第3章 山が動く(1)

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 聖竜暦1260年10の月2の日――

 メイシュトリンド王国王都メイシュトリンド国王執務室。


 ついに山が動く。

 この会議において、執政ゲラート・クインスメアは今集まっている面々が驚愕する方針を打ち出した。


 今回のこの会議に集まったのは、メイシュトリンドの王政の中心人物たちである。

 国王カールス・デ・メイシュ、執政ゲラート・クインスメア、フューリアス・ネイ大将軍、キリング・メルキュリオ将軍、リチャード・マグリノフ錬成研究所所長改め黒鱗合金ノワリミニウム武具開発所所長、ラウール・マルテ鍛冶工がしら


 そして、シエロ・クインスメア将軍。


 以上が集められた。


 まずはリチャードの報告から始まった。リチャードの研究に革新的な進展が見られたという。リチャードは黒鱗合金の研究を続ける傍ら、対聖竜決戦兵器の開発も秘密裏に行ってきた。

 黒鱗合金は闇の素粒子の顕現「黒鱗石」を武器化するために黒鱗石と金属を掛け合わせた超合金である。

 その強度は現在、この世界で最高峰と目されている。事実、この合金製の剣は、これまでの鋼鉄製武具をも切り裂き、敵の鋼鉄製武器を無力化するほどの強度をもつ。

 対人戦闘においてこの武具をまとった兵は、おそらく余程の新兵でない限りおくれを取ることはまずない。


 しかし、聖竜を相手にするとなると、どうなのか? あの聖竜の炎息吹ブレスにどこまで耐えれるか、それが一番の懸案事項だった。


「対聖竜決戦兵器が完成いたしました。――黒鱗装甲戦車です」

リチャード・マグリノフが宣言した。


 一同は身を乗り出す。


 ラウール・マルテがあとを受けて説明をする。


 戦車と言ってもこの時代、まだ自走車両は生まれていない。いわゆるこちらの世界で言う内燃機関、つまり「エンジン」というものが生まれていないからだ。

 なのでここで言う戦車とは、あくまでも聖竜の炎息吹ブレスを受けても焼かれないで兵を運べる運搬車両と考えてもらった方が想像しやすいだろう。


 構造は簡単明瞭だ。馬に黒鱗合金製の武具を着せ込み、黒鱗合金製の「幌馬車」を引かせる。車輪もすべて黒鱗合金製で、その車輪から横へ飛び出た刃を付けている。この戦車に近づいたものはすべてその車輪の餌食となるだろう。


 当然、その黒鱗合金はこれまで以上に純度を高めており、これでも聖竜の炎息吹ブレスに耐えられないのであれば、聖竜の撃退はまだまだ不可能であると言える。


「これまでの俺たちの実験によれば、耐えられるはずだ。しかし、結局は本物とやってみなければわからねえ――」

ラウールが最後にそう言った。


 この言葉に対してリチャードはラウールに向かってやや硬い表情を向けたが、すぐに取り直して、

「なににせよ、現在最強の兵器であります。この装甲戦車の脅威を見せつければ、『保有国』と言えどもそう簡単に撃退できるものではありますまい」

と言って、とりなした。


「これまでのゲインズカーリ軍の動きから、大規模な行軍の気配は見られません。しかしながら、たびたび小隊が国境を越え近隣の集落を狙う動きを見せております」

シエロが国境の様子を伝える。


 結局のところ、小競り合いはカエサル・バルの遊戯ゲームのようなものなのだろうが、やられるこちらとしては放っておくこともできない。


「やはり、ゲインズカーリへ侵攻するほか方法はないのか――」

フューリアスがこぼした。


 元凶はわかっている。カエサル・バルだ。この王は元軍属出身であるが、いわゆる勇士ではない。ただの戦闘好きで狂人の類である。ただ、その戦闘に関する能力は絶大で、過去に敗北を喫したのはかつての「東征」の時のみだ。それも、武具の性能の差によるものであり、部隊の練度、戦術の緻密さ、カエサルが率いたときの兵の士気など、すべてにおいてメイシュトリンド軍を圧倒していたのは事実なのだ。


「実際、カエサルやつを暗殺するなどが不可能である以上、正面から叩き伏せて女王を引きずり出さねば、この戦は終わらぬのであろう――」

キリング将軍も同様の考えのようだ。


「王よ、ご決断を。ゲインズカーリを攻略し、女王ロザリアを捕縛し、この争いに終止符を打つか、それともこのまま小競り合いに付き合い続けるか、いかがなさいましょう?」

ゲラートが王に詰め寄る。


 カールス王は渋い顔をしてこう言った。

「もう答えは出ておるのだろう? わしにそれを言わせるのか――。ああ、まあそれがわしの役目というものだろうから致し方ないのだが、つくづく王というのはわしの性に合わない役回りよ――」

そう一言前置きをすると、周囲の参列者たちは同情の視線を向ける。こういうところがこの王の王たるゆえんなのだから致し方ない。

「わかっておる。そんな目でわしを見るな。――大将軍フューリアス・ネイに命じる。即刻討伐軍を編成し東征を開始せよ」


「はっ。仰せのままに」

フューリアスが即応する。


 ゲラートは視線を愛息子の方へ向けた。

 シエロは父のその視線に小さくうなずいた。

 

  


 

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