぶるぶると振動しだした。


「はっ! す、すみません、トイレ休憩行きまーす!」


 俺は周囲の作業員にそう声をかけると席を立った。


 うちの工場は作業場への電話持ち込みは可能だが、作業中の使用は当然厳禁とされている。

 検品が主な作業のため注意力が落ちれば歩留まりが落ちてしまうため、魔王に負けそうになった場合や緊急の連絡が入った際は、休憩室に行くことが許可されている。


 休憩室へ向かいつつスマホを取り出すと、無料通話アプリの着信履歴に、りかこと表示されていた。


 クラブで知り合った5人組の中に二人いた女の子の、俺的にかわいい方からの着信だった。また飲みに行くのかなと思い、休憩室に付きすぐに折り返し電話をかける。


「もしもし、弘樹です、電話貰ったみたいで折り返したんだけど、どうしたの」


「あ、はい、えっと、今日お仕事ですよね、お仕事終わった後少し会えないかなって思って」


「ほかのみんなは?」

「たぶん忠司君が来ます」


 俺の肩をバンバン叩いてきたリーダー格の奴の事だ。


「まぁ、いいけど、何するの?」

「んー電話ではちょっと言いづらいかな、相談? みたいな?」


「そっか、うん、良いよ」


 そのあと、待ち合わせの時間と場所を決めて通話を終了した。


「なんだろ……」


 少し疑問に思いながら作業場へと戻りまた大魔王との勝負に挑むのであった。





「こんばんわー!」


 うん、かわいい子だ。

 待ち合わせの場所にはリカコちゃんだけが待っていた。

 職場に誘うという別の下心はあっても、男女としての下心は無い。

 と思っていても、やはり本能には抗えず少し顔がにやけてしまう。


「おつかれさまー、忠司は?」


 俺はもうすっかり下の名前で呼び合う仲のいいグループメンバーの一員だ。


「来てくれてありがとう! 突然声かけてごめんね、忠司君は多分先に行って場所取ってるからいこ!」


 んー先に行って場所を取ってるというのはなんだろ?


「どこ行くの?」

「すぐそこの喫茶店だよ!」


 ほいほい、と思いながら、ほいほい付いていく。

 まぁ、元々相談といわれていたから、クラブやカラオケではなく少し静かな喫茶店という事なんだろう。


 しかし、相談ってなんだ?

 二人が結婚するとかそういう話かな???

 でも知り合って半月ちょいの俺にそんな事相談するか?


 そんなことを考えながら付いていく。


「おーこっちこっち」


 パーテーションの隙間からたまたま目が合った忠司が手を振っている。

 連れていかれたのはよくあるチェーン店の喫茶店。ではあるが、その奥にあるパーテーションで区切られた個室だった。まぁ、俗にいう談話室というやつだ。

 俺は値段が普通の喫茶店の倍くらいするアイスコーヒーを頼み、向かい合った4人席の片側に一人で座る。


「お仕事ご苦労様っすー」

「今日はありがとうー、もしかしてこの後用事とかあったんじゃない?」


 二人が労ってくれる。


「うん、大丈夫大丈夫。で、なんか相談があるとかって聞いたんだけど?」

「あーうん、それは少しゆっくりしてからにしようよ、私も今日疲れたんだー」


 そうして、3人で雑談をし始めた。


「そうそう、それでね、だいくんがこないだ、ビールこぼしちゃってさ」

「あいついつもそそっかしいんだよな」


 他愛も無い雑談をすること10分くらい、ふと気が付いたことが有る。


 なんか、二人とも、同じブレスレットつけてないか?

 それに、なんかあえて俺に見えるようにふるまっているような気が、しないでもないから、気になってしょうがない。


 それは、青いバンドで恐らく布で出来ていて、アクセントに何やら宝石とまでは言えない黒い石が3個ほど付いている、おしゃれアクセサリでつけているようには見えない、ブレスレットだった。


「ねぇねぇ、それ何? なんかお揃いなんだけど流行ってるの?」


特に深い詮索もなく、なんとなしに聞いてみた。


「あ、これ? これ凄くいいんだよ、私も最近買ったやつで付けてると調子いいんだ、忠司君に教えてもらって買ったんだけど、どう? かわいいでしょ」


 まってましたと言わんばかりに、そのブレスレットを見せつけてくるリカコ。


「うーん、スポーツ選手とか付けてそうだし、どっちかっていうと可愛いよりカッコイイかも?」


「これ付けるようになってから疲れにくいっていうか、全体的に体調良くなったし、俺は1年くらい前からずっと付けてるんだ」


 クラブで初めて会ったときから今まで気づかなかった。

 まぁ、見た目は確かにスポーツ選手とかが付けてそうでカッコイイ感じだった。

 へぇ、流行ってるのかなぁくらいな感じで、そのブレスレットを眺めていると。


「ひろきもどうよ?」

「似合うと思うー!」


 そ、そうかぁ?

 誰にでもそう言ってんじゃないの?


