第3章 第五の脅威(5)

5

「ウィアトリクセンとゲインズカーリは同じ『保有国プレッジャー』同士です。まさか、この二国が戦端を開くとは、少々考えすぎというものではありませぬか?」

キリング将軍が口火を切った。


「いえ、あながちないものとは言い切れませぬ。さきのクルシュ川危機においてゲインズカーリ軍は散々の敗北を喫したにもかかわらず、聖竜を使いませんでした。結果として、各『保有国プレッジャー』ははっきりとした動きは見せず、静観の構えをとりました。これは、先に聖竜を差し向けた方が大義を失い、大義を得たゲインズカーリに聖竜を繰り出す口実を与えることになると他の『保有国プレッジャー』が考えた結果によるものと思われます。同盟国に侵攻されていながら明確な援軍を送ってこなかったヒューデラハイドの動きを見れば、これは明らかです」

執政ゲラートが意見を投げる。


「そうですな。私が立てた“竜抑止力理論D.D.T.”は致命的な欠陥がございました。まさに、それが今明らかになったのです。互いに聖竜との契約をもった国同士では戦端を開くことを抑制するだろうとみていたのですが、このようにそれを逆手にとって、強硬手段に出た場合、身動きが取れなくなる傾向が強まってしまうのです」

リチャード・マグリノフは、まるで他人事ひとごとのように言う。


(この、研究馬鹿野郎えせ予言者――)

 そう、フューリアスは胸に湧き上がる怒りを覚えたが、努めて平静を装い、質問をする。

「先生のご意見としては、今回もし、ゲインズカーリがウィアトリクセンに侵攻したとしても、聖竜は使わないというお見立てでありますか?」


「左様。おそらく聖竜は先のクルシュ川危機と同じように、温存の構えをとるでしょうな。そうすることで、他の二つの『保有国プレッジャー』を足止めできることになりますからな」

リチャードは、さも当然であるといわんばかりだ。


「となると、単純にウィアトリクセンとゲインズカーリの戦力差がものをいう事になるが、これはどうなのだ?」

カールス王が前線指揮官であるキリング将軍に問うた。


「は……。おそらく数的には互角とみてよいかと思いまするが、兵の勇猛さという部分においては圧倒的な差があります。ウィアトリクセンは他種族集合の国、そもそも意見をまとめたり、軍を指揮するような統率力を持ったものがいまだ不在であります」

キリングが答えた。


「そうなると、数が多いうちは互角に見えても、徐々に士気の高いほうが押し込み始める。そしてある一定の差が生まれたとき、加速度的に戦局はゲインズカーリの方へ傾くだろうな――」

フューリアスが戦局を予測して言った。


「先生、もし仮に、ウィアトリクセンが滅んだ場合、黒雷竜ケラヴナシスはどう動くとみますか?」

ゲラートがマグリノフへ意見を求める。


 そうだ、契約の相手国を失った聖竜はその後どうするだろうか――?

 これまでそのような事態を考えてはこなかったが、実際考えてみれば、起きないことではなかったのだ。


「先生、いかがかな――?」

カールス王も明確な興味をもって重ねて聞く。


「そうですなぁ――。聖竜の行動の本質はいわば“食欲”にあるとされております。仮にウィアトリクセンがすべてゲインズカーリのものとなった場合、その「土地」において聖竜の晩餐を行うことができるのは、ゲインズカーリの契約竜ということになり、黒雷竜ケラヴナシスは合法的に“食欲”を満たすことができませぬ。なれば、放浪竜となり、この先は好きなところで“食欲”を満たすことになるのでしょうが、そうなれば、他の聖竜の縄張りと被ることになる為、最悪、聖竜同士の争いとなるやもしれませぬなぁ――」

そこまで言った後、もう一つの可能性に気が付いた。

「ああ、もう一つ可能性がありますな。ゲインズカーリが黒雷竜ケラヴナシスと契約を結び聖竜の晩餐を保証するという道がございますな――」


「な、なんと! 二柱ふたはしらの聖竜と契約を結ぶだと? そんなことが可能なのですか!?  それは、とてもまずい状況ではござらんか――」

キリングは椅子から飛び上がるほどの剣幕で叫んだ。


「たしかにそれはまずい。そうなるともうゲインズカーリに対抗できる国家は存在しなくなる。世界はゲインズカーリの手に落ちるだろうな――」

カールス王はさすがに気が気でない様子で頭を抱えてしまった。

「専守防衛を宣言した我らにできることと言えば、なにがあるというのだ……。兵を出さずに支援する方法などあるのか?」


 力なくつぶやく王に進言したものがあった。


「それでは、ノワリミニウム鋼製武具を貸し与えるというのはいかがでしょう?」

リチャードの言だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る