第5話 魔喰剣
一日の授業が終わり、夕日の差し込む教室に一人残って物思いにふける。
学園について感じたところと言えば「五百年前に比べて、何もかもが易しく、安全になった」ということだった。
生徒は怪我をしないよう、まず二年かけて知識を十分に吸収させる。
そもそも学園を卒業しても、戦闘向けの魔術職に就かないのであれば戦闘系魔術の習得などは単位を得るために最低限で構わない。
もっと言えば今時、戦闘などは基本的に魔獣や犯罪者相手の小規模なものなので、戦闘向けの魔術職は五百年前の大戦時ほど必要ないことなど。
「……なるほどなぁ。何もかもが変わった訳だ。そんなだから属性魔術の頂点である覇王の存在も、今や霞んでたりするんだろうな」
でなきゃ先日みたく、仮にも水の覇王であるナーシャに中立魔術しか扱えない青二才が突っかかる訳がない。
属性魔術の恐ろしさも今や、時の彼方といったところか。
「……はぁ」
考えもまとまったし、そろそろ別のことにでも目を向けるとするか。
「クレナ。さっきからどうしてドアの隙間からこっちを見てんだ?」
教室のドアの方へ声をかけると、ドアの隙間からこちらを見つめていたクレナが小さく跳ね上がっていた。
俺が考え事をしている最中、延々と眺めてきていたが……用事があるらしいのは明白だった。
「その、グレン君。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「ん、大丈夫だぞ」
クレナは教室に入ってきてから、俺に言った。
「属性魔術の使い方、教えてくれないかな? 私、グレン君みたいに強い属性魔術の使い手になりたいの! あんな戦い方、見たことなくて……!」
この前の件を思い出したのか、どこか感激している様子のクレナ。
俺は後ろ頭をかきつつ答えた。
「俺は炎の属性特化だから、光についての扱いは微妙だ。それで構わねーならいいけどな」
教えてくれと素直に言われれば、断る道理もない。
また、光属性の特性は「貫通」だ。
光はどこまでも伸び突き進む、そんな概念から生じる特性。
光属性の魔術を極めれば、扱う魔術に光属性を付与することで全てを貫通するという概念特性付きの防御不可の大技を連発できる。
さらに光属性の魔術は基本、出が早く速度も相当なものなので、こと戦闘においては本来であれば炎並みに強力かつ凶悪な使い方ができるものなのだ。
だが……そんな特性を一ミリも引き出せていないクレナに、俺が教えられることはどれくらいあるだろうか。
「それと教えるなら教えるでゆっくりやりたいものなんだけどな……今はちょいと間が悪いな」
「へっ? この後用事とか……」
「違う。……なあ、いい加減に出て来いよ。ネズミの方がまだ上手く隠れるぜ」
言いつつペンを一本、教室の隅に投げる。
クレナは「へっ?」とペンの行く先を見ていたが、次の瞬間「おわっ!?」と声が上がってペンが飛んでいった先の空間から人影が現れた。
ペンがドスン‼ と壁に突き刺さると、その下には四人の生徒が冷や汗を垂らしながらそれを見上げていた。
こいつら、この前クレナを四対一で襲っていた奴らだ。
今日同じ教室で授業を受けてはいなかったので、別クラスなのだろう。
「馬鹿な、どうしてこちらに気が付いた……!」
「ばれるに決まってんだろ、その程度の《
「黙れ下郎! 四大貴族家、クライナールの者に言う言葉ではないぞ。取り消せ!」
「……四大貴族、今そんな括りまであんのか。昔もいたよ。貴族かはともかく、お前らみたいに無駄にプライドだけ高い奴らなら」
「家に誇りを持って何が悪い! 一族の積み上げてきた血の歴史だ」
「その歴史に泥を塗っているのがお前らだ。自覚しろ。それに気配を消してクレナの後をつけていたのは、後ろから襲う算段でもしていたからか? 今時の貴族は正々堂々って言葉を知らんのか」
俺の時代、貴族は騎士道精神の塊みたいな奴らで溢れていた。
馬鹿の一つ覚えのように一対一での決闘を尊び、弱きを守り強きを挫くと言って譲らなかった奴らだ。
正直アホかこいつらとも思っていたが……それでも昔の貴族連中には、俺は敬意を持っていた。
ソトガミの力でどんどん人間が衰退していった混沌の時代、しかし昔の貴族連中は確かな輝きを放っていたのだ。
死の間際にも決して挫けぬ誇りという、本物の輝きを。
「……お前らのご先祖様もさぞかし悲しむだろうよ。お前らみたいなのが子孫で」
「貴様……‼ クライナールを愚弄するか! ……出来損ないのクレナに改めて制裁をと思っていたが、やめだ。まずはお前から、この前の借りを返させてもらう!」
クライナールとか言う家の生徒たちは、四人で俺を囲むように立ち回った。
……随分と頭に血がのぼりやすい連中だ。
「先日は貴様の隠し持っていた魔道具に屈したが、今日は違う! クレナの制裁用としては過ぎた代物かと思っていたが、持ち出して正解だったな……!」
男子生徒の一人が懐から、小刀のようなものを取り出した。
ほう、この魔力は……。
「
「なっ、何故我が家に伝わる至宝を知っている……!」
いいや、そんなに驚くものなのか。
発動中の魔術も魔道具も、そいつで斬れば一瞬で魔力を食われて術式が消えるって便利なアイテムだ。
五百年前はよく見た代物だったが……。
「お前がいかに魔術を無効化する術や魔道具を持っていようとも! この剣を突き立てれば全てを無に帰せる! さあ、先日の一件と先ほどの無礼。今謝罪するなら恩赦を与えてやってもいいが……」
あまりに大層な言を語られ、俺は思わず「くくっ」と笑いを漏らしてしまった。
失笑の類だ。
「貴様、この数と
「茶番だな。貴族より道化の方が向いてやがるぞお前。……今、恩赦って言ったがよ。そいつはな、強い奴が弱い奴に言ってやるもんだぜ。お前じゃ役者不足だ」
「くっ……もういい! そんなに後悔したいのなら……がっ⁉」
「はしゃぐなよ」
これで少しは静かになったが……ん?
