第1章 英知の結実(10)

10

 フューリアス・ネイは、その子を抱きかかえ、馬に跨り、傍の川原まで運び、体を洗い、自分が纏っていたケープをかけてやり、水を飲ませ、パンを与えた。


 まだ話せる様子ではなかったが、目を覚ましたこの子は特にけがを負っているわけではなく、ただ、空腹と心労によって倒れていたように見えた。

 どうやらまだ10歳ぐらいの男の子のようだ。

 すぐにケリブの町まで連れ帰って休ませようかとも考えたのだが、そうはできない事情がフューリアスの側にある。この子こそが探していた『聖竜の晩餐を逃れ得たもの』かもしれないのだ。


 男の子は初め、パンをちびちびと口にしていたが、徐々に食べれるようになり、ついには拳大ぐらいの一つをしっかり食べ切った。

 様子を見る限り、もう心配はなさそうだ。


「おまえは、あの村の生き残りなのか?」

フューリアスは無遠慮に質問をした。


 男の子は小さく頷き、フューリアスを訝しげに見つめる。


「自己紹介がまだだったな。俺はフューリアス、北のメイシュトリンド王国の命令でお前の村を見に来た。聖竜の晩餐……あれの状況を知るためにな。お前名前はなんという?」


「シエロ……」


「ほう、『空』か。いい名前だ。親につけてもらったのか?」

フューリアスはこの地方の言葉でそれを意味することになぞらえてそう返した。


 シエロと名乗った少年は、そういったきりうつむいて小刻みに肩を震わせている。


「そうか、みんなやられてしまったんだな……。くやしいか?」


「あの竜、絶対許さない――」

シエロは涙をこらえながら絞り出すように言った。


「おまえはどうして生き残れたんだとおもう?」


 相変わらず無遠慮な質問を投げるフューリアスに、若干苛立ちながらも、

「わからない……」

シエロはそう答えた。

「竜が来たとき、お母さんが家の地下室に僕をほおりこんだんだ。お父さんがちょうど出て行っていたから、お母さんは探してくるって言って……」


「そうか。おまえどこか行く当てはあるのか?」


 シエロは首を大きく横に振る。


「俺と一緒に来るか? メイシュトリンドに帰れば、どこか生活できる場所を探してやってもよいが?」

フューリアスにはこの子を連れて行かねばならない事情はあるにはあるが、無理やり拉致するわけにもいくまい。ダメもとで提案してみたに過ぎない。


 シエロはしばらく考え込んでいたが、ほかに行く当てもない今は、この男に頼るしかないことは明白でもある。そのぐらいは幼いながらも理解できた。

 やがて、首を縦に振った。


「いいだろう。さすがにいつまでもそのケープ一枚でいるわけにもいかないな。ケリブの町でなにか着るものを見繕うとしよう。――立てるか?」


 シエロは頷き、立ち上がった。


「よし、いいぞ。強い子だ。これからは自分の足で進むしかないのだからな。どんなことがあっても立ち止まらぬように足を踏みだすことは大切なことだぞ。覚えておくがいい。さあ行こうか」

そう言って二人はこの場所を後にした。


――――――


聖竜歴1243年9の月10の日――

――メイシュトリンド王国王城内、執政執務室。


 フューリアスとシエロは並んでソファに腰かけていた。

 目の前の一人掛けソファにはゲラートが座っている。


「――で、この少年が聖竜の晩餐の唯一の生き残り……というわけか」

ゲラートは腕組みして目を閉じてしばらく思案していたが、ついには、

「――わかった。とりあえず部屋を用意して私の養子として面倒を見よう。そうだな、私の昔の恋人が若くして亡くなったから、その子を引き取ったとでもしておくことにするさ。――シエロ、心配はいらないよ。ここでしばらく暮らすがいい。それで独り立ちできるようになったらその後のことはそれから考えればいいさ」

ゲラートは事も無げにそういった。

 フューリアスがこの男のことを親友として認めているのは、こういう面倒見がいいところがあるからでもある。

 カールス国王のことを、困ったお人だなどという割には、この男もどうして、なかなかの親分肌である。


「そうしてくれると助かる。俺が預かることになれば、仕事がやりづらくなってしまうからな」

フューリアスはそう言って、胸をなでおろした。


「連れ帰ると決めたときからそのつもりだったのだろう? ――まぁいいさ、それと、この子のことはしばらくは内密にしておこう。リチャードが聞きつけたら何を言い出すか分かったものではないからな。――シエロも、しばらくは口裏を合わせておくんだよ? いいね?」

そう言ってゲラートは少年に微笑みかけた。


 シエロにはすでに選択肢はないのだ。ここは従っておくほかないことを承知している。こくんと小さく頷いた。


――――――


 それから5年と少しの月日が流れた――。

 

 聖竜の晩餐が数回起きた以外、特に世界情勢に変わりはなかった。国家間の戦争や地域の領主争いなどの紛争と呼べるものもなく、比較的『平和に』推移していた。

 そう、この時までは――。


聖竜歴1248年10の月8の日――

 ゲインズカーリ王国の東征が突如として始まったのである――。


 最初に侵略を受けたのは、メイシュトリンド王国の西の地方都市キリルドだった。


 理由は、『四大保有国プレッジャーに対する反逆行為』――。


 世を導くもの・リチャード・マグリノフが、四聖竜に対抗しうる兵器の研究をメイシュトリンド王国の庇護のもと行っているという情報が漏れたのである。

 ゲインズカーリ王国はこれを口実として、ヒューデラハイド王国の協力国で、2国間の緩衝地であるこの小国の制圧に乗り出したのだった。

 

 そして、時を同じくして、一つの研究結果が結実した。


――黒鱗合金ノワリミニウムの完成である。











第1章 英知の結実 完






――――――――


 第1章完結までお読みくださりありがとうございます!


 ………………。

 とりあえず、第1章完結まで漕ぎつけた――。

 

 いろいろと拡げてしまったが、なんとかなる! はずだ(笑)


 

 この先も、ゆっくりとお付き合いいただければ幸いです。


 




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