第5話 現実的な魔法

 上司からの話を聞いて数日が経ったが俺はまだ悩んでいた。


 分かり切っていることだが、真っ当な人生を目指すなら給料を取って自由時間を減らすべきだ。


 仕事とは自分の人生の時間を切り売りすることに他ならない。


 他人のできない事や、出来るけどやらない事、時間が無くて出来ない事、単純にやりたがらない事。


 これらの中から、自分が出来る事、やりたくないけど出来る事、進んでやりたい事のマッチングを行い、人生の時間を消費して誰かに代わって行う事で、対価としてお金をもらう。


 それが仕事だ。


 もし、他人はやらない事が自分がやりたいことであれば、どんなに幸せな人生になるだろう。


 だが、誰もやりたくない事を自分が出来るからというだけで、無理してやり続けるのは、たぶん不幸になると思う。


 恐らく日本は全体的にそんな仕事についてる人が多いのだろう。

 その空気感が今の日本を停滞させている最大の原因じゃないかと考える。


 出来れば働きたくない。可能なら楽して稼ぎたい。そんな理由で、ネットで動画作る仕事を目指す人は沢山いるが、実際は楽な仕事なんか一つもない。


 頑張って頑張って一生懸命、面白い動画や漫画や小説を作ろうとしても、ちっとも見てもらえずまったく稼げない人が殆どを占めているが、それでも目指す人は後を絶たない。


 俺はそういう、努力みたいなものが大嫌いだから、出来ることを可能なだけやって最低限の稼ぎで満足するようになっていた訳だ。


 しかしそんな中ベーシックインカムが始まった。


 そうなると俺の選択肢は3つ。


 今より多くの人生を切り売りして対価を得るか、今まで通りにしながらベーシックインカムという魔法の恩恵を受けるか、仕事を辞めて魔法だけを駆使して生きるかだ。


「どうすっかなぁ……」


 突然降って沸いた収入のお陰で、俺は昼間からビールを片手に考えていた。


 ふとネットを見るとニュースで言われ始めていた。


 導入されて1か月ほどが経ち、完全失業率がうなぎのぼりである事、株価や為替が異常なレベルで変動している事、富豪が外国へ逃げ始めた事。


 個人のSNSを見ても、彼女が出来ただの、結婚するだの、めでたかったり大混乱だったりと、社会は大きく揺れ始めている様だった。


 そんなニュースを片目に井戸端会議のおばちゃん達が言ってた事を思い出す。


「あのおばちゃん30万とか言ってたな……」


 贅沢さえしなけりゃ家族4人が十分に生きていける額が、世代とか関係なく保証されるって事だ。


「も一人のおばちゃんは子供居ないみたいだったけどそれでも20万か、そりゃ仕事辞めたくなるよなぁ。日本大丈夫なのか?」


 しかし、何事も逆張りが好きな俺はなんとなく頑張るって方向に傾き始めていた。


「でもこうなると、今後日本では圧倒的な労働者不足になるはずだよな……てことは今頑張った奴らは、今頑張ってない奴らの上に建てる可能性が出てくる。これってやっぱりチャンスなんじゃないか?」


 何をしたら、もっと良くなるんだろう。

 一度負けた人生で楽に勝ち組になる方法か。


 「俺にも魔法が使えたらなぁ」


 そんなことを考えて数日を過ごし、月末を迎えることになった。





 月末を控えた最後の出勤日。


 午前の作業を終え、ようやく眠気が覚めた昼休みに食堂へ向かい、別段旨くもないが、世間でいうよりははるかに安いチャーハン付きラーメンセットを早々に食べ終えた俺は、食事中に見かけた上司と話をする為に席を立った。


「堀川さん少しいいですか? 先日のお話の件で相談したいことが有るのですが」


 社食で350円のカレーうどんを食ってる上司の堀川さんに声をかける。


「ああ、北村君ですか。食べながらでいいですか?」


「はい」


 俺はそういうと向かい合わせの席に座り切り出した。


「あのですね、これはちょっとした提案で無理かもしれないのですが、考えていただきたい事が有りまして」


 俺はこの数週間考え、一度負けた俺が楽に勝ち進めるアイディアを思いついた。

 その交渉をするための覚悟を決め、少し間をおいて話し出す。


「えっと……今って会社は作業員が欲しいんですよね」


「そうですね、一気に人が辞めてしまったので人が増えるのは歓迎です」


 思った通りだ。


「そこで、私は今まで通り週3日出勤のスケジュールで仕事をするけど、その代わり新しい社員を勧誘するので、一人入社するたびに給料を上げてもらえませんか?」


「ふむ、ズゾゾゾゾゾー」


 カレーうどんの汁を少し飛ばしながら、堀川さんは何やら考え始めた。


 俺には考えがあった。


 会社は人を欲しい、でもこのご時世多少の給料では人が集まらない。だから給料を上げて残った人員を繋ぎ止め、仕事量を増やそうとしている。であれば人が増えれば問題ないはずだ。


