第13話 重大クエストと宴

 午後の作業を終えた俺たちは、帰りのバスに乗った。


 新たな門出というか、全員が目をキラキラさせ興奮気味で、移動中はそれぞれ隣に座った物同士、会話が弾んでいたようだ。

 お前ら中学生か、と思っていると隣に座った理香子が話しかけてくる。


「凄い会社だね、思ってたのはもっと小さい所だったよ」

「そう? 作業場自体はほとんど田舎みたいな場所にあるし、大きさだけはね」


 いくつかの降車場で作業員が下りていく中、他愛もない雑談をしていると、俺たちの降りる地元へと到着しバスを降りると忠司と大智がこの後どうするか話し始めた。


「なぁ、まだ8時だけど、みんなで就職祝いで飲みにいくっしょ?」

「いいね! どこいく? いつものクラブにする?」


それを聞いて理香子が会話に混じった。


「あー私は、みんなと話したいから、もう少し静かな所がいいかなぁ」


やっぱりみんなもあの店はうるさいと思ってるのか。

 そりゃ、DJがこれでもかってくらいトランスだのテクノだのダンスミュージックを爆音で鳴らし続けてるんだ、会話するには向かない店に決まってるよな。


 やっぱ、あそこは出会いを求めるダンジョンなんだろう。


 しかし、今の俺らに必要なのは、楽しく語り合える酒場のほうが助かる。

 というのも、俺には幾つかの、とてつもなくしんどいクエストがあるからだ。


 ひとつ、会社への勧誘が目的で皆に近づいた事の告白と謝罪をする事。

 ふたつ、全員が就職決まったタイミングで俺だけが昇進してしまう事になった事。

 みっつ、昨晩、理香子へ告白し交際することになったのを全員へ告知する事。


 クラブで知り合ってからちゃんと友達として仲良くなったという経緯はあるが、元々会社への勧誘が目的だったという動機が不純であった事に、ずっと後ろめたい気持ちを抱え、多少なりとも重荷を感じていたのは事実だ。


 できればここで打ち明けて、みなに謝りたいのだ。


 これらを、就職決定のテンションと酒の勢いに任せて、一気に済まそうという魂胆だが、それが爆音でかき消されるような店では、誠実さが伝わりにくい。


 それに、気心の知れた店の方が、俺のクエストも明るく実行できそうだと考えた。


「じゃあ、俺が良く行く店でどう? 知り合いの店長がやってる居酒屋が近くにあるんだけど、安くて旨いし色々融通も利くと思うんだけど」


「お、どんな店? 肉? 魚? 酒は?」


「鮮魚とか刺身がメインで、日本酒が色々ある店かな、まぁ酒は色々あるよ」

「お! 酒と刺身、いいね! よし、じゃそこにしようぜ」


 忠司は朝には弱いが酒には強い。

 普段はビールやカクテルを飲んでいるが日本酒を好きそうなのは見て取れる。


「おーし、じゃそこ行こう、どっち?」


 忠司がそういうと、その横で彩が顔を赤らめ、頬に手を当てうっとりしながら言い出す。


「私、日本酒大好き。特に東北の辛いのが好き。そこに行こう! 決定!」


 ワイン好きだと思っていた彩が、日本酒と聞いて輝きだすのは予想外だった。

 こうして俺たちは、就職祝いパーティをするべく、俺の行きつけの居酒屋へと向かうのだった。





「大将、ちわーす!」

「いらっしゃいー! お、弘樹、久しぶりだな」


カウンターでハチマキをした、生きのいい大将が俺を見るや否や話しかけてくる。


「ん? 大所帯だな弘樹! 売上貢献あざっす! で今日は何人だ?」

「おー、いい雰囲気!」

「あー、6人っす、奥の座敷空いてますか?」

「わあぁぁぁ! 日本酒いっぱいある!」


 その店は、カウンターが10席くらい、その後ろにテーブル席が数席、奥に20人くらいが座れる座敷が有る店で、壁には魚拓や釣り具が飾ってあり、天井からは裸電球がぶら下がっている。


 大将も店員も威勢が良く、カウンターケースに並ぶ鮮魚や生け簀を見るとまるで市場にいるようで、いかにも店主の魚好きが転じて居酒屋を始めたという印象の店だ。


「今日も良い魚あるよ! 刺身盛り合わせ6人前注文あざっす!」

「お願いします」


 店に入って座る間もなく、名物料理である刺身の盛り合わせが半ば強制的に自動注文されると、ホールの女の子が俺たちを案内する。


「奥へどうぞー、履物はこちらで」


 俺たちは座敷へ向かうが、ここはどうしても理香子の隣に座る方がいい。

 案内されたのは3対3の対面6人座敷テーブル。


 全員が座るタイミングを見計らい、理香子を片側の中央に誘導し、しれっと隣の席を確保すると、その反対側には忠司が座る。なんとなく見えない攻防戦が繰り広げられているように感じるが意識し過ぎだろうか。


