8.

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 大学から下宿へ至る長い坂道をひた歩む。進学を契機に借り上げた愛の巣となれば相応の愛着を持って然るべきなのだろうが、私の病的と自負する恋愛脳を以てしても其は困難な道程であった。

 学生向けの賃借物件は往々にして単身向けであるのが当然で、多分に漏れず大学から徒歩で通える圏内に於いて二人部屋の相場は中々の吊り上がりを見せていた。彼の片親から決して好意的でない扱いを受けている私としてはその支援に頼る姿勢が一層己の立場を危うくするだろう事は想像に難くなく、方々探し回って辿り着いた果てが今の住まいだった。

 「大学から程近く、月の払いも手頃な二人部屋」と言えば聞こえは良い、取り敢えず彼に不都合をさせないと言う点において御母堂の不興を買う事は避けられた。半粁余りに及ぶ長く険しい帰宅の途を除いて不満はない。二人部屋とは名ばかりに申し訳程度据え付けられた半地下の手狭な寝室に放り込まれても文句は無い、とても言える境遇ではない。


 そんな貞淑に我が身を弁える伴侶を持ったことを多少なり誇るなり感謝しても良かろう天下一の幸せ者は、翻って一体何が不満と言うのかその地下室に籠城を決め込んでいた。無論、帰宅したばかりの私に心当たりは無い。何を問うても「良いから開けないで」の一点張り、取り付く島も無いが声色から何か不都合が有っての事で二人の関係に亀裂の入る気配は無いと知れた。

 声色。そう言えば心なしか日頃より八度ほど上に振れているような、よもやどこか悪くしたのではあるまいかと問うたが返答がない。そうとあっては話が違う、どうあっても看病をさせてもらわねば。事に因っては扉を壊すことも辞さないと告げた。以前に大病を患って以来、私が何を置いても彼の健康に寄与する為の行動に躊躇いを覚えない事を彼自身が誰よりも認知している筈だ。


 漸く観念したのか、部屋の錠が上がる音がする。が、扉が開かない。

 「…何があっても、驚くなよ」

 そう断って扉を開いた彼と視線が交叉する。なんだ、今日も美人じゃないか。


 いや、今日は常にも増してやけに可愛くないか?


 え、何か体つきも心なしか


 ―――


 「TSモノの読み過ぎだよ、もう良い大人なんだから現実と創作の区別はつけような?」

 「凝視しないと普段との違いが分からないレベルの女顔に言われたかぁないわ」

 「…」

 「あっ!暴力反対!DV彼氏!亭主関白!」

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