第6話 炎王四天
クレナに聞けば、休日はともかく平日であればアリーナは魔術の訓練場として自由に開放されているのだとか。
しかし広いアリーナにはなぜか、俺たち以外の姿はない。
「この学園の連中は、あまり魔術を使いたがらないのか?」
「ううん。そうじゃなくて。今は試験前だから皆勉強しているんだと思うよ。普段は人がちゃんといるから」
「試験……いかにも学び舎らしい行事だな。学園生活の醍醐味かもしれねー」
うんうん、と頷いていると、クレナは苦笑した。
「そんなふうに考えるの、グレン君だけだと思うよ? 私も夜勉強しなきゃって、少し焦っているから」
「じゃあ時間を無駄にはできねぇな。クレナ、まずは魔法陣を展開してみな。何の魔術でもいい」
クレナは魔力を開放して先日のように《
輝ける閃光の弾丸が、アリーナに置いてあった的に当たって小さく爆ぜる。
「うーん……威力も微妙で弾速も遅いな。一回魔法陣を書き変えるか」
「魔法陣を……えっ? 書き変える??」
クレナが目を丸くしたので、俺はクレナの魔法陣をがっしりと掴んだ。
「実体のない魔力の塊を、魔法陣を掴んだ……!?」
「慌てるなよ。慣れればこれくらい造作もないし、肝心なのはここからだ。魔法陣は魔術起動用の術式で、術者本人の魔術に対するイメージを世界へアウトプットするための設計図だ。要はこの設計図がヘボけりゃ魔術もヘボくなるのが道理。逆にこいつを書き変えちまえば、魔術だって幾分かマシになる」
ちなみに魔術起動については「理論派」「感覚派」の二パターンに分けられる。
理論派の人間は己の中で術式について噛み砕き、細部まで理解してから魔法陣を展開できる人間。
訓練された魔術師は大抵がこちらのタイプだ。
逆に感覚派は、自分の感覚だけ、つまりは何となくで魔法陣を展開している……というより何となくで魔法陣を展開できてしまう天才肌の人間だ。
しかし理論が伴わない魔術の上限など、たかが知れている。
だから学園の二年間理論を学ばせるという方針も、やりすぎとは思いつつ、まあ理には適っている……一応は。
ちなみにクレナは見たところ潜在能力高めの「感覚派」のようだが、やはり自分の中に噛み砕いた魔術論を持っていないから魔法陣の各所が大分怪しい術式になっている。
そこでそれなりに魔術を理解した俺が魔法陣をいじってやれば……。
「ほれ」
……次の瞬間、クレナの魔法陣が先ほどの倍の大きさに拡張され、放たれた光の弾丸は的を粉々にして地面ごと消し飛ばしてしまった。
「う、嘘……! 込めている魔力はさっきと変わらないのに!?」
「魔力の変換効率の問題だ。さっきまでのクレナの魔法陣だと、百の魔力を三十にして撃ち出していたから効率が悪かった。今は七十くらいにして撃ち出せる形に魔法陣を書き変えた。後はクレナがこの形状の魔法陣を覚えてから、この術式を自分の中で噛み砕くんだ。そこについては俺も助けてはやれねぇ。だが……この術式の噛み砕きと理解を繰り返せば、いずれ光属性の特性、真髄にも辿り着ける。当然、実戦で痛い目を見るのも必要だけどな」
「……痛い目って、必要なものなの?」
要領を得なさそうにしているクレナに、俺は続けた。
「魔力は魂と肉体を結びつけるものだ。そして命の危機に瀕するほど、それはより強固になる。そうやって強く結びつき続けていると、ある時、それが己の中に見えるようになるんだよ。その時に見える、己の魔力の色、それこそが属性魔力の特性にして真髄。そいつが見えると……引き出せるようになれるのさ。その特性ってやつを」
クレナは感心したように「へぇ……」と言った。
「ちなみにグレン君は、どれくらい痛い目を見たの?」
「片腕が吹っ飛んだな。ガキの頃に。俺はその時に見えたよ。ゆらりと燃える、俺の中にある炎の特性がな」
転生前の肉体には、腕をくっつけた跡が残っていた。
そいつを今クレナに見せてやれないのが残念だが、クレナは若干引き気味だった。
「そんな痛い目を見なきゃいけないなんて、ちょっと私には難しいかなって」
「いんや、別に腕まで吹っ飛ばす必要は正直ない。もっと別の危機でもいいんだ。そこは人それぞれだし、クレナにもそのうちそういう時が来るかもしれねーぞ」
もっとも、この時代にそんなタイミングがあるかはクレナの行動次第だが。
そう言おうとした時……ふと、とある魔力を感じ取った。
魔力の隠し方が上手い、波の立たない泥水の中にじっと潜んでいるかのような。
少なくとも、平和ボケしたこの時代の奴ではない。
こちらを窺っているのか、妙な視線さえ感じた。
「……クレナ。試験の勉強もあるんだろ? 今日はここまでだ。また明日教えてやる」
「う、うん! グレン君、ありがとうね。また明日」