「刺身は強制自動オーダーみたいだから、あとは好きなもの注文して」


 おしぼりで手をふきながら、全員がそれぞれ食べたいものを注文すると最初の飲み物が到着して乾杯をする。音頭はまぁ、俺が取るべきだろう。


「えーみなさん新しい仕事決定おめでとう! 今後もよろしく! かんぱーい!」

「かんぱーい!」

「いえーい」

「ありがとおおお」

「かせぐぞーーー」


 思い思いの掛け声とともに乾杯をした。

 暫くして豪華な山盛り刺身が到着し、雑談をしながら時間が過ぎる。

 アルコールが程よく回り、全員の機嫌もマックスになって来たと感じ、俺は意を決して話し始める事にした。


「えーっと、ちょっとみんなに話したいことが有るんだ、聞いてもらえるかな」


 全員はニッコニコで酒を楽しんでいる中、年長で今回の全員就職の功労者である俺がそういうと、みんなが俺を注目する。


「んとさ、ちょっとみんなに謝りたいことが有るんだ」

「何なに?」


「今日全員就職が決まってこうして飲んでるんだけど、俺元々これが目的だったんだ。みんな、ごめんなさい!」


「えっと、これって……んーと、刺身?」

「えー日本酒でしょー?」


 全く伝わっていない。


「い、いやいや、元々会社に人を紹介して給料上げてもらうのが目的だったんだ」


 日本酒パワーで誰よりも酔い始めてる彩が言う。


「へー!」


「へーって。会社で人を集めたら給料上てもらえるって話になって、知り合いを増やして引き込むのが目的だったって言ってるんだけど……」


「えっと、その結果、俺たち知り合えて友達になったんだろ? いいんじゃん?」

「出会いなんてそんなものじゃない? 別に謝るような事でもないでしょー」

「俺たちだってそれで助かったんだからいいんじゃね?」


 忠司や彩、大智が受け入れてくれ、他の二人も首をうんうんとさせながら、刺身を食べている。


 こいつら良い奴らだなぁ。


「そっか、結構後ろめたかったんだ、みんなごめんな」


「大丈夫だって、感謝してるのは俺らの方だぜ」

「弘樹、きーにーしーすーぎー!」

「そっか、ありがとう」


 ふぅ、一つ目のクエスト達成だ。

 この2か月近く、この事は結構しんどかったんだ。ちゃんと謝れて良かった。


「それとさ、もう一つ話すことが有って」

「なになにー」


「今日の昼、事務室行ったんだけど、皆を紹介したことで、突然正社員と昇進の打診をされちゃって、もしそうなればみんなをダシに使って昇進したみたいな形になっちゃっうんだけど……」


「さっきの話もそうだけど、昇進って良い事だろ?」

「ハハハ、弘樹は何を気にしてんの?」


 少し笑いながら、素で答える大智と裕也。

 俺は、金が目的でお前らに近づいた、と打ち明けてるのに、全員が一瞬も動じない。ちょっと分からん。むしろ、俺が金目的で何が悪いのだと、返してくる。


「わかりやすく言うと皆を誘ったのが金目的に見えて申し訳ないなって」

「お前は、めんどくさいやつだな!」


 忠司が、その分かりやすい性格で少し嘲笑しながら言う。


「日本人全員そんなの当たり前だろ、それとも目的達成したら俺たちは友達じゃなくなったっていうのか?」


「い、いや、そんなことは全く無いし、今もこれからも友達だと思ってるよ!」


 なんか以前、逆の立場で同じような事になった気がする。


「なら動機はどうでもいいじゃねーか」


 表向き忠司がリーダーになっていたのはこういう所なんだろう。

 俺は年長者ではあるが、それでもリーダーが忠司なのは間違いない。


「そっか、わかった、ありがとう! でも良かったよ、みんなと知り合えて」

「わかればいいんだよ、お前は気にし過ぎだってだけだ、まぁ、知ってるけどな」


 そういって俺の心配事を吹き飛ばしてくれる忠司は少し頼もしい。

 二つ目のクエストも達成した。しかし俺には最大のクエストが残っている。


 俺は、ちらっと理香子の方を見ると、どうやら理香子も気づいたようだ。

 一呼吸おいて、男らしく、意を決して打ち明ける。


「あ、あとさ、もう一つ話したいことが有るんだ」

「はー? まだなんかあんのかよ?」


 そういうと、俺はまた理香子の方をちらっと見ると、理香子はこぶしを握りうつむいていた。正面に座っていた彩が俺たちの目線に気が付いたようだが理由までは分からないようだ。