「そうですね、検討する必要はあるし、その人を採用するかは分かりませんけど、面白い提案ですね」


「その昇給なんですが、一人採用される毎にその時の給料の10%UPて可能でしょうか?」


 厚かましいかもしれないが、仕事は辞めない代わりに出勤も増やさない、でも人を集める紹介料は欲しいという話だ。


 まぁ、一人毎に10%アップってのは無理があると思うが、ここは交渉だと思い少し吹っ掛けてみた訳だ。


 たとえ5%上昇だったとしても、俺の今の給料はだいたい18万だから、一人連れてきて採用されると、毎月の給料が大体1万弱上がる。


 会社としては一人分の労働力が確保できて、俺がフルタイムで受け取るはずだった給料42万が19万で済む訳だ。差額23万て所だろう。


 つまり新規作業員の給料が、俺がフルタイムで働く週6日勤務になるよう、俺が連れてきた奴が俺と同じ週3日だとしても、23万以内なら会社は助かるって事になる。


 実質俺は18万なんだから、俺という一人を倍働かせて23万も多く払うより、人を増やして18万払った方が会社としては得という事になる。


 それに2人、3人と紹介すると、そのたびに俺は5%ずつ給料が上がる。

 それでも新規作業員の給料は週3日勤務あたり23万以下なら会社は助かる計算だ。


 ベーシックインカムが始まり、何もしなくても12万もらえてる事に満足しているニート社会人に、たった週3日勤務で18万プラス12万の30万、手取り25万以上になると持ち掛ければ働く奴はいるだろう。


 そこで問題になるのは、人を集める手段だが俺はそこに一つ妙案が有った。

 そんな事を考えながら堀川さんがカレーうどんを食べている様子を見ていると。


「ちょっと会社と相談してみます、返事は少し待っていてください」


「分かりました、それまでは今までと同じように働くことでいいですね」


「はい、調整してご連絡します」


 よっしゃ!俺の楽して給料アップ作戦ひとまず成功だ。


 まぁ、人集めは大変かもしれないが、何しろ俺には自由な時間が週に4日もある。

 どう転ぶかは分からんが、もし通れば人集めをして集まらなかったとしても、今まで通りというだけだ。それどころかベーシックインカムのお陰で収入は倍だ。


 そこにきてベーシックインカムで揺らいでる奴を引っ張ってきて、俺が頑張った分だけ報酬が上がり、会社も俺も新規作業員も収入が上がってみんな幸せになる。

そう上手く行くかはやってみないと分からないが、腐ってるだけよりはマシだよな。


 俺は心の中で僅かな火種が付いた希望をかみしめながら、小さいガッツポーズをして食堂を後にした。



 作業員が元の人数になるまでたった5人を呼び込むだけで、俺は週3日勤務のまま23万プラス12万位の35万になる計算だ。


 フルタイムでもらえそうな42万には届かないが、週3日で35万はいままで手取り10万で生活していた俺には夢の様な金額だ。


 そう事が上手く運ぶかは分からないが、とりあえず賽は投げられた。

 あとは会社が何と言ってくるか、人を集められるかが勝負だ。


 すこしワクワクしてきたぞ。


 どうして俺がこんな考えに至ったかだが、俺の想像では可能な気がしている。


 事実としてベーシックインカムが発動後、沢山の人が仕事を辞めた訳だ。


 そうなると会社は人が欲しいが、一人単価の給料はそう急に多く出せない中、人はベーシックインカムだけで満足した人が多いという事だ。


 そこで給料上乗せする希望を持ちかけるしかないが、それは以前であればスズメの涙しか上乗せされないと思っているはずだ。


 例えば時給が30円UPとか、パートで月9万が91000円、正社員でも25万が25万5千円になるみたいな感じだろう。


 だったらベーシックインカムだけでいいや、というやつらが仕事を辞めた奴らだが、実際に俺の会社は条件付きの給料の10%UPという大幅増加を持ち掛けてきたわけだ。


 辞めた奴らは、そういう今の会社の事情なんかしらない。

 それはそいつらが大量に仕事を辞めたから起こった出来事だからだ。


 少しくらい多く払ったって人に戻ってきてほしいという、会社側の気持ちを知らない奴が現時点で多いのだと思う。


 そこにベーシックインカムに加え、以前より多い給料を払えることを知らせれば人は確保できるはずだ。


 見えない物を見えるようにするだけで、俺は何も労せず俺の給料を上げていける可能性がある。


 見えていない人に見えない物を見えるようにする魔法。

 そこに目を付けてこの提案をしたのだ。


 大学中退の俺にも未来への希望が見えてきた!


 俺はそう思いながら午後の作業をすべく食堂を後にするのだった。


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