「そ、そうかな? 結構かっこいいよねそれ、流行ってるの?」


 少しいぶかしげに思いながら、可能な限り愛想よく返答するとリカコが続ける。


「うちらの中では、結構ブームだよね、そんな高い物じゃないし」


 リカコがそう言うと忠司は何やらカバンをごそごそし始めた。

 俺の中でなんか、なんとなくピーンと来た瞬間だった。


 直後、なにやらパンフレットらしきものをテーブルの上に出して忠司が言う。


「これさ、いろんな色あんのよ、効果も色々あって、全体の体調とか、頭痛用とか、関節用とか、筋肉用とか、物によっては運気みたいなのにも影響あるブレスレットなんよ、ほらこれ! 実際スポーツ選手とか芸能人とか、結構使ってて、むっちゃ流行ってるんだよ!」


 あーあ、これ……マルチだろ。完全にあかんなぁ。


 マルチ、いわゆるマルチレベルマーケティングという違法な商法だ。

 昔で言うねずみ講ってやつだと思う。

 そう思った俺は、ストレートに聞いてみた。


「でもこれってマルチだろ? 俺にこれ売ったら二人に幾らはいんの?」


 俺は、否定や悪意が籠らないよう少し笑いながら細心の表情とトーンで聞いた。

 すると忠司は少し考えてから発言した。


「たしかに人に紹介して売れるとキャッシュバックはあるんだけど、よく言うようなマルチという訳でも無くてさ。実際いい物だから雑談がてら見せただけなんだけど、興味湧かねぇ?」


「うんうん、私は効果とかちょっと言いにくいんだけど、実は、これ付けるようになってから生理痛が凄い軽くなったんだ」


「あーまぁ、それはわかんねーけど」


 そう思って少し苦笑いしてしまった。

 そうだったかぁ、どうりで急に親しげにしてくれたなぁと思ってたよ。

 やっぱし何かしらの下心あったのね。

 まぁ、ある意味、俺も同じなんだけど。


 どうしたものかな、ここで断れば、せっかく親しくなったのに俺の計画的に台無しにしてしまう可能性もある。乗るふりを見せて買わずにのらりくらりと交わしつつ、カモからほんとの友達になるまで頑張るか、それとも、このグループを切るか。


 迷うところだなぁ。

 いずれにしろ、少し興味があるテイで行ってみるか。


「そっかー俺も最近仕事してても、凄い睡魔に襲われたりボーっとしたりするんだよな、そういうのに聞く奴ってのはあったりする?」


 忠司が迷いも無く即答してくる。


「あーだったらこれだよ! この茶色の奴。ここに付いてる石が、俺もなんか良くわかんないんだけど、波動? 電磁波? なんかそんなのの影響がカフェインみたいな効果になってシャキッってするらしいよ」


 いや、それは無いだろ。と思いつつ……。


「マジ!? 凄いね! あー、でも茶色かー、茶色はなー」


 などと返しつつ俺の左脳がフル回転した結果、ひとつの賭けに出ることにした。


「で、これ幾らするの?」


「んとね、石の数にもよるんだけど、一番安いのが14800円かな。会員になれば他のも全部もっと安く買えるし、一度買えばずっと使えるよ!」


 無邪気に見えるリカコの即答に感心する素振りをしながら、俺は少し考えて少し間をおいてから話した。


「そっか、で、俺が会員になったりそれを買うと、二人に幾ら入るの?」


 そう返すと、二人は少し目を合わせて戸惑いながら、諦めた感じで話し出した。


「そっかー、ほんとにいい物なんだけどな、でもひろき君頭良さそうだもんね、無理かぁ」


リカコがそうぼやくと、忠司は諦めたように話し出した。


「あー、これさ、まぁ、マルチなの分かってやってるんだ。すまん、正直に言うよ。これ、紹介して売れると売れた額の50%戻ってきて、会員一人増やすと毎月2万入ってくるようになるんだ。友達なんだしお前も一緒にやってくんないか?」


 うーん、ストレートに突いたら友達という条件を笠に同情を引く作戦で来たか。


「なるほど。これって、ほかの3人には売ったの? ていうか知ってるの?」

「い、いや、売ってないし知らない」


 方針を変えた俺の想像ではいまんとこ予定通り、いい流れだ!

 そう、俺の思いついた作戦は、友達を盾にして同情を引こうとしてきた二人に対し、俺も友達を盾に職場へ誘う事だ!


 お前たちの戦法をそのまま反射してやる!

 さぁ、ここでもう少しプッシュするぞ!


「そっか、じゃ俺はまだ友達じゃなかったって感じか……」


 ちょっとガッカリ感を出した表情を、微妙に上手く作りながら俺がそう言うと。


「そんなつもりはないよ! 勘違いしないでくれ! これからも仲良くなれそうだから話したんだよ! こっちだって友達失うかもしれないってリスク分かって紹介したんだ。むしろ他の3人より仲良くなれそうだから、もしバレても大丈夫だと思って。もしかしたらお前なら一緒にって思って相談したんだよ。あいつらは何気に真面目だけど、お前は結構面白い奴だし話分かると思って……」


 よし予想通り!

 しかし俺も、なんというか、あんましいい奴じゃないな。


「そっか、有難う……」


 リカコは少し半泣きでうつむいていた。


 まぁ、恐らく友達じゃなかったってことは無いだろう、それにもっと仲良くなりたいからこそ誘ったってのも、まんざらじゃないと思う。

 でも、俺の計画通りに行けば二人を救う事にもなる。


 こんな法律ギリギリの事をして金儲けをしないといけないくらい二人は厳しい状況なんだろう。確かに商品はいい物かもしれないし、だから俺に進めてくれたのかもしれない。


 だが、それとこれとは話が別だ。

 そんな事よりお二人さん!もっとおいしい金儲けの話がありまっせ!


 店内に響く静か目な音楽と、パーテーションで区切られて他所からは見えない位置にある落ち着いた雰囲気の席で、うつむいて反省してるように見える二人と、少し困った表情の俺。


 それに反して、俺の心の中ではニヤニヤが止まらなくなってきている。


 さて、ここまでは二人から打ち出されたマルチキャスト攻撃だった訳だ。

 しかし俺はそれを華麗にかわした。


 じゃあ、ここからは、俺が反射をうまく使って反撃に出るターンだ!

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