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 真実の愛などと、文字に言葉に顕してしまえば如何にも安い。易いとするべきか。裏腹に得難い物で在る事を勘案すれば後者が良かろうと思う。一生の内で割合早い時期に其れを垣間見る幸運と喪失する憂き目共に見舞えた事をどう評するべきか、悟る答えも日毎に入れ替わる。

 今は諦観と呼ぶのが近かろうと思う。形容し難い胸中を言葉で括るのも栓無いのだが、余生の無聊を慰めるにこの程度の道楽が身の丈に合っているのも確かだった。

 何度目か知れぬ自殺をしくじり、愈々此岸に身の置き場も無い。自己嫌悪が害意として外に漏れ出さぬ様に精神物理共に引き籠らせる事だけは滞り無く成しておく。(過去の事例から言って盛大な八つ当たり、積木崩しを企みかねなかった)

 曠日を重ねれば何れ吸い溜めた紫煙が肺臓を腐らせてくれるだろう。治療を拒める度胸が有るとはとても思えないが。斯様に断じられる程に、先だっての顛末は不体裁極まる次第であった。


 「倍の歳を生きる気は無いのだ」と常々豪語したのは、小心の己に対する威喝に他ならない。一度目の再会には四年半を要した。死に目に居合わせなかったのを良いことに「二度目が有るやも」と言い訳をする事に抵抗は無く、今日まで無様な生を永らえている。自分を甘やかす事にだけは長けた私には明確なタイムリミットすら意味を為さないと気付いて然るべきだったと今にして思う。

 後を追うことに擬議が無いので有れば思い立ったその時身を投げれば良いのだ。其処らの壁に強か頭を打ち付けるか、手近な刃物に手を伸ばしても良い。皮一枚の傷痕だけは身体中無数に刻んでみたものの、此れは若気の至り以上に意味を成さず。何れ老いていく内に滲みに埋もれて消えるのだろう。その度に自身の怯懦を形ばかり恥じて。

 取り返しのつかない事への恐怖は実行の度に決意を鈍らせた。周囲に迷惑を掛ける事に感じる自責の念、此れは思い止まるのに良い言い訳になっている。私が彼を想う程には、愛されていない事を自負して居ると言うのに。人の怖さも、疑わしさにも。


 その日は以前から計画していた出立の日だった。どうせ残り一月に足らない命。津々浦々見納め名物を食い納めて死ねば上等と考えて、先ずは西に向かおうとしていた。

 夜行の長距離バスを予約したのが今にして思えば悪手であったと言えよう。ターミナルで刻一刻と出発時刻を待つ間に胃は裏返り冷や汗は滝の様に湧き上がり、腸の不具合から屁が止まらなくなった。全く無様極まる。

 漸くと訪れた乗車時刻。息も絶え絶えに荷物を預け、座席に着いた。到着まで寝て過ごせばもう否応は無い、その頃には覚悟も決まるだろう。斯様に自身を宥め賺して目を閉じた所で致命的な過ちに気付く。

 夜用の眼鏡を荷物に詰め忘れた。コンタクトレンズを外してしまうともう三寸先も捉えられない程の近眼だ。「そんな事」と思われるだろう。だが一度言い訳を見付けてしまえばもう止める事しか頭にはない。

 結局新宿を出て間も無く、次の乗車場の横浜で乗務員に無理を言って降車させて貰った。そこからはもう遮二無二終電を乗り継いで一路自宅を目指した。安心と、情け無さと、その他諸々をない混ぜた纏まらぬ思考を顕したのではないかと思う程に満面を涙洟でぐしゃぐしゃに乱しながら。三十路の峠は過ぎた身である事を付け加えておく。

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