クレナはそう言い、アリーナから出て行った。
……さて、次の問題だな。
「クレナやクライナールの坊ちゃん連中と言い、今日は来客が多いな。人払いは済んだ、さっさと顔を出してくれや」
「……承知いたしました、我が主よ」
声がした途端、目の前に跪く人影が現れた。
計四名のそいつらは、俺のよく知る連中だった。
五百年前の知り合いかと思えば、まさかこいつらだったとは。
「炎王四天、御身の前に。グレン様の転生を四天一同、心よりお待ちしておりました」
「お前ら……好きにしろって言っただろう」
「確かに、好きにせよととのご命令でしたので。五百年ほど、主の帰還をお待ちしていた次第になります」
「……」
ため息をつきたくなった。
俺は自由にしろ、解散して好きに生きろって意味で言ったんだが……まあいい。
こいつらは五百年前、炎王四天……とか世間で呼ばれていた、俺の仲間だ。
覇王は一国を統べ、当然のように軍も率いる。
けれど俺の故郷の炎天ノ国はソトガミに滅ぼされ、一度は消えた。
軍勢などあろうはずもない。
しかし俺にも仲間はいて、それがこいつらというわけだ。
また、もっと言えばこいつら全員が元々名のある武人なので、こいつらの配下を全部合わせれば一国の軍にも引けを取らない人数に膨れ上がるのだが……今はいいだろう。
「……お前らの気持ちはよく分かった。分かったからいい加減立ってくれよ……ヴァルカン、トリシュ、カエデ、ハヤテ」
俺がそう言うと、四人はすっと立ち上がった。
「水の覇王、ナーシャ殿より主の転生が成功したと聞いた時は、いかなるお姿でと思いましたが……まるで出会った頃のようです。幾分かお若くなりましたな」
筋骨隆々の赤毛の獣人、ヴァルカンが虎尾を揺らしながら満足げに言う。
ヴァルカンは昔の炎天ノ国の出身で、かつては腕のいい鍛冶師だった男だ。
と言っても武闘派の鍛冶師集団の長だったので、半分剣士が本職だったが。
「ナーシャは我の妹分だ。やると信じていたとも」
そう言ったトリシュは代々水の覇王が統べるこの国の出身で、ナーシャと同じ種族でもある。
かつて俺がガキの頃、この国にやってきた時に知り合ってからの腐れ縁だ。
五百年経った今も、相変わらずの美丈夫だ。
「ボクは正直待ちくたびれちゃったけどね! グレン、起きるのが遅すぎるって!」
抗議するように言ったのは、半精霊半古竜のカエデだ。
炎天ノ国出身の精霊と炎古竜の間に生まれた子で、俺と同じく炎の覇王の継承権を天より授かっていた一人でもある。
しかしこいつは遊び好きの天真爛漫な少女だったので、覇王の力や支配に興味もなく、早々に継承権を放り投げて俺と一緒に一時、旅をしていたものだ。
「カエデ、グレン様に失礼。五百年経っても変わらない」
カエデを窘めるように言ったのは、風の覇王の統べる国、ウィンディア出身のハヤテだ。
ご先祖様が炎天ノ国のシノビだったようで、ハヤテ自身も女のシノビにして一族の棟梁でもあった。
ソトガミとの大戦時には情報収集の面で力になってくれた、頼れるしっかり者である。
種族の方は半精霊で、同じ半精霊のカエデとは何故か不仲だった。
「む~! グレン! ハヤテがボクをいじめるよぅ!」
「いじめてない。グレン様、誤解」
泣きつくように些細なことで引っ付いてくるカエデ。
それをじっと睨むハヤテ。
ヴァルカンとトリシュはそれを子供の喧嘩を見つめるように眺めている。
「……お前らは五百年前と変わらないな。ヴァルカンが少し老けた程度か?」
「ははは、少々シワが増えた程度でございます。儂はまだまだ現役ですぞ」
大笑するヴァルカン。
その脇にいたトリシュが、ふと口を開いた。
「ところでグレン。あなたは何故この学園の制服を纏っている? 覇王の装いではないと思うが」
「ああ、今日から通うことになったんだ。ナーシャの頼みもあってな」
「へえ、いいじゃんグレン! ボクも一緒に通いたいなー! そうすれば四六時中グレンと話せるし!」
「……グレン様が、水の覇王の使い走りを? ……おのれ水の覇王、我が主を……」
「四六時中は話せないぞカエデ。それとハヤテは殺気を出すな。俺も承諾した話だから問題ない」
「……グレン様がそうおっしゃるのならば」
……さて、四人が押し掛けてきて一気に騒がしくなった訳だが……。
「お前ら、このままナーシャの城に行かないか? せっかくだから挨拶くらいしていけよ、ナーシャもきっと会いたがる」
アリーナで騒いでいると他の生徒が集まってきそうなので、ひとまず俺たちはナーシャの城へ移動することにした。
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