第2章 歪んだ均衡(1)

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 ゲインズカーリ王国――メイシュトリンド王国の西に位置する『保有国プレッジャー』である。契約竜は青氷竜せいひょうりゅうアクエリアス。現国王はその出自が若干異質の王で、もともとはこの国の王国軍大将軍だった男で、名をカエサル・バルと言った。

 『竜抑止力理論』が議論され始めたころ、まだ、ゲインズカーリ王国がこの地域に乱立する小国の一つであったとき、大将軍カエサルは、時の国王にこの案を取り入れ即刻対応すべきと進言したのだが、れられなかった。

 

 どころか、カエサル・バルを反逆者としてその現職を解き牢につなぐという横暴に出た。実はこのカエサルに対する、過剰な処分は一説には王の一人娘である皇女との男女関係が噂されていたこともあったとされている。ときの国王は、軍人然とするこの男をあまり好ましく思っていなかった。

 国王は、自身の娘たる皇女に国王肝いりの貴族家の嫡男を迎えさせ、その裕福な貴族家を後ろ盾とし、自身の在位を盤石なものとしようと考えていたらしい。

 その意味もあって、皇女と恋仲になっていたこの将軍をどうにか排斥できないかと考えていたようだった。


 そんな時、折よく、カエサルが王に対して進言してきたのである。これ幸いと思った王は、自分とは違う意見をしつこく進言したということを口実として、カエサルの更迭こうてつと、投獄を決定した。


 しかし、事態はここで急転した。


 この報を受けた皇女が、王国軍を率い国王に対し反旗を翻したのである。

 皇女は、大将軍カエサルを奪還し、自身の父であった前国王を誅殺した。


 そうして、自身が王女となり、国王としてカエサル・バルを迎えたというわけだ。

 その際、国王肝いりの貴族たちは皆、国家反逆罪として、ことごとくとらえられるか、あるいは暗殺され、処刑された。なんとか国外へ逃亡したものもいくらかはいたようだが、もう貴族としての再興は絶望的であろう。


 まったくいつの世も、男女間の問題というのは歴史の表裏で様々な影響を及ぼすものだ。


 その後、国王カエサル・バルは青氷竜アクエリアスとの契約を成功させ、『保有国』となり、周辺地域の編入、および、占領作戦を開始し、一大王国へと変貌を遂げ今に至る。


 聖竜歴1248年10の月8の日、

 そのゲインズカーリ王国がこれまでの均衡を破り、隣国へ侵攻を開始した。

 侵攻対象は、メイシュトリンド王国。戦端を開いた大義名分は、「四大『保有国』に対する反逆行為」である。


 なんとも一方的な名分である。


 『保有国プレッジャー』と『非保有国ノンプレッジャー』というのは、あくまでも『聖竜との契約ドラゴンズ・プレッジ』を持つ国か否かの区別をするために生まれた言葉であり、それぞれの国家間の関係を示すものではない。

 つまり、各国はそれぞれ独自に協力関係や隷属関係を結んでいるのであり、『保有国』であることを理由として無条件で『非保有国ノンプレッジャー』を属国として扱うことができるものではないのである。

 しかもだ。

 「四大『保有国プレッジャー』に対する」という言葉にあるように、ゲインズカーリがあたかも4つの『保有国プレッジャー』を代表して戦端を開いたかのような印象を与えるものである。

 当然、他の3つの『保有国プレッジャー』は、寝耳に水であった。


 この大義名分については誰の入れ知恵によるものかおおやけにはされていないが、おそらく、前国王の娘、今の王女であろう。

 この女性、なかなかに策士である。


 だが、いずれにせよ、メイシュトリンド王国にとっては困った状況になった。

 世を導くもの・リチャード・マグリノフに対し支援し、研究の場を与えていたのは事実なのである。いったいどこから漏れたのか、それを追求する必要はあるだろうが、今はそれよりも、事態の収拾の道を模索せねばならない。

 ゲインズカーリの軍勢は、西のキリルドをすでに制圧しているのだ。

 

 ゲインズカーリ国軍が国境を越えたという報告を受けたカールス国王は、すぐに一軍を派遣し、対抗策を講じようとしたが、まさか、本気で侵攻してくるとは考えていなかったため、多勢に無勢であった。

 送った軍勢はその戦力差を前に前線すら構築できず、キリルドの東にあるヌイハールまで後退し、ゲインズカーリ軍の動向を監視するぐらいしかできないでいた。


「ゲラート、どうしたらよいのだ? 何か方策はないのか?」

カールス国王は頭を抱え、今にも崩れ落ちんとするように体を折って、苦悶の表情を見せている。


「は、南の同盟国、ヒューデラハイドへすでに急使を走らせております。追って返事が参りますでしょう」

ゲラートは、それが何の希望にもならないことを承知の上で応答する。ゲインズカーリ軍は今日にも進軍を再開するかもしれない。キリルドから王都まではどんなに多く見積もっても、1週間もかからないのだ。


「それを待っておる余裕はないかもしれぬぞ。ここはやはり、マグリノフを引き渡し、難を逃れる方がよいのではないか?」

 この親分肌の男は、面倒見は良いのだが、こういうところがある。匿っておきながら、差し出せば、名声は地に落ち、いずれにしても、カールス国王の御代は永くはもたないだろう。

 そういう計算が少し疎いところがあるのだ。


「いえ、それは軽率というものでしょう。事ここに至っては、いまさら差し出したところで、ゲインズカーリが侵攻をやめて退却するとは思えませぬ。それに、もしそのような行動をとられれば、世のものは王を大義を持たぬ下賤のものだと嘲笑することになりまする。それだけは断じてなりません」

ゲラートは、無礼を承知で進言する。こういう言を、なんの気にも留めず聞き入れるところが、カールス国王が愛されるゆえんだ。


「では、どうすればよいのだ? だまって待てというのか――?」


 その時謁見の間に一人の男が現れる。

 くだんの男、リチャード・マグリノフだった。


 リチャードは、つかつかと王の前に進むと、こう宣言した。


「カールス王よ。ついに完成いたしました。黒鱗合金こくりんごうきんの武器、1万器、すぐに国軍に投入可能です。ゲインズカーリ軍を駆逐し、この新しき時代の幕開けを高らかに宣言しようではありませぬか――」


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