第3章 山が動く(4)

4

 聖竜暦1260年10の月14の日――

 正午――


 ついに戦端せんたんは開かれた。

 結局、カエサル・バルからの返答はなかった。代わりに関門所の向こうにゲインズカーリの軍勢が集結している。

 その数2万――。


 後詰ごづめのカエサル・バルはまだこの場所には到達していない。いや、正確に言えば、この場所には来るつもりがないのだろう。


 おそらくのところだが、この関門の少し先にあるグランドリューデ渓谷に陣取っていると思われる。

 そこは、地面に深い亀裂が入ったような地形をしており、王都ゲインズカリオへ入るためには避けては通れない要衝ようしょうとなっている。

 ゲインズカリオへ向かうためには切り立った崖の間を行軍するほかなく、大軍を迎え撃つには格好の地形となっているのだ。


「カエサルはこの関門には現れない! つまり、目の前にいるのは烏合うごうしゅうと同じ! 一気に蹴散けちらして、グランドリューデ渓谷の手前まで押し入るぞ! 全軍、かかれ!」

第一軍の将、フューリアス・ネイ大将軍の号令を合図に、漆黒の騎馬部隊4000が関門を一気に駆け抜け、目の前のゲインズカーリ軍へ向けて殺到した。


 オオオオオオオオオ――!!


というときの声を上げて、漆黒の鎧を身に着けた騎馬隊がまるで一陣いちじん疾風かぜとなってゲインズカーリ軍へなだれ込む。

 これをどうさばくこともできず、部隊の中央を割られた格好になったゲ軍は、あるものは馬に蹴り殺され、あるものは馬上の騎士の斬撃に真っ二つにされ、一合の斬撃も食らわせることもできず、ただの抜け殻か肉片へとなり果ててゆく。周囲の辛うじてこの初撃から逃れたものは隊列を


 ここに向けて、メイシュトリンドの第三軍、シエロ率いる歩兵部隊4000が殺到した。

 数では2倍以上もいるゲ軍とはいえ、戦線が突破されたうえ、士気も低ければ、正しく木偶でくぼうと同じだ。ひどいものでは、武器をなげうって、逃走するものも出ているありさまだ。


「抵抗するものは斬れ! 逃げるものは放っておけ! 遅れるな! 第一軍の後を追え!」

シエロは兵卒たちにそのように声をかけ、鼓舞しつつ軍勢の間を割ってゆく。

 この後には、キリング・メルキュリオ将軍の第三軍、戦車部隊が控えている。いつまでも自分たちがここにいては動きが取れないのだ。


「すすめ! 足を止めるな! 前進せよ!」


 先頭を駆けるシエロは目の前にいるゲ軍の兵卒を右に左に斬り倒しながらも走ることをやめない。それに続く4000人の歩兵たちも、一糸乱れぬ隊列を形成しつつ、ゲ軍の部隊の間に、何本もの筋を形成しつつ、斬り倒しながら進んでゆく。


「斬り残したものに目を向けるな! 後ろのものに任せて進め!」


 シエロは言いつつ、一瞬後ろを振り返る。


 後方で砂塵さじんがさらに舞い上がるのが見て取れた。


「第三軍が前進を開始した! 急げ! 巻き込まれるぞ!」

言いつつも前に立ちふさがる敵兵を短冊たんざくのように頭からまたまで真っ二つに斬り倒す。


「将軍! 見えました! 抜けます!」

隣を走る副長のカリオン・ランバルトが叫んだ。


「よし! カリオン! お前はこのまま走れ! 私はここでためを作る!」

「は! し、しかし……!」

「止まるな! 行け!」

「はっ! ご無事で! ついてこい、止まるな!」


 カリオンはそのまま抜けていく。抜けたところで敵兵の退却にふたをしてくれるだろう。これで、敵兵たちは脇へと流れるしかない。


「リュージィ! 急げぇ!」

シエロはとどまって左右の敵兵をぎつつ、後方へ向かって叫ぶ!


 数瞬後、後方から元気な声が返ってくる。

「はっはー! 将軍! こんなとこで何やってんすかぁ! お迎えに来てくれるたぁ、律儀な方ですなぁ!」

 もう一人の副長、リュージィ・カイルロードの声だ。


「はん! 元気そうでよかったよ! キリング将軍が来る、もう少しだ、急げ!」

「分かってますってぇ! 俺が間に合わないことなんてこれまでなかったでしょーが!」

「あるわけないだろう! これが初陣なんだからさぁ!」


 二人はそんなことを言いつつ、利き手の剣を振るうのは休まない。近寄ったものすべては、細切こまぎれの肉片へと瞬時に変わってゆく。血飛沫ちしぶきが舞い、地面はすでに血の海だ。


 ようやく最後尾の兵がシエロの元にたどり着いたのを確認した二人は、一気に敵兵の間を割って走る。

 数秒後、敵兵の切れ目が見えた。


「各員、散開! 脇によけろ!」

シエロは包囲を抜けた瞬間に大きく叫ぶ。


 今来た血の道にはまだ斬り残した敵兵や、逃げ遅れて方位を見失ったものなどがそれこそ行く場所を見失った亡者のように群がっていた。

 そこに砂塵が徐々に近づいてきたかと思うと、怒涛どとう轟音ごうおんを上げて、左右に分かれたシエロの部隊の間を、濁流だくりゅうのごとき勢いで駆け上がってゆく。


 キリング将軍の第三軍、戦車部隊の列だ。


 が通り過ぎた跡には、先ほどまでさまよっていたどもは一人として立っているものがいなかった。








 


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

仮初の安寧はやがて消えゆく――ドラゴン・ウォーズ 永礼 経 @kyonagare

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