第1章 英知の結実(9)

9

 戦場はどこも同じだ。

 あらゆるものが焼き焦げたにおい、血の匂い、肉が腐った臭い、それに群がる動物どもの尿や糞の臭い――――。

 何度見ても慣れることはない。

 

 フューリアスはを予測していた。


 が、は、思っていたものとは違っていた。

 いや、焼き焦げたにおいは存在している。だが、が存在しないのだ。


 人間の死体の臭いが、ないのだ。


 かつて村だったと思われる残骸は全て灰と化しており、なに一つ残っておらず、そこはただの焼け野原になっている。

 ただただ、灰が積もっているだけだった。


「これほどとは……。完全に焼き尽くされているな……」

さすがに初めて見る光景に息をのんだ。

「ここまで焼き尽くそうと思うと、相当の火力が必要だが……」

フューリアスは地面に触れてみようとかがんでみる。

「土の表面にガラス質のものが見える。砂が高温で熱せられた証だ……。聖竜の息吹ブレスとはこれほどのものなのか、これでは人など一瞬で灰になるのもうなづける。さてと、何か残っているものがあるかという事だったが……」

ぐるりとあたりを見渡してみるが、本当にといえるほど何もない、と思ったその時だ。


 村から少し離れたところに、何かが横倒しになっているように見えるものがあった。

 なんだあれは?

 咄嗟にそれに向かって走り出す。

 村から200メートルほど先の草原に、たしかに黒いものが横たわっている。


 近づくにつれだんだんと形がはっきりしてくる、人だ! それも、かなり小さい。


(――子供? だと?)

フューリアスは走りながら、思考を巡らせる。

(まさか……、生きてはいまいが……。死体が残っているだけか?)


 やがて、傍まで来ると、形がはっきりと分かった。

 子供だ――。

 すすけて真っ黒にはなっているが、見たところ、どこかを焼失したりはしていない。どころか、息づく者の瑞々しさを感じる。

 

「お、おい! 大丈夫か? 生きてるのか!?」

思わず声をあげて、抱きかかえてみる。

 

 体温がある――。生きているぞ――!


 フューリアスは、感動と歓喜にむせびながらも必死に叫んだ。

「おい! おい! しっかりしろ! 大丈夫だ、お前はまだ生きているぞ! 目を、目を開けろ!」


 その子供の瞼が痙攣するようにひくひくと動いた。

 フューリアスは必死で頬を張った。


「がんばれ! 生きるんだ! 起きろ!」


 やがてその子供はすぅ――っと目を開けた。


――――――


 ――メイシュトリンド王国立大庭園地下、極秘施設、

 リチャード・マグリノフ錬成研究所・溶鉱炉前――


「くそっ! やはりこのままでは無理なのか……」

リチャード・マグリノフがそばにいるドワーフに語り掛ける。


「おまえさんの言う通りやってるよ。しかしなぁ、うまくいかねぇなぁ」

リチャードの胸ぐらいしか身長のない、ずんぐりした体のその男が答える。


「なにか方法があるはずだ。この黒鱗石こくりんせきに『光』の素粒子を取り込んでとどめおく方法が……。それさえうまくいけば、「それ」は作ることができるのだがな」

リチャードは唇をかんで思いつめる。


「しかしなぁ、たしかにこの石が光を通さないという性質があるのは事実だが、そこに取り込まれた光は素粒子ごとそのまま消失してしまうんだ」

ドワーフの男、ラウール・モルテはそういって頭を掻く。


「やはり、が不足しているのだ。おそらく、黒鱗石に『光』の素粒子をとどめおくためにがあるのだろう。それを見つけなければ、この研究は成功しないのかもしれん……」

リチャードはそういって、やや肩を落としたが、

「だいたいの見当はついているのだ。黒鱗石はおそらく『闇』の素粒子の顕現。であれば、それと対を為す『光』の素粒子の顕現があれば、均衡を保つことが可能なはずだ。それさえ見つかれば……」


「空気中に少量のみ存在する『光』の素粒子の発見は見事なもんだ。しかしなぁ、これだけ不安定な素粒子をこの黒鱗石に取り込んだうえ、そのままとどめおくのは至難の業だぜ?」


「ううむ……、均衡を保つのに必要ななにかが見つかるまではいろいろと試すほかない。それを発見する必要がある為、先日、この国の王カールスに聖竜の晩餐の地の探索を進言したのだが、あの男、いまいち我らのことを信用していない様子。本気で取り合ってくれるかどうか怪しいものだ……」


「まあ、そう言いなさんな。なんだかんだ言って、もう3年近く支援してくれてるんだ。追い出すつもりなら、とうにそうしてるさ。それよりもだ。今俺たちにできることは、できる限り高純度の黒鱗石含有量を持った合金をどうやって実現させるかって方だ。幸い、成果が出始めているんだ。最近では通常鉄鋼に比べて目に見えるほど黒く変色するぐらいまで来ている。こっちの方の研究も同時進行でさらに含有量をあげる工夫を続けよう」


「単独で『光の素粒子を取り込んだ物質』ができればと思っていたのだが、なかなかにいい結果が出ないうちは、致し方なかろう。すまんな、ラウール、よろしく頼む」


「気にすんな、あんたの凝り性にはもう何十年も付きあってきてんだ。いまさら、だぜ?」

そういってラウールは、リチャードの臀部ケツをばんとはたいた。


――――――――


 ようやくここまで来られました。

 私の物語もリチャードと同じく、そうとうの時間がかかってしまっています……。

 次回あたり、一つの結末が見れるでしょうか。

 

 それでは、今後も、コメント、ご意見、ご指摘、応援など、よろしくお願いいたします!


 

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