「目視できないほどの一瞬の縮地、中々と言ってやるが……馬鹿め! わざわざ接近してくれるなんてな! このまま貫いてやる!!」
男子生徒が俺の胸へ
後ろでクレナが「グレン君!」と悲鳴を上げるが……。
「なっ、何故刺さらない……!?」
瞠目する男子生徒に、俺はため息をつきたい気分だった。
「先日も見せただろう。炎の魔力属性の真髄、その特性である燃焼を。刃先をよく見るんだな」
「……!? 刃が、溶けている……!?」
これでは制服どころか紙一枚を貫通することさえ叶わない。
「そんな、どうしてこんな!?」
覇王の力、その本質は概念すら捻じ曲げるほどの属性魔力だ。
魔力はより強い魔力に押し負けるが、それと同様。
俺の属性魔力の特性の力が、
「どうした、自慢の
「くっ、くそっ、くそーっ! まさか本当に属性魔術如きに……! それも覇王不在の炎の属性なんぞに!! ええい、お前ら、俺ごとやれっ!!」
「ヘリオス……分かったわ!」
ほう、この男子生徒の名前はヘリオスって言うのか。
今更知ったのと……やっぱり炎の覇王は五百年間俺が封印されていたから不在扱いか。
そしてヘリオスと俺めがけて、残った三人がまた《衝撃波》の魔術を放ってくる。
馬鹿の一つ覚えと言うか、何というか。
「
結局奴らの《衝撃波》は俺に一切届くことなく、術式が焼け落ちた。
さらに
それを見て「家宝が……!」と戦慄くヘリオスと残りの三人。
「……先日、説教で済ませたナーシャもナーシャだ。こいつらに必要なのは説教ではなく罰。しかし教師が生徒を強く罰せないのなら……」
腕を振り上げると、ヘリオスは顔を歪めた。
「や、やめろ……!」
「俺が生徒同士の喧嘩として! 鉄拳制裁してやらァ!!!」
「やめてくれーッ!!!!!」
ゴウン‼ とヘリオスに向かって……否、正確にはヘリオスの顔面の真横をぶん殴る。
すると教室の床に大穴が開き、その衝撃なのか、はたまたよほど俺が恐ろしかったのか。
ヘリオスは自分の顔のすぐそばを擦過した俺の腕を見つめてから、白目を剥いて泡を吹いていた。
……一発殴るまでもなかったな。
「……で、残りはお前らだが」
「ひっ……」
立ち上がって、残った三人を見据える。
全員怯えきっていて、戦意はないと見える。
「興覚めだな。もっと気骨のある連中ならこのままクレナと一緒にしごいてやってもよかったが……お前ら三人、このヘリオスとか言う馬鹿を連れて消えろ。二度と俺とクレナに突っかかるな。突っかかったら……分かるな?」
言いつつ、俺がヘリオスの頭を踏み潰す体勢になると、三人はこくこくと素早く頷いて気絶しているヘリオスを回収して教室から逃げていった。
……隠れはネズミより下手くそだったくせに、逃げはネズミ以上な連中だった。
次いで残ったクレナに、俺は言った。
「さて、邪魔者は掃けたが……クレナ。俺が、怖いかよ? 奴らみてーに、今すぐこの教室から逃げ出したいか?」
半ば意地悪な質問だと思いつつ問いかけると、クレナは服の裾を握りしめつつ言った。
「……ううん。私、やっぱりグレン君みたいになりたい。強くなって、クラス対抗戦に出て……皆を見返したい!!」
強い瞳でこちらを見つめるクレナに、俺は答えた。
「よく言った。それなら俺が強くしてやる」
俺としても学園の生徒であるクレナに魔術を教えることで、ナーシャに報告できる内容が何かしら増えるのではと期待があった。
ともかくクレナは先ほどの四人よりは気骨がありそうとのことで、俺はクレナの魔術を見てやることにした。
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