俺は頭を掻きながら少し照れた様子で打ち明ける。


「えっと。昨日さ、俺、理香子に告ったんだ」


 理香子の反対側に座っていた忠司が、飲みかけの酒を思わず少し噴き出す。

 ほかのみんなの反応は、驚き、というのにふさわしい。


「告ったって……。え? で、でどうなったのよ……」

「あ、うん、えーっと、OKもらって、今後、お付き合いすることになりました」


 一瞬間が開く。


 恐らく、メンバー全員、理香子は忠司とくっ付くと予想していたようだ。

 既にくっ付いてると思っていたかもしれない所に、この話だ。

 みんなには寝耳に水だろう。


「えーっと、ははは。理香子はどうなの?」


 恐る恐る彩が理香子を問いただす。


「実は、クラブで合ってから気になってて、昨日告白されて……OKした」


 恥ずかしそうにそう語る理香子の隣で、忠司は酒を飲みながらよそを向いている。


「そっか、まぁ、リカちゃんがそうなら、こ、これも良い話じゃんな!」

「あ、ああ、そうだよな、ちょっとびっくりしたけど」


 裕也と大智は少し動揺しているようだが、受け入れてくれるようだ。

 しかし、理香子の姉貴分的な彩はもう少し突っ込んでいく。


「リカが決めたんだよね?」

「うん」


「本当にそれでいいんだよね?」

「うん」


「うーん……そっか。じゃ、あたし等がとやかく言う事じゃないね! お二人さん、おめでとう!」


 一瞬変な空気になりかけたが、彩が納得したことで、みんなも腑に落ちたようだ。

 ただし、一人を除いて。


 全員が、忠司の方を見ないようにしている微妙な空気の中、忠司は酒を口に運びながら何かを考えているようだった。


 このメンバーで新参者の俺が、ある意味アイドル的な存在だった理香子を掻っ攫ってしまった訳で、一番仲が良かった忠司の心境はやはり尋常じゃない事がうかがえる。


 理香子が心配そうに俺の方を見てくる。

 でも俺は忠司の強さを信じている。多分、大丈夫だ。


 そうして、少しの沈黙が続いた次の瞬間、忠司が口を開く。


「そ、そうか! 良かったじゃないか理香子! 俺たち給料も上がるし、楽しい事色々出来るもんな! おめでとう理香子! 弘樹、テメェ、理香子泣かせたらただじゃ済まさないからな!」


 いや、お前親でもないし、告白すらしてなかった、ただの友達だったじゃん。


 とか考えるも、その話に異議を唱える者もい無ければ、違和感を感じることもない。つまり、自他ともに認めるカップルだったって事だ。

ただし、それは理香子を除いて、だった。という事だ。


「今日はみんなの就職も決まったし、めでたいことだらけだな弘樹!」

「お、おう」


「もっと飲もうぜ! おねーさーん! テキーラなーい? グラス6個でー!」

「え、まじかー!!」

「ええええーあれやんのかよ!」

「ぎゃーーーー」


 忠司がそう言うと、全員阿鼻叫喚である。

 クラブで時々やっていたテキーラショットを、この和食居酒屋で注文する。

 日本酒がメインで魚介類系の和食居酒屋に、テキーラなんかあるか!


 って思ったが、あった。

 しかも、大将が個人的に飲むためにおいてある、65度は有ろうかという黄金色の秘蔵テキーラを大将自身が持ってきて、テーブルの上のなぜか7個おかれたおちょこに注がれてしまった。


「弘樹、なんか今日はいいことあったんか!? 俺もあやからせて貰うぜ!」


 大将あんた、仕事中だろ……。


 そうして突然カウンター厨房からしゃしゃり出てきた大将をまぜて、乾杯をすることになった。忠司はテキーラがなみなみ注がれたおちょこと、角切りされたレモンを手に取り、音頭をとりだす。


「えー、本日はー、全員の新たな就職が決まりー、それを導いてくれた北村弘樹君の昇進と、我らが理香子とのカップル誕生というー、目でたい日に。カンパーイ!」


 忠司がそういって、おちょこをテーブルにたたき、テキーラを一気に喉へ流し込むと直後にレモンをかじる。みんなもそれに続いて流し込む。


「ぐおおおお」

「くぅーーーーー」

「あああああああ」

「あついーいたいー」

「はあああああああ」

「ぷはー!最高!」


「ぷふぅ、よし! 俺トイレ行ってくる!」


忠司は、そう告げると席を立った。


「弘樹お前、昇進したのか! よし、じゃあとっておきを作ってやる、待ってろ!」


大将はそういって厨房へ戻り、忠司はそれから暫くトイレから戻ってこなかった。

それからしばらくして場の空気は元に戻り、皆の酔いも激しくなってきたころ。


「ただいま! これ、大将からのお祝いのサービスらしいぞ!」


 トイレに行っていた忠司が、唐揚げ皿をもって帰ってきた。

 どうやら、元気な様で少し安心した。


「これ、なんの唐揚げ?」

「なんか知らんけど自分で釣ってきたとか言ってた、死ぬほど旨い魚だそうだ!」


 カウンターの内側から大将が叫ぶ。


「あー弘樹、それ絶対一人一個だからな、残してもいいけど、旨いからって絶対他の人の分食うなよ!」


「旨そう! 楽しみー、いただきまーす!」

「大将ー、ありがとうございまーす!」


 お礼を言うと、大将はカウンターの奥で、怪しげな笑みを浮かべていた。


 その唐揚げは食べてみると、いうなれば油が溶けて無い本マグロ大トロの唐揚げといった感じで、過去に食べたことが無いほどどんな唐揚げよりも美味しく、一瞬で全員が1個ずつ平らげたのだった。


 しかし、後になってみれば次の日が全員仕事が休みだったのが幸いした。

 翌日のグループチャットが、全員の地獄を見ている報告で溢れるのだった。

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