第4話 学園への入学
決闘を行なっていた生徒たちがナーシャに連れて小一時間ほどしてから。
しょげた生徒たちが学園長室から去ったのを見計らい、俺は学園長室に入った。
「懲罰の時間は終わりか?」
問いかけると、ナーシャは深いため息をついた。
「懲罰ではなくお説教です。今時懲罰、体罰なんてしたら大問題ですよ」
「決闘以外にそういうのも問題ありとは。……魔術師のレベルが落ちたってより、全体的に緩くなっちまったのかもな」
「ええ。……それは間違いないでしょう。平和ボケとも言い換えられますが、学園を預かり魔導の未来を背負う一人としては由々しき事態と考えます。……グレン」
「どうした? 相談なら乗るぞ」
ナーシャは昔から、真面目な相談をする前には名前を呼んで様子を窺うような癖があった。
五百年後もそれは健在らしい。
「こちとらお前に転生させてもらった身だ。頼みのひとつふたつなら軽く聞く」
「あの救世の英雄、三代目の炎の覇王様にそう言ってもらえると心強いですよ」
ナーシャは姿勢を正し、キリッとした表情になった。
真面目な昔馴染みというより、水の覇王としての顔が出ている、そんな気配すら漂わせている。
「グレン。……この学園に通っては頂けませんか?」
「何?」
思わず聞き返してしまった。
俺は一度学園に行ってみたいとは思っていたが、まさか通ってみないかと言われる日が来るとは。
……正直、興味はある。
この五百年後の世界を肌でより深く感じる良い機会でもある。
「でもお前が真面目にそんなこと頼むってなると、他にもあるんだろ?」
「はい。さっきグレンが語っていた、緩くなってしまった今の魔術師たち、即ち魔術界。その原因は現代の魔術に携わる皆にあると考えています。しかしだからこそ……五百年前から直接現代に訪れたようなグレンになら、私たちに見えていないものが見えると思ったんです」
「要は学園に入って、良い点悪い点をナーシャに挙げて、報告していけばいいんだな?」
「その通りです」
ふむ。
俺は学園生活を送りつつ五百年後の世界を楽しめる。
ナーシャは俺が出す報告で学園について、より良い方向に舵を取れる。
悪くない話だ。
「構わないぞ。お前に恩もある身だしな、やるだけやってやるさ」
「グレン……! ……まあ、五百年前に世界を救ってもらった以上、そもそも私たちにはあなたに返し切れないほどの恩は元々あるのですが……」
「細けーことは気にすんなよ。で、いつから入学だ?」
「明後日から平日ですので、その時からお願いします。……さて、制服の用意もしなきゃですね。後は教科書や必要な魔道具に、寮の部屋……寮…………」
見れば、ナーシャの表情が若干曇っている。
「……ナーシャ?」
「あの、グレン。グレンは学園や寮で仲の良い友人ができても、ちゃんと私の城にたまには顔を出してくれますか……?」
「……っ!」
思わず笑って吹き出しそうになった。
あまりに深刻そうな顔をしている割に、悩みが可愛すぎだった。
ナーシャは顔を赤くした。
「なっ、笑うことはないでしょう! 私は大真面目ですよ! せっかく頑張ってグレンを転生させたのにすぐに離れ離れなんて悲しいですから!」
「大丈夫だ、大丈夫! 寮には入らないし、ちょいと遠いけど毎日お前の城から通ってやるよ。長年心血を注ぎ込んで転生させてもらったのにすぐさよならなんて、そんな不義理な人間でもねーぞ俺は」
そんな訳で、俺はナーシャの城から学園に通うこととなった。
***
学園初日。
俺はナーシャの手引きで1学年に編入学することとなった。
クラスは六つあり、覇王の数にちなんでいるとか。
それで俺は炎の覇王だからということか、
ライナと名乗った先生に連れられ、俺はクラスの仲間の前に立つ。
連中は全員、時期外れの編入生が気になるようで俺を興味津々といった面持ちで見つめている。
クラスには人間やエルフ系以外にも、地の覇王と同じ種族の竜人族や、他にも猫のような耳が付いている豹人族などなど、様々な種族の生徒がいた。
昔のように、各種族同士でいがみ合う時代でもないらしかった。
素晴らしい。
「今日からこのクラスの仲間になります、グレン君です」
「よろしく頼むな」
先生の紹介の流れで短く挨拶をする。
ちなみにグレンという名前は今の世では普遍的になっているらしい。
四百年ほど前は「英雄の名前」として赤子の名前にグレンが増えるグレンブームなるものがあったらしいが……今はいいだろう。
ともかくナーシャ曰く本名でも問題ないらしいので俺はそのまま名乗ることにしていた。
