第2章 空、シエロ(2)

2

「将軍! クインスメア将軍! 関門の北でゲインズカーリ軍の1部隊が侵入した模様です!」

慌ただしく衛兵の一人がシエロへ向かって走りつつ叫んだ。


「北はエルルートの担当だったな。状況は?」


「はい。敵部隊は100ほど、現在エルルート隊長の部隊があたっておりますが、状況は拮抗している様子です」


「すぐに、ケイン隊を向かわせろ。それで片が付くだろう――」


「は――」

返事をした衛兵は踵を返すと走り去った。


 数分後、国境警備駐屯地から走り出してゆく一


 最近はゲインズカーリとの小競り合いが続いている。

 目的は定かではない。

 そもそもゲインズカーリの現王カエサル・バルは好戦的な男で、戦好きときている。単純に彼にとっては競技ゲームを楽しんでいるようなものなのだろう。

 だが、それに使われる兵士は生身の人間なのだ。

 怪我もすれば命を落とすことだってある。


 とはいえ、放っておけば近隣の集落へなだれ込み、略奪、凌辱を繰り返すことも考えられるため、メイシュトリンド側としては放っておくわけにもいかない。

 

 結局数合やり合って、分が悪くなると引いてゆくという事をたびたび繰り返している。相手も人間だ。ゲームの駒のような扱いに付き合ってはいられない。

 なので、士気はそれほど高くないし、無理に突っ込んでも来ないのだ。


 カエサルもそこは利口な男で、退却した兵たちを罰したりはしていない様子だ。駒が無くなってはゲームは続けられないのも必定、そのぐらいのことはわかっているのだろう。



(しかし、おかげでこちらの軍の練度もどんどん向上している。最近はほとんど死者も出ていない。つまり、兵たちが戦慣れしてきているという事だ――まあ、そこは向こうも同じなのだろうが) 

 

 数十分後、北の小競り合いはやはり相手が引いていったとの報告を受けたシエロは、伝令に「ご苦労」と声をかけ、

「蔵にヴァイン酒があるだろう? 1樽もって北へ届けてくれ。エルルートとケインの隊の兵に振舞ってやれ」

と、そう言った。


 しかし、この小競り合いはいつまで続くのか。

 父上の話では、幾度となくゲインズカーリ本国王都へ交渉のテーブルにつくよう呼び掛けているが、女王ロザリア・ベルモット・エル・ゲインズカーリは頑として応じないという。


 これでは、いつまで経ってもここを離れられない。

 

 シエロが初めてここの任についたのは6年前だった。任期は2年。2年したら半年の離脱期間があり、また2年。そうして今回が3回目の任期にあたっている。

 今回の任期終了まではあと1年ほどしかない。

 この間に事に収拾がつかなければ、4度目の任務もあり得る。そうすると、半年の離脱期間のうちに、あいつのところへ行ってやることもできない。


(ミュリー、僕たちはいつになったら一緒になれるんだろうな――)


 シエロは、はるか南の地で小麦畑に立ち、風に髪をたなびかせている恋人に思いを馳せていた。



******



 ゲラートは今日もまた報告を受けていた。


 国境付近でゲ軍の一団が侵入、これを撃退したという報告だ。


(くそ! いつまでこんなことを続けていくつもりだ! さすがに我慢にも限界がある――)


 ゲインズカーリへ送っている使者は毎度同じ理由で追い返されている。つまり、交渉をするつもりはないという意思表示だろう。

 しかし、この国境問題が終結せねば、内政に支障をきたし、国家の産業の発展に大きく響く。現に、この数年、防衛費に費用を充てているため、街道整備や、産業施設などの整備に回すはずの予算がどうしても足りない状況が続いている。


 この間、武器にも大きな変化や革新は生まれなかった。「黒鱗合金」製の武具の製造は続けられていたが、新兵器と呼べるようなものはまだ生まれていない。

 リチャード・マグリノフはその後も研究や開発を進めているが、やはり、長寿のエルフにとって5、6年などほんの一瞬に過ぎないのだろう。われわれ人族とは時間の価値観がやや、いや、相当ずれている。


 ゲラートももうそれほど若くはない。執政としてこの国を支えられるのももうあとわずかだろう。


 ゲラート・クインスメア。今年で47歳となる。シエロの養父。メイシュトリンド王国執政。

 この若いころからその天賦の才を発揮し続けメイシュトリンド王国を支えてきた天才も、随分と歳を重ねた。『非保有国』であり小国であったメイシュトリンドは、ヒューデラハイド王国の滅亡により一大転機を迎えた。南方の新国家グランアルマリア民主国との同盟である。

 軍事はメイシュトリンド、内政はグランアルマリア。この強力な協力関係は世界に多大なる脅威として影響を与えた。

 その結果、『保有国』間の緩衝地となっていた小国たちはあるいは滅ぼされ、あるいは統合され、世界地図が大きく書き換わってしまった。


 その難しい時期をなんとか乗り越えてここまでやってこれたのは、彼の手腕にかかる部分が大きい。


(しかし、これ以上はさすがにもう時間がない――)


 ゲラートはある考えを胸に秘めていた。

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