「ではグレン君。窓際の空いている席にお願いします」
先生の指示に従い、俺は窓際の後ろの方の席へ座った。
すると……。
「あの、一昨日の……!」
声をかけられたので振り向けば、そこには小柄な金髪少女がいた。
「おお、この前の光属性使いか」
俺がそういうと、周囲の生徒がくすりと笑った。
……その笑いは、どうも少女に向いているようだ。
中立魔術が主流と聞いていたが、まさか属性魔術を使うだけで笑われる時代とは。
少し顔を赤くして俯いてしまった少女に、俺は言った。
「悪いな。……俺はグレンだ、これから頼む。お前の名前は?」
「クレアです。家名は……この前聞いた通りで。よろしくお願いします。それと、一昨日は助けてくれてありがとう」
ぺこりと頭を下げたクレア。
小動物らしい可愛らしさのある子だった。
「はい、それでは一限の授業を始めますよ。まず教科書の……」
ライナ先生が教壇で教科書を開き、黒板に諸々書いていく。
授業は科目により教師が変わるとナーシャは言っていたが、一限はたまたまクラス担任のライナ先生の担当らしい。
「……ふむ」
周りの生徒を見れば教科書や、ノートとか言う白紙の綴られたものを開いている。
紙もペンも昔は高級品だったが今や学園が支給してくれるとは、良い時代になったものだ。
俺の教科書や筆記類は既に机の中に入っていた。
きっとナーシャの計らいだろう。
……さて、この時代の魔術教師のお手並み拝見といこうか。
ナーシャに学園の感想を求められている身だ、それなりに真面目に聞いてみるか。
「黒板に書いてある円形の魔法陣、知っての通り、これは正式には術式といいます。魔術起動に必須なものです。皆さんはこれを自らの魔力によって様々な場所に展開し、魔術を使用しなければなりません」
ふむ。
この辺りは基礎の基礎、魔術師なら感覚として理解すべき点だ。
「一年の皆さんの中にはまだ魔術を習得していない方も多いと思いますので、しっかりとノートにメモをお願いします」
「………………」
感覚として理解できていない者も多いらしい。
しかし魔術が使えなくとも生活はできる。
そういった意味でも尚更なのだろう。
「………………」
横ではクレアも黙々とノートに記入している。
真面目なのか初歩もままならないのかどちらだ。
「そして魔術の種類についてですが、大別すると二種になります。中立魔術と属性魔術になります。基本的に中立魔術の方が会得しやすく威力も高いので、皆さんにはまずこちらをおすすめします。属性魔術は難易度が高い割に威力が控えめなものが多く、こちらは玄人向きになりますね」
「うーむ……」
なるほど、教壇に立ち生徒を導く先生まで属性魔術をこんな扱いなのか。
属性魔術の真価は「特性」にある。
それを1ミリでも引き出せれば並みの中立魔術を余裕で圧倒できるのだが。
そもそも中立魔術は元々、手数稼ぎや補助程度の代物として万人に扱えるよう開発されたものなのだが……。
これもジェネレーションギャップと言ってよいものだろうか。
「……先生」
「はい、グレン君」
「その、こうして座学を学ぶのは良いことと思うのですが……その。実技的な方面はどうなんでしょうか?」
ライナ先生は「ああ、カリキュラム的なお話ですね」と答えた。
「魔術は暴発の危険性もありますから。一年二年は基礎を固めて実技的なものは三年次からです。自主的に実践的な魔術の行使は許可されていますが……あまり推奨はされていませんね」
「……………わかりました」
マジか。
一年二年はほぼ座学。
まともに魔術の実践をやるのは最終学年の三年から。
それは一年の多くが魔術を使えなくても当たり前だが……ううむ。
ナーシャはこの現状を理解しているのだろうか、いいや、しているに決まっている。
ならばさっさとこの体制を変えろと言いたいが、体罰すら問題になるのが現代の実情だ。
魔術なんて自分の魔術を暴発させつつ上達し、一度や二度は死にかけるのが五百年前の当たり前だが……過度に安全に気をつかう現代ではそうもいかないと。
(これは緩くなった魔術界を立て直すのは、一筋縄ではいかねーな)
きっとナーシャも、気がついた時にはこうなっていたと感じたことだろう。
でなければこうなるまで放置はしまい。
恐らく俺の転生についての研究が終盤の数十年は忙しくて……とはそんなところではなかろうか。
(まあ、時間はある。まずは学園の様子をより注意深く観察するか)
そう思いつつ、俺は授業を聞いていた。
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